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01話 関所と儀礼剣

 鍛え上げた己の肉体こそ正義とし、圧倒的な数と統率を兵力とするクレイオスの民“騎士”と、選ばれたもののみが使える魔法こそ正義とするアステリアの民“術士”―この両陣営の争いは何百年にもわたって続き、大陸はその争いで疲弊していた。


 今から400年ほど前、両陣営の兵を無駄に疲弊させるだけの争いを止めるべく立ち上がった一人の賢者は、両陣営の穏健派を懐柔、過激派を孤立させることに成功し、やがて“魔法と剣の国”クラウン帝国と呼ばれる統一帝国を建国することとなった。


「(クラウン帝国建国により、クレイオスとアステリアの一部の民は他領の民と混じり合いながら、長い年月をかけて同一化していったが、今もなお両領地では互いを心の底から認め合うことは無く、険悪な状態が続いている…)」


 スウは読んでいた建国記を静かに閉じて、窓越しに景色を眺めた。ある程度整備された道を駆けていた馬車は、スウを乗せてクレイオス領の関所へとたどり着いたようだった。


「(馬車で丸7日。意外とあっという間だったな)」


アステリア領の領主はアステリア家、クレイオス領を治めるのはクレイオス家だ。いずれも帝国建国前から名をあげていて、建国後はお互い公爵位を賜ってそれぞれの領を統治してきた。


 ただし帝国は、アステリアとクレイオスとの間で内乱が起こらないよう、皇帝の命令として定期的に領主の子同士を結婚させた。

 そうしてあるときはクレイオス家にアステリアの子が嫁ぎ、あるときはアステリア家にクレイオスの子が嫁いだ。


 そしてつい先月、皇帝から婚姻の命令が新しく両家に下ったことに対して、アステリア側の花嫁をスウ・アステリアとすることが家内で決まったのだった。


「(この私が政略結婚なんてね)」


 犬猿の仲が続いている家への嫁入りが決まったあと、スウ・アステリアはひどく絶望したら(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)。その後すぐ、スウ・アステリアは、「クレイオス家に嫁ぐくらいなら」と窓から身を投げたのだ。


 時を同じくして、日本という国で平凡に暮らしていたとある独身OLが、商業ビルからの飛び降りに巻き込まれて事故死した。

 そうして巻き込まれただけの事故で命を落としたOLの魂に、この世界の神が語り掛ける。


《スウ・アステリアはその最期に魔法を暴走させ、そなたの世界の運命をひととき歪めてしまった。本来ならば交わることのない世界がそのひとときだけ交差し、そしてそなたの命を奪ったのだ。

 身体と魂が朽ちる前にそなたの魂は救い出したが、世界は閉じてしまった。本来の魂が抜けてしまったスウ・アステリアの器にそなたの魂を入れ、器を修復しよう。この世界、その身体で好きに生きるがよい。》


「(…自由になんて生きられるのかしら)」


 つい先月起きたできごとを思い起こしながら、スウは現実から目を背けるのをようやくやめた。



「姫様、どうかお気をつけて」

「ええ」


 馬車の扉を開けた侍女がそう告げて、スウは渡された小ぶりの鞄を持って外に出る。


 アステリア領より寒冷な地域にあるクレイオス領はもうすぐ厳しい冬がやってくるようで、馬車から降りたスウの頬をなでる風は冷たい。


 関所の大きな扉の前には、スウの背丈よりかなり大きく、甲冑を着た騎士が武器を持って立っていて、馬車に描かれたアステリア家の紋章を見ると、スウのもとに彼らはすぐ詰め寄った。


「スウ・アステリアだな」

「はい。アステリア公爵の長女、スウ・アステリアと申します」


「荷物は一度預かる。あなたは案内とともに別室へ」

「わかりました」


 騎士に鞄を預けると、スウは後ろを振り返る時間も与えられず、関所の中に案内された。


 長い廊下が一直線に伸び、両壁の高いところに日の光を取り込むための小窓が並んでいる。突き当りには同じく甲冑を着た騎士と重厚な扉が立っていて、そのほかにも関係者らしき人物が数人、スウをジロジロと眺めていた。


