給食係
キッチンのカーテンが揺れる。
窓の外は新緑に覆われている。
サイフォンのコーヒーがコポコポ音を立てている。
「いけない!」
郁は慌てて、バーナーを閉じる。
今朝のオムレツはチーズとすりおろしにんじん入り。
ポップアップトースターから、
パンが跳ねでた。
「俺さまぁ~ご飯よぉ」
テーブルの上には
既にサラダにベーコン、野菜ジュースが並んでいる。
もぎたてのラズベリーに、
ヨーグルトもかかっている。
『おぉ』
俺様が鼻をヒクヒクとコーヒーの香りを堪能している。
「いい香りだな」
「うん、今日は成功」
俺様はオムレツにそえられたベーコンを一枚摘んで
ポイっと口に入れる。
「こら!!」
「ちゃんと座って[頂きます]してからよ!」
その声と同時に、俺様の足元から、
子猫はよじ登ってくる。
「お前たちも、お行儀よくだぞ!」
子猫をひっぺがして、床に下ろす。
…足元のおぼつかない歩き方の子猫が3匹は
待ちきれないように、俺様にまとわりつく。
「モル、ムギ、トト こっちよ」
トレイに乗せたお皿をテーブルの横に置く。
やわらなササミをほぐし
煮た人参をすりつぶし和えてある。
ウゴウゴとおしゃべりしながら食べる3匹を見て
…なんでこうなっちゃうのかな~幸せだけど。
「こんな毎日になるなんて、一か月前の私は想像もしなかったなぁ」
ピンと立てた3匹の尻尾をツンツンしながら、
郁は思った。
まさか子猫の給食係が仕事とはねぇ~と。
ひと月前までは…。
起きて
テレビをつけて
シャワーして
朝ごはんを立って食べながら
俺様と自分のお弁当を作って
お化粧して髪を整えて
着替えて
出勤用リュックに
お弁当と水筒入れて
スマホ持って
忘れちゃいけない
常備薬という名のタバコ持って
バタン
裏口の鍵をかけて
保育園へ給食を作りに行くのが郁の仕事だった。
俺様と一緒に住むようになり、
裏口の扉を開ければ、ショッピングモールの
保育園の従業員入り口。
めちゃくちゃ時短で便利だったのだ。
ある日休みの日、
朝から、洗濯婆さんと化していた郁。
「なんでこんなに溜めるのよ」
俺様が人化した後の衣類が
丸っと放置されていた。
『猫は洗濯しないのだ』
「じゃなくって!出しておきなさいよ!
フムフムの事言えないよ」
『すまん、ずいぶんと人でいるのをやめてたから』
シュンとする俺様に絆されてしまうのは、
惚れた弱みなんだろう。
その時、どこからかミィミィと鳴く声がした。
「俺様?」
ポンと煙とともに、黒猫になった俺様は、
急に走り出した。
『来い!』
郁も慌てて走り出した。
「どこへ行くの?」
『非常口だ』
地流しを通り過ぎて門から一歩出る。
目の前は郁が開けた非常口。
俺様が 『ミャぉう』としわがれた声で鳴いた。
ミィ…ミィ…
「開けるよ俺様!」
郁は返事を待たずに非常口を開けた。
子猫が3匹勢揃いしていた。




