44 はじまりの街と、一生モノの特大クエスト
私たちはお忍びの平民の服に着替え、新婚旅行として、思い出の辺境の街ルシェルシェを訪れていた。
「やっぱり、ここの空気は落ち着くなぁ」
深い森と澄んだ空気に包まれた街並みを見渡して、私は大きく深呼吸をした。
王都での華やかな生活も悪くないけれど、私にはやっぱり、こういう素朴で静かな場所が性に合っている。
「ユフィ、足元に気をつけろ。石畳が少し凹んでいる」
「ふふっ、もう。レオンさんは相変わらず過保護ですね。これでも私、この街で受付嬢もしてましたし、一人で生計を立てていたんですよ?」
私の腰にしっかりと腕を回し、まるでガラス細工を扱うようにエスコートしてくれる旦那様を見上げて、私はクスリと笑った。
氷の狂犬と恐れられる彼だけれど、私に向ける翡翠の瞳はいつだって蕩けるほどに甘くて優しい。
「それで、ユフィ。今日はどこへ行く? 君が望むなら、この街の全ての店を貸し切りにしてもいいが」
「そんなことしたらお忍びの意味がありません! ……実は、せっかくルシェルシェに来たので、久しぶりに冒険者ギルドに行きたいな、と」
「ギルドだと? あんな血の気の多い荒くれ者が集まる場所に、俺の美しい花嫁を連れて行くなど……」
「新婚旅行の記念に、二人で初心者向けのクエストを受注してみたいんです! ほら、私たちが出会ったのも、ギルドだったじゃないですか」
私が両手で彼の手を握りしめて上目遣いでおねだりすると、レオンさんは数秒で「……わかった。ただし、俺から一歩も離れないこと」と陥落した。
本当にこの王子様は私に甘すぎる。
★
懐かしい鐘の音を鳴らしてギルドに入ると、むせ返るような熱気と冒険者たちの喧騒が私たちを包み込んだ。
私たちは目立たないようにギルドの掲示板へ向かい、一枚の依頼書を引っぺがした。
受付嬢さんは無口そうな若い女の子で、依頼書と私たちの冒険者カードを確認すると、小さく頷いた。
『依頼:森の街道沿いにある、壊れた道標の修理』
討伐でもなく、魔法の知識も一切必要ない、純粋な物理作業。
早速、私たちは森の街道へ向かい、真っ二つに割れて地面に転がっていた木製の道標を見つけた。
「よし、私の出番ですね」
私は腕まくりをして、割れた木の断面同士をピッタリと合わせる。
「――【接続】!」
シュンッ、という音と共に、木目は完全に繋がり、道標はあっという間に元通りの姿になった。
相変わらず、魔法の陣も魔力操作もわからない私にとって、この「物理的にくっつけるだけ」のスキルは本当に便利でコスパが良い。
「……ギイィィィッ!」
その時、茂みの奥から、初心者冒険者の天敵である巨大な、ねじれ角ウサギが飛び出してきた。
「あ、魔物――」
「妻との新婚旅行の邪魔をするな。塵になれ」
私が言い終わるより早く、レオンさんが指先を軽く弾いた。
ピキィィィンッ!という甲高い音と共に、巨大な角ウサギは一瞬で美しい氷の彫刻へと変わり、次の瞬間にはキラキラと風に舞う氷の粉となって消滅した。
……うん。
圧倒的すぎる武力のおかげで、私の冒険者ライフはスリルゼロで安全そのものである。
★
「よし、これでクエスト完了ですね!」
ギルドに戻り、受付のお姉さんに修復完了のサインをもらった私は、大満足で依頼達成の銅貨を受け取った。
「おうおう、辺境まで何しに来たかと思えば、初心者クエストでイチャついてるだけじゃねえか!」
ギルドのホールに、地響きのような豪快な声が響き渡った。
「ガルドさん!」
私が振り返ると、そこには腕を組んでニヤニヤ笑うギルドマスターのガルドさんが立っていた。
「久しぶりだな、ユフィ。いや、噂には聞こえてきたが、今や公爵令嬢で王子妃殿下か。……って、おい、その旦那の殺気をどうにかしろ。ギルドが凍るぞ」