 クレイオス領の境は川で区切られていることもあり、関所はその両岸をかける橋のように設置されている。室内風の橋と言ったところだろう。


「この腕輪を」


 スウが入ってきた側の扉が完全に閉まると、そばに居た騎士がそう言って黒い宝石がはめ込まれた腕輪を差し出した。


 この腕輪は、身に着けている間、アステリア人が使う魔法の力を抑える効果のあるものだということを、スウは知っている。


「(…犬猿の仲とは聞いていたけれど)」


 スウはそう思って小さくため息をつきながら、それを黙って左腕につけた。


「その腕輪以外のものを全て脱ぎ、身一つで渡るように」

「…まさか」

「これは儀式だ。わが領に入れば、用意した服がある」


「(まるでマリーアントワネットじゃない)」


 今、自領から持ってきたもの全てを脱ぎ捨ててクレイオス領のものを身に着ける―そんな嫌がらせのような儀式が行われようとしていたのだった。


「早くしないか」


 不運な事故に遭ったと思えばいつの間にか新しい世界で生きるのは百歩譲って文句はないとはいえ、1か月程度で政略結婚させられ、裸で向こう側の扉まで進めと言われて理不尽さを覚えない人などいないだろう。

 しかしながら世の中は非情で、誰もこの場でスウを助けてくれない。


「(きっと、アステリア人が嫌がったり、苦痛に顔を歪めていたりするのを見るためにやっているんだわ)」


 それがわかっているからこそ、スウは相手の思う通りの反応をするのは嫌だった。


「(まあ…減るものでもないか)」


 スウはそう覚悟を決めて身に着けていた服を淡々と脱ぎ捨て、セットされた髪やそのアクセサリーも全て足元に落とすと、背筋を伸ばし、プラチナブロンドの髪を揺らして反対側の扉へと向かった。


「スウ・アステリア、身一つでクレイオス領へ到着いたしましたわ。扉を開けてくださる?」



 ◇



 クレイオス領に身一つで到着したあと、スウは花嫁衣裳を着せられた。鏡に映る自分の美しい姿を眺めながら、この顔ではまるでカタログモデルだ、と思う。


「(割と普通のドレスなのね)」


 クラウン帝国の北部にあるクレイオス領の伝統的な花嫁衣裳と聞いて、日本でよく着られる純白のウェディングドレスではないだろうと思いきや、着せられたそれはどこかで見たようなプリンセスラインのドレスだった。


 ただし、濃紺の厚手の生地をベースにしており、クレイオス家の家紋であるユリをモチーフとしたゴールドの意匠刺繍がきめ細かく入っていて、比較的落ち着いた印象である。


 あなたのものではないときつく注意された装飾品はクレイオス家に代々伝わるジュエリーらしく、日本円にするとどれくらいになるのだろうかと、スウは大粒のダイヤモンドをぼんやり眺めるのだった。


「州都に着いたら、すぐに婚礼の儀となります」

「はい」


 着替えを終え、魔法の力を制御する腕輪をつけたまま州都まで馬車で揺られていると、付き添いとして同乗していたクレイオス公爵夫人がそう淡々と告げた。



 州都の中心部にそびえたつ巨大な教会に到着すると、建物の周りには人だかりができていた。州都に住むクレイオス人や関係者が、アステリアから来た花嫁はどんなものかと野次馬に来たのだろう。


 馬車の扉が開いて、公爵夫人のあとにスウが建物の前に降りると、その人だかりの視線が一気に集まるのを感じる。注目を浴びるのはあまり居心地の良いものではないなと思いながら、護衛の騎士と公爵夫人に連れられて教会へと入った。


「スウ・アステリア公爵令嬢、ご入場です」


 教会の扉が開いて、目の前に赤い絨毯が伸びているのが見えた。そしてその行き止まりには、司祭と思わしき人物と、紺色の正装に身をまとった長身の男性の姿がある。


「(あのひとが、私の夫になる人ね)」


 前にいた公爵夫人は侍女や騎士たちと共に参列の席へと合流してしまったので、このヴァージンロードは一人で歩くらしい。


 仲の悪い相手領地の中心に、誰の助けも借りず乗り込まなくてはいけないこの状況は、きっと普通の16歳であれば絶望的だろう。


 ただし今のスウ・アステリアは日本という国で30年ほど生きてきたOLであり、世の中にはこういった悪意もあるらしい、という冷静な判断がかろうじてできていた。―こんなに冷たくなるほどの仲なのか、という呆れはあるけれど。


