43 これがあの!朝チュン!?
王宮の奥深く、私たち新婚夫婦のために用意された豪奢な寝室。
湯浴みを終え、最高級の絹で織られた肌触りの良い夜着に身を包んだ――ちなみにココちゃん特製のフリル増し増しではなく、ジュリアンさんがお祝いの一つとして仕立ててくれた上品で清楚なもの――私は、鏡台の前で数人の女官たちに丁寧に髪を梳かれていた。
ほんのりと香油の匂いを纏った自分の姿が、鏡の中に映っている。
「……それではユフィ様。殿下はまもなくお見えになります」
ベテランの女官長が、意味ありげにふわりと微笑んだ。
「明朝、またお支度のためにお迎えに上がりますね。この度は、まことにおめでとうございます」
「あ、ありがとうございますぅ……」
女官たちが恭しく一礼し、部屋から退出していく。
パタン、と扉が静かに閉じられた。
途端に、広い部屋に私一人だけが取り残される。
シンとした静寂の中、ドクン、ドクンという自分の心臓の音だけが、耳元でうるさいほどに鳴り響いていた。
(ど、どうしよう……なんていうか、改めて……さあこれからどうぞ! って感じなの、すごく緊張する……!)
ルナポルトの港町で、ベッドが一つの部屋に泊まったあの夜。
彼の手際の良さに押し切られて、いわゆる「予行演習」的なことはすでに済ませている。
けれど、今日は違う。
大聖堂で誓いを交わし、国中の人々から祝福を受け、名実ともに『正式な夫婦』となって迎える、本物の初夜なのだ。
前世を含めても恋愛経験値が底辺な私が、こんな大きな天蓋付きベッドの横で、旦那様を待ってもじもじしているなんて。
みんなこういう時、どうしてるの!?
落ち着かなくて、夜着るの合わせ部分をぎゅーっと握りしめていると――。
静かに扉が開く音がして、私はビクッと肩を跳ねさせた。
「ユフィ。待たせたな」
部屋に入ってきたのは、湯浴みを終えたばかりのレオンさんだった。
普段の隙のない軍服や、今日の威厳ある礼装とは違う、ゆったりとした寝着姿。
少し湿り気を帯びた髪がハラリと額にかかり、ただでさえ恐ろしいほど整った顔立ちに、色気という名の破壊力が上乗せされている。
その顔見ただけで、血圧が上がりそう。
「レ、レオンさん……」
「緊張しているのか? ……あんなに大勢の前で堂々と笑っていたのに、俺と二人きりになると怯えるなんて――そそられるな」
意地悪く目を細めながら、彼が音もなく近づいてくる。
ベッドの端に座っていた私の目の前に立つと、彼は片膝をつき、下から私を見上げるようにしてそっと私の両手を握った。
「今日一日、ずっと我慢していたんだ。あの純白のドレス姿のお前が美しすぎて、他の男たちに見せたくなくて、式の途中で何度お前を攫って部屋に閉じ込めようかと考えたことか」
「ま、また物騒なことを……」
「だが、今は違う。……お前は完全に俺だけのものだ。そうだろう?」
甘く、低く、掠れた声。
レオンさんの大きな手が私の頬を包み込み、ゆっくりと顔が近づいてくる。
翡翠の瞳には、一切の隠し事のない、激重な愛情と執着が渦巻いていた。
「愛している、ユフィ。……俺の命を懸けて、お前を蕩けさせてやろう」
触れるだけの優しい口づけから、徐々に深く、熱いものへと変わっていく。
抗うことなんて、最初からできるはずもない。
私は彼にされるがまま、そっと目を閉じ、甘い熱に落ちていった――。
★
チュン、チュン……。
窓の外から聞こえる、楽しげな小鳥の声。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に、私はゆっくりとまぶたを開けた。
「……んっ……」
身動きを取ろうとして、全身が信じられないほど重くて、腰のあたりに鈍い痛みがあることに気づく。
そして何より、息苦しい。
見れば、私の体はレオンさんの分厚い胸板の中にすっぽりと閉じ込められ、まるで宝物を絶対に手放さないドラゴンのように、ガッチリと抱きしめられていた。
「おはよう、俺の可愛い妻」
頭上から降ってきた声に見上げると、すでに起きていたらしいレオンさんとバッチリ目が合った。
氷の狂犬などという二つ名が嘘のように、その表情は蕩けきっている。
「お、おはようございます……。レオンさん、あの、ちょっと苦しいんですけど」
「ダメだ。お前が可愛すぎて、一秒たりとも離したくない。……それにしても、昨夜のお前は本当に最高だった。あんな声で俺の名前を……」
「わぁぁっ! 言わないで! 意地悪!!」
昨夜の怒涛の出来事を思い出し、私は真っ赤になって彼の胸に顔を埋めた。
前世のブラック企業での過酷な徹夜よりも、彼の手際が良すぎる『夜の相手』をする方が、よっぽど体力を持っていかれる気がする。
「……体は痛くないか? 少し無理をさせたかもしれない。辛いならすぐに宮廷医を呼ぶが」
本気で心配そうな顔をして提案してくる過保護な旦那様に、私は慌てて首を横に振った。
「よ、呼ばないでください! 初夜の翌朝に宮廷医なんて呼ばれたら、恥ずかしくて死んじゃいます!」
「そうか? お前を癒やすためなら、俺はどんな手でも尽くすぞ」
「いいですから! こんなの、病気じゃないんですから!」
朝からツッコミを入れながらも、彼の体温に包まれているこの場所が、とてつもなく安心できるのは事実だった。
「……ねえ、レオンさん」
「ん?」
「新婚旅行で……ルシェルシェに行くの、楽しみです」
私が彼の胸元にすり寄るようにして微笑むと、レオンさんは「あぁ」と優しく息を吐き、私の額に愛情深いキスを落とした。
「俺もだ。二人きりで、最高のハネムーンにしよう」
王宮の静かな朝。
ここから、辺境の街へのお忍び旅行と、賑やかなギルドの仲間たちとの再会が待っている。
私とレオンさんの幸せな未来は、まだ始まったばかり。
※本日もう一話更新します




