34 王宮の地下室
アルヴェリア王宮での『派遣型修復師』としての初日。
私が案内されたのは、王宮の地下にある薄暗い『備品管理室』だった。
部屋の中には、壊れた魔力灯や、動かなくなった魔導清掃具など、廃棄されるのを待つだけのガラクタが所狭しと積み上げられている。
「ここにあるのは、魔法の核は無事だが、外側の部品が壊れて使い物にならなくなった物ばかりだ。適当に分別だけしておいてくれ」
案内してくれた年配の文官は、私にそれだけ告げると、溜め息をつきながら去っていった。
どうやら、私が王族の紹介状で入っただけの『お飾り職員』だと思われているらしい。
(よしよし、誰にも期待されていない最高の窓際部署!)
私は心の中でガッツポーズをした。
誰の目も気にせず、静かに一人で単純作業に没頭できる。
前世で延々と大量の書類を整理し続けていた私にとっては、これ以上ない天国のような職場環境だ。
私は腕まくりをして、山積みのガラクタに向き合った。
手始めに、見事に外枠のガラスが砕け散っている魔力灯を手に取る。
(魔法陣とか魔石の仕組みは全然わからないけど……この割れたガラスと、曲がった金属の枠を本来の場所に繋ぎ合わせればいいんだよね)
私は散らばったガラスの破片を集め、指先で軽く触れた。
「――【接続】」
シュンッ、という小さな音と共に、砕けていたガラスがパズルの欠片のように空を舞い、元の形にピタリとはまった。
曲がっていた金属の枠組みも、本来の角度に接続し直すだけで、あっという間に新品同様の姿に戻る。
「うん、完璧! 私のスキル、こういう地味な作業には本当に便利だなぁ」
私は満足げに頷き、次々と壊れた備品を手に取っていった。
歯車が外れただけの魔道具。
脚が折れただけのアンティークの椅子。
装飾が剥がれ落ちただけの高級な額縁。
難しい魔法の知識は一切不要。
ただ、壊れる前の『本来あるべき場所』に、部品を物理的にくっつけていくだけの簡単なお仕事だ。
誰とも会話せず、ただ黙々と作業を続ける。
この、頭を使わずに目に見えて成果が積み上がっていく単純作業、最高に効率が良くて楽しい……!
すっかり職人の顔つきになった私が、無心で備品の修復を続けていると――。
コンコンッ。
控えめなノックと共に、地下室の重い扉が開いた。
「ユフィ。昼の休憩時間だ。迎えに来たぞ」
「えっ、レオンさん!?」
現れたのは、見目麗しいアルヴェリアの第二王子様だった。
薄暗い地下室には似つかわしくない、眩しいほどのオーラを放ちながら、なぜか両手に豪華なバスケットを抱えている。
「どうしてここに? お仕事は……」
「午前の分は全て終わらせた。さあ、一緒に昼食にしよう。お前のために、厨房に一番良い肉を焼かせたんだ」
しっぽを振る大型犬のような笑顔で歩み寄ってくるレオンさん。
その後ろで、様子を見に来たのか、先ほどの年配の文官がポカンと口を開けて立ち尽くしていた。
「で、殿下……!? なぜこのような埃っぽい地下室に……って、ヒッ!?」
文官の視線が、私の背後に向けられる。
そこには、たった半日で、私が『新品同様』に修復し終えた、百個以上の備品の山が燦然と輝いていた。
「な、なんだこれは……! 廃棄予定の山が、すべて直っている……!? 君はいったい、何者なんだ!?」
「えっと、修復師……です」
私が首を傾げると、レオンさんは「さすが俺のユフィだ」と自慢げに私の肩を抱き寄せた。
備品管理室から連れ出された私は、レオンさんの私室である、見晴らしの良い部屋へと案内されていた。
ふかふかの長椅子に並んで座ると、レオンさんは誇らしげに両手に抱えていた豪奢なバスケットをテーブルに置いた。
「さあ、食べてくれ。お前のために、料理長に特別に腕を振るわせたんだ」
「わぁ……!」
パカッと蓋が開かれると、そこにはまるで宝石箱のような光景が広がっていた。
香ばしく焼き上げられた最高級の厚切り肉に、彩り豊かな野菜の付け合わせ、そして果汁が滴るような新鮮な果物。
私の母国なら、貴族の晩餐会でしかお目にかかれないような豪華なご馳走が、綺麗に詰め込まれている。
「すごく美味しそうです……! いただきます」
私が木製のフォークを手に取ろうとした、その時だった。
レオンさんが私の手からスッとフォークを奪い取ると、一番美味しそうなお肉を刺して、私の口元へと差し出してきたのだ。
「ほら、あーん、だ」
「えっ!? いや、あの、自分で食べられますから!」
「……俺は、お前に尽くしたいんだが」
翡翠の瞳が、ふいに捨てられた子犬のようにしょんぼりと伏せられる。
天下の氷の狂犬にそんな顔をされてしまっては、断れるはずがない。
私は顔から火が出そうになりながら、おずおずと口を開けた。
「……あ、あーん」
「うん、いい子だ」
ぱくりとお肉を口に含むと、とろけるような肉の旨味と甘いソースの香りが口いっぱいに広がった。
美味しい。
めちゃくちゃ美味しいけれど、隣から熱烈すぎる視線を向けられていて、味が半分くらいしかわからない。
「美味しいか?」
「は、はい。とても……。でも、レオンさんも食べてください。お仕事で疲れているでしょうし」
「俺はお前が食べている姿を見ているだけで胸がいっぱいだから、いらない」
「そういうわけにはいきません!」
いくら騎士任務で日頃から鍛えているとはいえ、しっかり栄養を摂らないと倒れてしまう。
私はレオンさんの手からフォークを取り返すと、彩りの綺麗な野菜を刺して、今度は私が彼の口元へと突き出した。
「ほら、レオンさんも、あーん、です!」
勢いでやってしまったものの、冷静になるととんでもなく恥ずかしい。
しかし、レオンさんは目を丸くして驚いた後、ふっと蕩けるような笑みを浮かべた。
「……あぁ。お前からの手ずからの一口なら、毒でも喜んで飲み込もう」
「毒なんて入ってませんから!」
ぱくり、と。
彼が私の手から野菜を食べる。
その時、わざとなのか彼の唇がわずかに私の指先に触れて、ビクッと肩が跳ねてしまった。
「ユフィ」
「な、なんですか」
「俺は今、世界で一番幸せだ」
ただの野菜を一口食べただけなのに、レオンさんは本気で感動しているようだった。
その真っ直ぐで重すぎる愛情に、私の胸の奥がまたドクンと音を立てる。
美味しいご飯と、甘すぎる時間。
王宮での労働環境は、なんだか色々な意味で心臓に悪そうだけれど、悪くないかもしれない。
私は火照る頬を誤魔化すように、「お肉もどうぞ!」ともう一口、彼の口に料理を押し込んだ。
※
書き溜めはここまでになります。
この後はのんびり更新となります。