 スウは不安も不満も一切感じていないかのように表情を取り繕って、堂々とヴァージンロードを歩いた。

 夫の方を見ずにただ真正面だけを向いて歩いて、ついに彼の隣へ立つ。


「これより、新郎グレン・クレイオスと新婦スウ・アステリアの婚礼の儀を始めます」


 そんな司祭の言葉により、緊張感が走る空気の中で儀式が始まった。




 クレイオス領の婚礼でよく歌われるという聖歌を参列者が歌い、そのあと司祭による朗読と祈りが行われた。


「新郎グレン・クレイオス、あなたはここにいるスウ・アステリアを、悲しみ深い時も喜びに満ちたときも、共に過ごし愛をもって互いに支え合うことを誓いますか」


「誓います」


 教会婚でよく聞く文言による誓約が新郎へと投げかけられて、彼は低い声でそう短く返事をした。そのあと、司祭の視線がスウへと向く。


「新婦スウ・アステリア、あなたもまたここにいるグレン・クレイオスを、悲しみ深い時も喜びに満ちたときも、共に過ごし愛をもって互いに支え合うことを誓いますか」


「誓います」


 今まで経験したことが無かった結婚を、この世界に来て1か月ほどであっという間に成し遂げてしまったことに対して、どこか他人事のように、スウはそう答える。


 二人の答えを聞いた司祭は小さく頷くと、部屋の端にいた使いが大きめのケースを持ってきた。


「それでは、誓いの儀式に移ります」


 司祭がそのケースの蓋を開ければ、そこには西洋風の煌びやかな一対の剣が保管されていて、大きい方を新郎に手渡した。


 どうやらその儀礼剣を使用した儀式が行われるらしい。剣を使うのは騎士の多いクレイオス領だからだろう、とスウは理解して、新郎より少し短めの儀礼剣を司祭から受け取る。


 と、その刹那、スウの手にずっしりとした重みが一気にかかり、想定していなかったその重みに、スウはその剣を足元に落としてしまった。


 ――カシャン


 厳かな教会の空気に似つかわしくない金属音が響いて、スウは呆気にとられたようにその足元に転がった剣を見下ろした。


「(え、待って。この重さ…)」


 シンと静まったそのすぐあと、参列者の方からなにやら話し声のようなものが聞こえてくる。


 両家の友好のための大事な婚礼の儀の、さらに重要な誓いの儀式で起こしてしまった失態と、それを意味するところを即座に把握したスウは、血の気の引く思いで身体を屈ませ、足元に転がっていた剣の柄を両手でつかんだ。


「(どう考えても重すぎる…!)」


 両手でその柄をつかみ、どうにか姿勢を戻すことに成功したスウだったが、その剣の重みは尋常ではなく、持つだけで精一杯という状態だった。


 とある日、横着して2Lペットボトルを3本買った以上の重みを感じて、いったいこの剣は何キロだというのだと心の中で悪態をつきながら、それでもなんとか司祭の方に視線を向ければ、ふとスウの右肩に新郎が持っていた剣が乗せられる。


「向かい合って、真似をしなさい」


 司祭が新郎新婦にだけ聞こえるほどの声でそう言うので、スウはとりあえず身体を新郎の方に向けて、そして彼の方を見上げた。


 自分の首元に近い右肩とデコルテに感じるのは儀礼剣の冷たい感覚とかすかな重みで、スウはそれと同じように剣の刃先を持ち上げて、自分の遥か上にある彼の肩に剣を添わせなければならないらしい。


「(真似したいけれど、この重さを持ち上げるのは無理では…。魔法が使えれば対応できるだろうけど、腕輪のせいで使えないし…)」


 両手にかかるずっしりとした重みを感じながら、スウの右肩に剣を置いて黙って見下ろす新郎の黒い目と目が合う。スウはその強い瞳に射られながら、小さく口を開いた。


「申し訳ありません。あまりにも剣が重くて、あなたの肩の位置まで無理に持ち上げると制御が効かず、あなたに刃が当たってしまう可能性が高いです。どうか、その…」


 スウがそこまで言うと、少し眉間にしわを寄せて難しい表情をしていた彼が、スウの手元を一瞥して、そちらに手を伸ばしてきた。


「あっ」


 あんなに重かったはずの剣が彼の手によって軽々と持ちあがり、彼の手によって彼の右肩にあっという間に置かれた。


 スウは彼との身長差もあってかなり上の方まで両手を上げた形になったが、柄を握っているスウの両手の下から支えるように彼の手がしっかり補助してくれているので、今は重さもそこまで感じない。


 勿論、その分彼の肩にはしっかり剣の重みが乗っているのだろうが、彼の表情は平然としていた。


「…これをもって、クレイオスとアステリア両家の誓いは立てられました。この契りは神が祝福するでしょう」


 少しいびつな形となったが、お互いの肩に剣が乗ったのを確認した司祭は、そういって結びの言葉を告げた。参列者からはまばらな拍手と、スウの一連の失態について囁く声が教会に響く。


 司祭の言葉とは裏腹に、この儀式の空虚さを物語っていた。

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