学生も楽じゃない-1
この世界は不平等だと思う。
幼い頃からあくせく働かされた人もいれば、親元でのうのうと暮らしていた人もいるのだから。
「はあ…学校だるい。家に帰りたい…」
そして私は前者である。なんやかんやで、もう10年以上家に帰れていない。
いやまあ、たまに里帰りはしていたのが…家族の中に、しれっと部外者が混じり混んでいたため、全く心休まらなかったのである。
しかも、初めは戸惑っていた両親も、今じゃ完全にウェルカム状態だし…
「むしろ、実の娘が帰ってくるよりも、アイツが来ることを楽しみにしている節さえある気がする…」
アイツの外行きの顔と手土産なんかで絆されないでくれ!?
我が両親ながら、チョロすぎる…変な悪徳商売に引っかからないか、切に心配だ。まあ、あんなど田舎にそんなもの来ないと思うが。
そして、田舎ゆえに情報が出回るのも早い。
なぜだか知らないが、故郷から旅立った私は、玉の輿に乗ったことになっているらしい。
いやなんでだよ!?と、もうツッコミを入れる気にすらならない。
こちとら命からがら、世界を巡っていたって言うのに…
「やっぱり家に帰るのはなしだな、うん」
全くもって理不尽である。頑張ったのにこの仕打ちとは。
まあ元々、帰れるなんて思っていなかったが。
「こうなったら、今からでも誰も私のことを知らない、どこか遠くの地に…」
「行かせないからね?」
「ぎゃっ!?」
耳元で囁かれた無駄にいい声に、色気もへったくれもない叫び声を上げながら、勢いよく距離を取った。
生徒会室だからって、完全に気を抜いてしまっていた…ここにはアイツも、自由に出入りできると言うのに。
わざわざ気配を消して背後を取りやがった奴を、鋭い視線で睨め付ける。
「私の半径10メートル以内に近づくな…!」
「無茶言うね…そもそも教室の席だって、隣だって言うのに」
そこに居たのは予想通りの人物だった。
癖一つないさらさらの金糸の髪に、ルビーのように真っ赤な深紅の瞳。
顔立ちはひどく整っていて、その甘いマスクで、一体何人の女性を落としてきたことか。
性格に難ありな男だが、それを帳消しにするほどに顔が良いことだけは…素直に認めよう。私はそんなものに絆されたりはしないが。
こっちは宣言通りの距離を取るために、背中をピッタリ壁に張り付けてるのに対し、アイツは部屋のど真ん中で、優雅にソファーで無駄に長い足を組んでるような奴だ。唯我独尊…絶対に仲良くしたいタイプではない。
「なんか盗みに入った、怪しい人みたいなってるけど…」
「気配なく背後に立つあんたの方が、どう考えても怪しいわ!?」
確かにこの学園に、かに歩きで壁際を歩くような奴は、いないかもしれないが…私の主張も間違っていないはずだ。
お貴族様も多く通うこの学園で、プロの暗殺者並みに気配消すやつの方が、どう考えてもヤバい。
警備に不審者として捕まったとしても、文句は言えまい…まあ、アイツはそんなヘマしないんだろうけど。
なんとか角地に辿り着き、チラリと視線を向ければ、あちらはあからさまに「やれやれ」と言った顔をしている…まじで腹立つな?
「なんでもいいから、早くソファーに座りなよ。これじゃあ、俺が君を追いやったみたいじゃん」
「みたいじゃなくて、実際そうなんだよ」
私はあんたに近寄りたくないから、こんな端の方で縮こまっているのだ。
いや待って…これじゃ私が奴に負けたみたいで、なんか癪だな?
自分の行動を振り返ると、私が奴にビビって、逃げてるようにしか見えない。
全くそんなつもりはなかったのだが、側から見れば、そう見えても仕方ない。
なんて不名誉なんだ…!?
私がこいつに怖気付いたことなんて、一度だってありはしないのに。
確かに色々とヤベー奴ではあるが…
「なに?そんなに俺に構ってほしかった?」
「…は?」
それとこれとは、別の話だ。
お日様みたいな香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
全く嬉しくないのだが、よく嗅ぎ慣れた…どこか安心する香り。
…ん?
「シアは1人で溜め込むタイプだからね…大方、引き受けた仕事が朝方まで終わらなくて、眠不足でイライラしてたんでしょ」
「ん…」
目元のクマに触れた指先から、温かい何かが流れ込んで来る。
気分としては、ぬるま湯に浸かっているような…思わず力が抜けてしまうようなそんな感じ。
…って!?
「今すぐ離れろ!?このスケコマシ!?」
これ、俗に言う壁ドンってやつじゃねーか!?
流れるようにとんでもないことにをしやがる、パーソナルスペース皆無な男を、なんとか押し返そうとするのだが…
「無理でしょ。君、筋力は平均的だし」
まるで巨大な岩のようにびくともしないのである。
非力な自分が憎い…!
密かに、筋トレの量を増やそうと心に決めた。
「ほら、暴れないで大人しく俺に身を預けて…どうせ自分じゃ、どうにも出来ないんだろうし」
なんか色々と腹が立つが、事実ではあるため言い返せない。
なぜ、こんなことになってしまったのか…いやまあ、あの時の選択は全く後悔していないのだが。
それでも毎度毎度この状況には納得がいかない。なぜコイツなのかと。もっと他にいただろうと。
おかげで私は、コイツと一緒にお貴族様の学園に通う羽目になっているのだ。
まあ、他にも理由はあるのだと思うが…その辺の政治関連の話は、私の知ったことじゃない。
この学園に通うエルシアと言う少女は、生まれてから今までずっと、ただの平民でしかないのだから。
手慣れたように私の腰に自身の腕を回してくる奴に、せめてもの抵抗として、嫌そうな顔で睨め付けるが…
「シア、力抜いて」
全く効果はないのである。知ってたけど。
奴の顔は真剣そのもので、ここまで来ても駄々をこねている自分に、一瞬自己嫌悪に陥りそうになる。
分かっているのだ…このまま放置していた所で、現状が良くならないことくらい
分かっているのだ…奴が責任を感じて、こんな事をしてくれていることくらい
頭の中はぐちゃぐちゃだったが…一旦終わりの見えない思考は放棄して、勢いそのままに奴の胸元に飛び込んだ。
いちいち考えてたら、身が持たない。心頭滅却すれば、なんちゃらだ。こう言う時は、心を無にするのが一番である。
結構勢いよく倒れてやったのに、びくともしない奴には、やはりムカつくが。
「ん…」
全身から伝わる温もりに、心はともかく、身体の方が幾分か回復しているのは確かなのである。
汗ばむような季節にも関わらず、あんなに感じていた寒気が、一瞬で吹き飛んでしまった。
悔しいことだが、やはり奴の実力は確かなのだろう。他に適任者がいないのも、分からなくはない。
この状況を誰かに見られたら、私の首は間違いなく飛ぶだろうが…
ーーーガチャ
「エルシア、そろそろ昼休みが…まあ!お邪魔してごめんあそばせ」
「いや…終わったら、シアも連れてくよ」
そんなものより、親友にこの状況を見られたと言う方が、私にとってはかなりキツイのであった。




