38 王宮の頂上決戦
港町ルナポルトでの出張ミッションを大成功させ、臨時ボーナスを手にして王都へ帰還した私を待っていたのは――。
アルヴェリア王宮の最も格式高い、円卓の会議室だった。
なんで、いきなり、呼び出されてるの……。
「ルナポルトの魔力灯台を、ものの数分で修復した魔法使いがいるそうだな。しかも、複雑な魔力構築の一切を行わずに」
円卓の上座近くで、白髭を蓄えた鋭い眼光の老人が、響くような低い声で言い放った。
彼こそが、この国の内政を牛耳る宰相閣下。
そして、レオンさんの実の祖父にあたる人物だ。
円卓の周囲には、宰相派の貴族たちがズラリと並び、私を値踏みするように睨みつけている。
「古の建国神話に語られる『転生乙女』よ……。その奇跡の力を宿す娘が、我が孫の庇護下にいるというではないか。そのような国家の重要機密を、いくら王太子といえど、私物とするのは許されん。直ちに私の管理下へ置き、国の軍事と魔導研究のために尽くさせるべきだ」
大義名分を掲げて私を連れ去ろうとする宰相の言葉に、私は縮こまりつつも、頭の中にははてなでいっぱいになる。
軍事?
魔導研究?
そんな複雑な魔法の知識なんて私は一切持っていないから、脳みそ降っても何のアイディアも出てこないと思う。
何より、せっかく手に入れた定時退社のホワイト労働環境を奪われるのだけは、絶対に絶対に絶対に!御免だ。
隣に立つレオンさんが、ピキッと空気を凍らせて剣の柄に手をかける。
「……老いぼれが。ユフィに指一本でも触れてみろ、その首と胴体を永遠に切り離してやる」
「レオンさん、ここは会議室です。物理攻撃は駄目! 色々壊れて後で直すのが大変ですよ」
私が慌てて狂犬のマントを引っ張って、こそこそ話していると。
向かい側に座っていたセーリナ様が、優雅に扇を広げ、ふふっと冷ややかな笑い声を漏らした。
「お父様。貴方は昔から、都合の良いおとぎ話ばかりを信じる癖がおありですね。転生乙女だなんて、どこにそんな証拠があるのです?」
「証拠ならある! この娘は魔法陣も描かず、魔力石の調整もせずに、巨大な魔力灯台を――」
「ええ、でも、彼女の説明によると『物理的に部品を繋ぎ合わせただけ』です。魔法の専門知識など皆無。そうでしょう、ユフィ?」
セーリナ様からパスを受け取った私は、大きく頷いた。
「もちろんです。私はただの派遣型修復師なので、魔導研究なんて高度なことは一切できませんし、定時以降の業務はお断りしております。王太子様と契約した勤務期間にも、しっかりと定めがあるんですよ?」
「……っ、ふざけるな! そのような言い逃れが通用すると――」
「通用するさ、宰相閣下」
激昂する宰相の言葉を遮ったのは、これまで黙って書類に目を通していたシベリウス様だった。
彼は分厚い羊皮紙の束を、バンッと円卓の中央に叩きつけた。
「ユフィは我が王家の正式な雇用人だ。彼女の技術は生活基盤の維持に不可欠であり、不当な引き抜きや異動は、王太子である僕が許可しない」
「若造が……っ、私に逆らう気か!? この国の財政と軍議の過半数を握っているのは、私だぞ!」
「ええ、知っていますとも。その『財政』についてですがね」
シベリウス様が、王様みたいな威厳を纏って微笑んだ。
「過去十年間にわたる、宰相派の貴族たちによる不正な資金流用、他国への密輸、そして領地での不当な重税。……すべての証拠が、ここに揃っています。ユフィが地下の文書庫の書類を修復してくれたおかげで、隠滅されたはずのよからぬ書類もろもろが、綺麗に復元できましてね。これを父王が知るところになったらどうなるでしょうねえ……」
その瞬間、宰相とその後ろにいた貴族たちの顔から、サーッと血の気が引いた。
「毒婦」を演じ、敵の懐で情報を集め続けたセーリナ様。
そして、その情報を元に、徹夜で裏付け調査を完了させたシベリウス様。
義理親子の完璧な連携プレイによる、完膚なきまでの政治的包囲網。
「な、ば、馬鹿な……っ」
「お父様……。貴方の時代は終わったのです。これ以上、私のかわいい息子と、未来の娘候補の邪魔をするというのなら……実の親であろうと、容赦はしませんよ。そろそろ隠居なさいませ。わたくし所有の荘園には温泉が湧いておりますし、保養されるならお譲りしますよ?」
セーリナ様が扇を閉じ、冷酷なまでに美しい顔で言い放つ。
長ったらしい嫌味とともに、追い詰められていく宰相たち。
(すごい……前世のドロドロの派閥争い会議とは比べ物にならないくらい、鮮やかで無駄がない……! 敵には回したくない!)
