33 就職活動再び
ふかふかの天蓋付きベッドで目を覚ました私は、朝日が差し込む天井を見つめながら、昨晩の出来事を思い出してシーツに顔をうずめた。
「うぅ……っ」
唇に触れると、昨夜の熱がまだ残っているような気がして一気に顔が熱くなる。
嫉妬に駆られたレオンさんの口づけは、一度では終わらなかった。
息をする隙間も与えられないほど何度も唇を塞がれ、私が涙目でギブアップを宣言するまで、たっぷりと「上書き」をされてしまったのだ。
氷の狂犬だなんて誰が言ったんだろう。
あんなの、独占欲の塊のような肉食獣だ。
赤くなった頬を両手で挟んで落ち着かせていると、控えめなノックと共に、部屋の扉がすっと開いた。
「おはよう、ユフィ。よく眠れたか?」
「はいっ!」
現れたのは、美しい翡翠の瞳を細めて微笑むレオンさんだった。
朝から直視するには刺激が強すぎる美貌に、私は慌てて布団を首まで引き上げる。
「レ、レオンさん……! どうしてここに? というか、もしかしてずっと部屋の外にいたんですか?」
「俺の恋人であり、他国や貴族たちに狙われかねない『転生乙女』だぞ。護衛をつけるのは当然だろう」
「いくらなんでも王子様自ら、夜通し見張りをしなくても……!」
平然と言ってのける彼に呆れつつも、私は急いで身支度を整えた。
今日は朝一番で、セーリナ様とシベリウス様との『秘密のお茶会』が開かれることになっている。
昨日の私の「前世」発言について、どう扱うかを話し合うためらしい。
★
内宮の奥にある、限られた人間しか入れない私室。
そこに集まったセーリナ様とシベリウス様は、向かいの席に座る私とレオンさんを見て、深い溜め息をついた。
「……で。ユフィが、初代国王を導いたとされる『転生乙女』の可能性があると」
「はい。昨夜、彼女の持つ異界の知識とデタラメな魔法技術は、間違いなく伝説に符合します」
レオンさんが真剣な顔で頷く。
私は居心地の悪さに身を縮ませながら、慌てて両手を振った。
「お、お待ちください! 伝説だなんて、そんな大層なものじゃありません! 私の前世はただの……下働きというか、机に向かって毎日大量の書類を計算して、整理し続けるだけの平凡な平民でしたから!」
「異界の計算技術……」
「国を揺るがす強力な兵器の作り方とか、新しい魔法の生み出し方とか、そういうすごい知識は一切ありません! 私はただ、自分の生活を無駄なく、平穏に過ごしたいだけなんです!」
私が必死に弁明すると、セーリナ様は扇を口元に当てて、小さく吹き出した。
「ふふっ……おほほほっ! レオンティウスがあまりにも恐ろしい顔をして報告に来るものだから、どんな国の危機かと思えば」
「母上、笑い事ではありません。もし祖父……宰相派が彼女の力を知れば、確実に手駒として利用しようとします」
「わかっておりますよ。それにしても、ユフィ。貴女は本当に欲がないというか、現実的というか……ロマンの欠片もありませんね」
セーリナ様は面白そうに目を細め、淹れたての紅茶を一口飲んだ。
「でも、その堅実さは嫌いではありません。野心にまみれた欲深い『伝説の乙女』に王宮をかき回されるよりは、よほど安心できます」
「うん、僕も同意見だ」
難しい顔をしていたシベリウス様も、ほっとしたように微笑んだ。
「君の持つ不思議な力や前世の記憶については、僕たちだけの秘密にしておこう。レオン、君もそれでいいかい?」
「当然です。俺は最初から、ユフィを王宮の政争に巻き込むつもりはありません」
レオンさんは私の隣で、まるで大切な宝物を守るように、私の肩を抱き寄せた。
その力強い腕の温もりに、少しだけ胸がドキッとする。
「俺はユフィと、静かで穏やかな場所で生きていくつもりです」
「えっ、レオンさん……?」
「辺境のルシェルシェに戻るのだろう? 俺も行く」
息を吐くように自然な王位継承権および王子としての職務の放棄宣言。
その瞬間、シベリウス様が「ぶっ!」と紅茶を噴き出した。
「ま、待てレオン! 君が辺境に行ってしまったら、僕を補佐する仕事は誰がやるんだ!?」
「そんなものは自分でどうにかするか、祖父を上手く使うのだな。俺はユフィの恋人としての時間を最優先にする」
「頼むユフィ、この暴走狂犬を王宮に繋ぎ止めてくれ……!」
頭を抱えて泣きつくシベリウス様と、私を抱き寄せて絶対に離さないと凄むレオンさん。
そして、その様子を扇の陰から楽しそうに眺めているセーリナ様。
大国の王族の秘密の会議は、伝説の乙女の重圧など微塵も感じさせない、いつも通りの騒がしくて温かい空気のまま終わっていった。
辺境に、戻る。
そうだ、そもそも私は別にレオンさんの元におしかけ女房みたいな感じで会いに来たわけではない。
でも私が一人で戻ったら、絶対に着いてきそうだし。
どうすれば……?
シベリウス様に引き摺られるように連れていかれたレオンさんの後ろ姿を眺めながら、ふと考える。
アルヴエリア王宮に足を踏み入れて以来、すっかり存在感を消しているシロがもぞりとポケットの中で動いた。
「きゅっ」
小さな鳴き声と共に、シロがポケットの中に突っ込んだ私の手の中に潜り込む。
ひんやりとしたその感触に、私はハッと我に返った。
「……そうね、シロ。私、ただ養われるためにここへ来たわけじゃないもんね」
レオンさんが職務を放棄して私についてくれば、間違いなくシベリウス様の胃に穴が空き、国政が滞る。
それはいくらなんでも寝覚めが悪い。
かといって、このまま『王子妃候補』として豪華なVIPルームでふんぞり返っているのも、私の性に合わない。
自立した生活基盤を持たないまま結婚に踏み切るのは、いざという時のリスクが高すぎる。
しかも、私はこの国の国民でも無いし、もしも王族と本当に結婚する事になったら、追い出されたとはいえ、父上にも知らせなければいけない。
(私は自分の足で立って、自分の力で稼ぎたい。……だったら)
王宮の中には、まだまだ改善の余地がある古い魔法具や、無駄な業務が山のように眠っているはず。
私はシロを撫でながら、一つの『最も無駄のない折衷案』を思いついた。
私のスキルが使えそうな。
修復。修理。解体。調合もいけるかな?
数刻後。
大量の書類の山に埋もれ、死んだ魚のような目をしているシベリウス様の執務室の扉を、私はノックした。
「シベリウス様、少しよろしいですか?」
「ユフィ!? ど、どうしたんだ。もしやもう辺境へ帰ってしまうのか!? 頼む、レオンだけは置いていってくれ……!」
「いえ、すぐには帰りません。その代わり、一つご提案があるんです」
私は、先ほど羊皮紙に書き殴った『雇用契約書』を、バンッと執務机の上に提示した。
「私を、臨時女官ではなく、アルヴェリア王宮の派遣社員……じゃなくて、派遣型修復師として、正式に雇用してください! もちろん、完全週休二日制、定時退社の好待遇で! ついでに雇用期間は一年くらいの限定で!」
突如として就職活動を始めた私に、シベリウス様は完全に固まってしまい、後から話しを聞いたセーリナ様は涙を流して笑い、レオンさんには……まあ、なんというか、一晩中離してもらえなかった。