「俺のユフィに馴れ馴れしく話しかけるな」
レオンさんが私を背後に庇い、ガルドさんをキッと睨む。
そこへ、ギルドの重い扉が悲鳴を上げるような勢いで開け放たれた。
「ガルドォォォ! 今日も俺様の討伐数がトップ……おっ、ユフィじゃねえか! ついに、結婚したんだってな? おめでとう!」
筋肉の塊のような大男、ブロンさんが魔物の返り血の匂いを撒き散らしながら飛び込んできた。
「ブロンさん! お久しぶりです!」
「おう! 結婚祝いに、この街最強の俺様が仕留めた特大のドラゴンモドキの肉を……」
ブロンさんが差し出した肉の塊が、レオンさんの冷気によって一瞬でカッチカチの氷塊に変わった。
「俺の妻に血生臭いものを近づけるな。それから、最強なのは俺だ」
「ひえっ!?」
「ブロン、君は相変わらず騒がしいな。新婚旅行の空気が台無しじゃないか」
音もなく窓から滑り込んできたのは、細身のエルフ、リュートさんだ。
「リュートさんも! 相変わらず窓から来るんですね」
「君たちの甘い噂が777セロン先から風に乗って聞こえてきたからね。言祝ぎを紡ぎに来たのさ」
さらに、部屋の隅から紫煙が立ち上り、ローブを纏ったグリゼルダさんが現れた。
「ひっひっひ。いい生気が溢れているねぇ。新婚さん特有の生気は、極上のご馳走だよ。アタシには刺激が強すぎるねぇ」
「グリゼルダさんまで!」
懐かしいギルドの面々が勢揃いして、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
しかし、感動の再会はこれだけでは終わらなかった。
突然、ギルドの入り口でピンク色の煙を伴う大爆発が起きたのだ。
「ゲホッ、ゴホッ……! ああもう、転移魔法陣の座標軸が0・2ずれた!」
ススだらけの白衣姿で現れたのは、マッドサイエンティスト魔女のリーゼルさんだ。
「ユフィちゃーん! 結婚おめでとう! ボク特製の初夜着ちゃんと使ってくれたー? 今度はフリル増し増し新婚旅行用ネグリジェ、持ってきたよ!」
可愛いゴスロリ姿の男の娘、ココちゃんが目をキラキラさせて飛びついてこようとする。
「ユフィに触れるな! そしてその肌が透けそうな破廉恥な布地を今すぐ燃やせ!!」
レオンさんがココちゃんの前に氷の壁を作り出し、ネグリジェを全力で拒絶している。
「こらこら、新婚夫婦を困らせるんじゃないよ」
杖をついて現れたのは、見た目は幼女、中身は百戦錬磨の魔女の長ミルさんだ。
「ミルさん! リーゼルさんもココちゃんも、わざわざ魔女の森から来てくれたんですか?」
「お前さんが来てるって聞いてね。結婚祝いに、アタシからこれをやろうと思ってさ」
ミルさんがニヤリと笑って取り出したのは、かつて私の修行の卒業祝いにくれた、あの怪しくピンク色に光る小瓶だった。
「ま、待ってくださいミルさん! 『惚れ薬』はもう間に合ってますから!」
私が慌てて止めようとしたが、レオンさんがスッとその小瓶を奪い取った。
「ほう……惚れ薬、だと?」
「レ、レオンさん!? 飲んじゃダメですよ! これ以上私に惚れちゃったら、愛が重すぎて私が潰れちゃいます!」
「俺がユフィを愛する気持ちは、すでに限界を突破している。だが、お前がこれ以上俺を好きになるというのなら、喜んで飲み干そう!」
「だからストーーーップ!!」
私が全力で旦那様のマントを引っ張って止めていると、ギルドのメンバーや魔女たちが一斉にドッと笑い声を上げた。
何も持っていなかった私を、受け入れてくれたこの場所の温かさは変わらない。
テキパキと冒険者たちの依頼を捌き、無口ながらも時折浮かべる微笑みが可愛い、受付の女の子。
その姿を見つめながら、私はふと思いついたことを口にした。