私はすっかり観客気分で、その鮮やかな手腕に拍手を送りそうになっていた。
「……おのれ。おのれぇぇっ!!」
しかし、権力に執着する老人が、これであっさりと引き下がるはずがなかった。
プライドをズタズタにされた宰相が、血走った目で私を、そしてレオンさんを睨みつける。
「こうなれば手段は選ばん……! やれ!! 転生乙女を捕縛せよ!!」
宰相が叫んだ瞬間。
会議室の窓ガラスがけたたましい音を立てて砕け散り、宰相の私兵たちらしき悪漢が、一斉に私を目指して飛び込んできた。
ギラリと光る凶刃を持った男たちが、真っ直ぐに私へと向かってくる。
避けられない。
そう思って私が身を強張らせた、その刹那。
「――俺のユフィに、何をしている」
地獄の底から響くような、低く――掠れた声。
私の体は、強引にぐいっと引き寄せられたかと思うと、レオンさんの分厚い胸板の中にすっぽりと閉じ込められた。
彼の大きな手が私の後頭部を抱え込み、漆黒のマントで私の視界を完全に塞ぐ。
「レ、レオンさん?」
「見なくていい。お前の綺麗な目が汚れるからな」
頭上から降ってきたのは、私を安心させるような、ひどく甘くて優しい声だった。
しかし、視界を塞がれた私の肌を撫でたのは、凍りつきそうなほどの恐ろしい冷気だ。
マントの向こう側で何が起きているのか、私には見えない。
ただ、ピキィィィィンッ!という、空間そのものが凍りつくような甲高い音が響き渡り、空中で悪漢たちの動きがピタッと止まる気配だけがした。
「な、なんだこれは……っ!? 体が、動か……」
「俺の未来の妻に牙を剥いたこと、永遠の氷地獄の中で後悔するがいい」
レオンさんの声は、私に向ける時の甘さとはまるで違う、一切の感情を排した冷酷な死神のそれだった。
直後、何か硬い氷の彫刻が粉々に砕け散るような音が、会議室に連続して響き渡る。
悲鳴すら上がらなかった。
宰相が放った凄腕の私兵たちは、レオンさんに刃を届かせるどころか、その姿を捉えることすら叶わず、一瞬にしてただの美しい氷の塵へと変えられてしまったのだ。
「あ、あ……あぁっ……」
唯一生き残らされた宰相が、絶望に震える声でへたり込む音が聞こえた。
「そこまでだ、宰相閣下」
静まり返った会議室に、シベリウス様の凛とした声が響く。
「近衛騎士団! 国家反逆および、我が王宮の正式な雇用人への殺人未遂の容疑で、宰相とその一派を直ちに捕縛しろ!」
ドカドカと会議室になだれ込んできた騎士たちによって、抵抗する気力すら失った宰相たちが次々と連行されていく。
長きにわたってアルヴェリア王国の暗部を牛耳っていた老人の時代は、こうしてあっけなく幕を閉じたみたい。
「……もう、目を開けていいぞ、ユフィ」
静かになったのを見計らって、レオンさんがそっとマントを避けてくれた。
恐る恐る周囲を見回すと、襲撃者たちの姿はどこにもなく、ただキラキラと光る氷の粉だけが、朝日に照らされて宙を舞っている。
「怪我はないか? 怖かっただろう。すまない、俺がもう少し早く気づいていれば……」
数秒前まで国を滅ぼすような殺気を放っていた男が、今は眉を下げて、まるで捨てられた子犬のように私の頬を撫でている。
敵には容赦ない狂犬なのに、私にだけはこんなにも過保護で甘いのだ。
「大丈夫です、レオンさんが、いつもみたいに……守ってくれましたから」
私が微笑むと、レオンさんはホッとしたように息を吐き、皆の前だというのに、もう一度私を強く抱きしめた。
張り詰めていた空気が、ぽわんと甘くなる。
後ろでセーリナ様とシベリウス様が、なにやら耳打ちしながらにまにましているのに、気を取られている私の視界が再び遮られて。
次の瞬間には、360度ぐるりとガラス張りの塔の最上階に、転移していた。
えっとここどこ……。




