第67話 サードサムライ
俺は迷人部屋の決戦に全神経を集中するべく、地下4階層の魔物をなるべく回避しながら進むルートをとっている。
しかし、ここを通らなければ大幅に遠回りするしかない場所に、魔物の気配が居座っていて動こうとしない。
仕方ない、この一戦だけは妥協して前哨戦とするか。
まあ余計な闘いではあるのだが、おそらくこれまでに闘ったことのない魔物の気配ではあるので、今回で無ければ喜んで挑戦した相手かも知れない。
俺は気配を殺したまま迷宮の廊下を進み、角からそっと魔物の姿を窺う。
…おっと、これは。
視界の先、床几に腰を降ろしている男は、当世具足に桃形兜、美々しい羅紗の陣羽織をはおって、腰の太刀には毛皮の尻鞘が勇ましい。
面頬の奥からは赫光がのぞいて、彼が迷人であることを明確に示している。
今までのサムライ迷人とは明らかに格の違う風体で、低く見ても侍大将…、いや城主格の武者だろう。
よく見ると軍配を腰に差しているな。これは一軍の大将で間違いあるまい。
もし江戸時代まで家を継いだならば、陣屋を構える大名となるだろうか?
それ以上の格の大名ならばさすがに俺でも分かりそうなもんだが、陣羽織に染め抜かれた家紋には見覚えがない。
…いや、この世界のサムライ迷人と、俺の元いた世界に関係があるとは限らないか。
なんにせよ、バリバリ乱世の戦人が来てくれたんだ。
名乗りも無しに通り過ぎようとして申し訳なかった。
まあ、忍者に名乗る名はないんだけどね。
ご先祖様は伊賀の国人でもあったそうだから、武士と言えば言えなくもないんだが…そんなことはどうでもいい。
これまた不思議なことに、武者の取り巻きは若侍の供回りではなく、赤土色の洋風マントを羽織った迷人どもである。
人数は6人で、手には厳めしい棘が飛び出す星の槌鉾を携えている。
…こいつらは魔法を使うな。
気配の質が「魔法使い」どもと同じ…、いや「破戒僧」でもあるのか。
よし、前哨戦らしく、決戦と同じ手順で行こう。
俺は握り込んだ棒手裏剣に、静かにゆっくりと魔力を充填していく。
急ぐことよりも、魔力を一滴も漏らさないことに腐心する。
この感覚にたどり着いたからこそ、あの迷人部屋攻略に確信が持てたのだ。
ほどなくして全ての機が熟する。
俺は両腕を眼前でクロスして、必殺の投擲を脳裏に描いた。
「「「…!?」」」
「「「ポ!?」」」
無言で発せられた気合と共に鋼が飛翔し、右3人は断末魔の声すら無く、左3人は空気が抜けるような音を残して、いずれも頭部を四散させて消え去った。
完璧だ。
一人は身じろぎをして俺が狙った小脳中心を逸れそうになったが、空中魔力の干渉で軌道を修正した棒手裏剣が正確に着弾している。
消耗も許容の範囲内で、これならば投擲直後の一戦にも問題はないだろう。
さて、前哨戦の締めといこうか。
床几から立ち上がって太刀を抜き払った武者は、水平に構えた太刀の刃をこちらに向けて来る。
身体は開かず腰を落として真正面を向いたまま、具足の護りに任せて叩き合う腹積もりだろうか。
…なるほど、戦人の剣とはそういうものか。
たしかに具足に覆われた全身は一部の隙も見いだせず、首元も垂と喉輪で厳重に保護されていて、顎を引かれると前面からは通す穴が無い。
俺は右手に小太刀を抜き払うと、左手には腰袋から槌鉾を引き出して順手に構えた。
俺の得物を見てピクリ、と反応した武者は腰を浮かせて半身に構え直し、太刀を八双に持ち上げる。
槌鉾の打撃を殺しきれないとみて、太刀の間合いで勝ちを拾いに来たか。
いいぞ…、いくさびとの業の潔さに感動すら覚えそうだ。
持てる技のすべてを尽くし、どんな形でも勝って、生き延びて名を挙げんとする覚悟に満ち溢れている。
…ちょうど、俺も同じことを考えていたんだ。
貴様の首級をもらい受ける。
互いに足指で石畳を噛み進めてジリジリと距離を縮め、あと僅かで太刀の間合いというところでピタリと静止する。
どちらも寸毫動かず、迷宮は水を打ったような静寂に包まれた。
ヤツが太刀を振り下ろしながら後足を引き寄せれば、おそらく切っ先が俺の眉間に届くだろう。
しかし、この間合いでは必殺の確信は持てまい。
切っ先一寸で俺を斬ったとて、俺の運動中枢が無事であれば相打ちとなるのだ。
いっぽう俺も、飛び込んで殴打を与えるにしても太刀の初撃を控えさせたままでは具合が悪い。
どうにか初撃をかい潜ってから間合いを殺して…、と俺が考えていると、ヤツは思っているだろうか。
俺はいま、全神経を集中してやつの攻撃の起こりを捉えようとしている。
かい潜るのではなく、先の先をとる。
それが叶うならば初撃もなにもなく、無撃となるのだ。
迷宮の通路に両者の烈気が立ち込め、灼けるほどに熱い冷静が観客のいないアリーナを支配した。
永遠とも思える対峙。
その刹那。
武者の脳が発した運動命令を伝える生体電流を、武者本人よりも先に俺の五体が捉えた。
すでに俺から即応の許可を得ている全身が、勝機を逃さず飛び出して槌鉾を唸らせる。
「ナンッ!?」
グワッ、という音と共に肩を砕かれて太刀を保持できない武者迷人は、左逆手で脇差を掴み最速の抜き打ちを放たんとする。
しかし、すでに面頬の隙間を貫き通した小太刀が、闘いを終わらせていた。
…首級を挙げて生還するのは、俺だったようだな。
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