第42話 地下4階層
肺腑に染みわたる迷宮の空気が俺を高揚させ、地下に降りて行くというのに心は昇っているような錯覚すら覚える。
俺は湧き上がる気力をあえて抑えつけずに、煮えたぎる熱情の中で自我を滅却するようにして、冷たさを両立させていく。
地下4階層のフロアに到着した時には、俺は炎を閉じ込めた氷の刃となっていた。
…感じるぞ。
あちこちから、強力な魔物の気配が漂い来る。
焦らず、一つ一つを処していこう。
俺は迷宮の闇に身を同化させると、そろそろと移動し通路の曲がり角に背をあずける。
肩越しに覗くようにして気配の主を見やると、そこにはドラゴン。
濃緑色の鱗に身を包んだ西洋竜が5匹、翼を折りたたんで体を休めている。
5匹の怪物がつくる車座の中央には、胸甲を纏った女戦士が見える。
重そうな槌鉾と丸盾を備えていて、その整った顔立ちは地上を歩けばすれ違う男の眼を引くかも知れない。
…あの禍々しい瞳の赤光がなければ、だが。
迷人と怪物の取り合わせは初めて見たが、やはり迷人とは魔物であって人に非ざるものらしい。
その身から発する禍々しい気配は、周囲を取り巻くドラゴンどもに引けをとらない。
さて、どちらから行くか。
あのドラゴンはたしかに強力な魔物ではあるが、手の内は分かっている。
正面から吐息を浴びさえしなければ何とでもなるだろう。
それよりも、あの迷人の方が初めて見るだけに何をして来るか読めない。
よし、迷人からいく。
俺は袖から棒手裏剣を引き抜くと、狙いを定めほぼ同拍で2本投擲する。
「グッ!?」
首筋を2本の棒手裏剣に穿たれた女迷人は、…しかし斃れない!
掲げた丸盾の縁からこちらに憎悪の赫眼を向け、その身体からは魔法エネルギーを立ち昇らせる。
戦士じゃないのか!?
俺は棒手裏剣を放り捨て、石畳を飛ぶように走った。
右手で背中の太刀を抜き放つと同時に左手は柄尻を掴み、一息に間合いに捉えた女迷人に落雷の一閃を振り落とす。
「ぃああああ!」
痺れる手応えを残し、盾ごと両断された女迷人が塵と化した。
「キョアア!…ア゛ッ」
立ち上がろうとしたドラゴンの懐に飛び込み、ひと薙ぎで鎌首を斬り飛ばす。
俺はそこで止まらずさらに加速し、ドラゴンどもの車座に飛び込んだ。
「グオオォン!」
俺を圧し潰さんと寄せくるドラゴンどもの爪と牙をかいくぐり、逆に前足を斬り飛ばして反撃する。
ドラゴンが怯んだと見るや踏み込んで、その胴に逆袈裟を斬り浴びせて堪らず窄められた首を断ち落とす。
これで2匹…、来る!
俺は真横に飛び込んで転がり、押し寄せるガスの奔流をすんでのところで回避した。
そうそう何度も同じ手は喰わんぞ。
残りは手負いが2匹。
気力を最高潮に高め石畳を駆けると、周囲の空気が遅れていくように感じられる
俺はこのまま、音を置き去りにして。
雷となる。
「しっ! ぃあああ!」
右袈裟の振り下ろしと、返しの片手薙ぎ。
一拍の剣閃で2本の竜首を刎ね飛ばした。
自身が斬られたことを遅れて悟った魔物どもは、ビクリと体を硬直させた後に、塵と化して迷宮の闇に消え去っていく。
チリチリと粟立つような皮膚の感覚を持て余しながら、俺は今の斬撃を脳裏に刻んでいた。
…できたぞ。
右腕袈裟に振り下ろした直後に、身体の捻転を開く力と右腕一本の膂力だけで太刀を薙ぎ戻した。
竹刀ならばやって出来ないことも無いだろうが、剣道の試合では当てても気剣の一致を認められまい。
それはそうだ。
まるで手打ちもいいところの、理の無い剣筋である。
まして、それを重い太刀で行えば、逆に体を振り回されるのがオチであろう。
ただしそれは、常人の膂力を持ってすればの話である。
俺は、その剣筋でドラゴンの二つ首を刎ね飛ばした。
もちろん偶然ではなく、かくあるべしという剣筋を脳裏に描き、幾度もシミュレーションを行った結果である。
この世界で超人が振るう剣、この迷宮で俺が振るう剣。
これが俺の術理だ。
いまだ道半ばの剣だが、征くべき方向は見えたぞ。
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