「ねえ、レオンさん。私、王宮での『派遣型修復師』の雇用契約期間が一年で終わったら、やっぱりギルドの受付嬢になるのもいいなって思うんです」
「……なんだと?」
「だって、冒険者ギルドの受付って、シフト制で定時退社できそうじゃないですか。書類の整理とか、前世の事務仕事みたいで私に向いてると思うし。お給料も安定してそうですし!」
私がウキウキと将来のキャリアプラン。
すなわち完全ホワイト労働を語ると、レオンさんはみるみるうちに恐ろしい死神の顔になり、ギルド内の気温がマイナスまで急降下し始めた。
「俺の、俺だけの可愛いユフィを……毎日こんなむさ苦しい男どもの目に晒すだと? 絶対に許可しない」
「ええ〜。でも、このギルドは女の子多いですし、私だって自立したお仕事がしたいんですよ」
「……ならば、このギルドごと俺が買い取ろう。そして冒険者は全員出入り禁止にして、俺だけが毎日お前のカウンターに依頼書を提出しに行く」
「それじゃただの受付嬢ごっこじゃないですか!!」
極端すぎる過保護っぷりに、私は全力でツッコミを入れた。
ポケットの中では、シロが呆れたように「きゅむっ」と鳴いている。
「まったくもう。騎士団長としての仕事もあるのに、そんなことできるわけないじゃないですか」
「俺はいつだって本気だぞ。ユフィ、お前が愛しすぎるのが悪い」
レオンさんは周囲の目も憚らず、私の腰をぐいっと引き寄せて、困ったように笑う私の唇に、キスを落とした。
ギルドの中にいた冒険者たちが「ひゅーっ!」と冷やかしてくるけれど、今の私には、それすら祝福のように思えた。
伝説の『転生乙女』だとか、世界を救う力だとか、そんな大層なものは私にはよくわからない。
私はただの元社畜で、ちょっと便利なスキルを持っているだけの、平凡な女の子だ。
でも、世界中の誰よりも私を愛してくれる氷の王子様と一緒なら。
これからの異世界ライフも、きっと最高に幸せになるに違いないから――。
「……ねえ、レオンさん」
賑やかな仲間たちの笑い声をBGMに、私は繋いだ彼の手を、きゅっと握り返した。
「なんだ? ユフィ」
「私、あの日家を追い出されて、本当によかったです。……じゃなきゃ、この街にも来なかったし、レオンさんにも出会えなかったですから」
ゴミスキルだと罵られ、所持金は銀貨三枚だけになって辿り着いたこの街。
今なら胸を張って言える。
あれは、この最高のハッピーエンドに向かうための、一番の近道だったのだと。
私の言葉に、レオンさんはほんの一瞬だけ目を丸くして――それから、たまらないといった様子で私の額にこつんと自分の額を合わせた。
「……お前を家から追い出した連中には、万死に値する怒りしか湧かないが。お前がそう笑ってくれるなら、今日だけは許してやろう」
「ふふっ。何様ですか」
「お前の、ただ一人の夫だ」
窓から差し込む柔らかな陽だまりの中、私たちはもう一度、キスをした。
彼と繋いだ手は、ひどく温かい。
ギルドの受付嬢になって定時退社を満喫する夢への道のりは、この過保護な旦那様のせいでまだまだ遠そうだけれど。
激重な氷の王子様を、誰よりも幸せにするという『一生モノの特大クエスト』も、悪くないなと思う。
<Happy end>
最後までお付き合いくださりありがとうございます♪
ユフィ―リアのおはなしは、こちらの最終話で締めくくらせていただきます。
とはいえ、カイルの現状やら、シオンさん※副団長、ユフィとレオンのいちゃこら話も書きたいなーと思っておりますので、次の作品執筆完了後あたりに、アップすると思います。
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