01 銀貨三枚と地味スキル
辺境の街ルシェルシェに辿り着いた時、私の全財産は銀貨三枚になっていた。
王都からここまで、なりふり構わず駅馬車を乗り継いできた結果がこれ。
お金はない、行く当てもない。
でも、私の心はかつてないほど自由だった。
埃っぽい街道に降り立つと、石造りの家々が並ぶ小さな街が広がっている。
王都の絢爛豪華さとは程遠いけれど、その素朴さが、今の私には心地よかった。
通りを行く人々は驚くほど気さく。
果物屋のおばさんが「おまけだよ!」と青年にリンゴを投げ渡し、パン屋の前では子供たちが笑い声を響かせている。
誰かを値踏みするような、血筋や家柄で格付けし合うような、あの冷ややかな貴族の視線はここにはない。
「そうよ、ここなら誰も私を知らない。ユフィーリア・エーデルガルトである必要もないの」
実は、私には異世界転生した元日本人としての記憶がある。
前世の知識があるからこそ、伯爵家という鳥籠の異常さがよくわかっていた。
つい一週間前まで私を縛り付けていた、重苦しい伯爵令嬢という名の鎖。
四年に一度行われる魔力スキル開示の儀式が、そのすべてを断ち切った。
継母の息子カイルが【炎魔法】と【剣術強化】という主役級のスキルを授かったその横で、私が授かったのは――【待機】と【接続】。
神官様は困ったように眉を下げ、父様は露骨に顔をしかめた。
「そんな使い道のないゴミスキル、エーデルガルト家の恥だ。嫁の貰い手もないだろう、お前の顔などこれ以上見たくな――!」
「【待機】」
「姉上……!?」
父様の身体が、まるで時が止まったかのようにピタリと静止した。
「なるほど、対人にも使えるのねこのスキル。……ごめんなさい、お父様。【解除】」
「ん、がっ! 出てけーーーーー!!」
スキル解除直後、建物を震わせるほど怒り狂った父様の声を思い出して、私は首を振る。
いいの、もう終わったこと。
これでようやく、あの家との縁が切れたんだから。
たとえハズレと呼ばれようと、私は私の力でこの世界を生き抜いてみせる。
賑やかな笑い声が溢れる建物の前で、私の足が止まった。すぐ横には求人の掲示がある。
――ギルド受付嬢急募! 住み込み可・食事付き
吸い寄せられるように扉を開けると、野性味あふれる男たちの熱気と陽気な笑い声が渦巻いていた。
酒場を兼ねたホールでは、給仕の女性たちが軽やかに駆け回っている。
「あの……受付嬢の募集、まだやってますか?」
勇気を出してカウンターへ進み出ると、そこには熊のような巨漢の男性がいた。
「おう、お嬢ちゃん。随分と育ちが良さそうだが、こんな辺境に何をしに来たんだ?」
思わず背筋がピンと伸びてしまうのは、長年叩き込まれた教育の賜物。
でも、今の私はただの家なし娘だ。
「つい先程この街に着いたんですが、お恥ずかしながら所持金が底をつきそうで……。読み書きも計算も完璧にこなせます!」
男性は一瞬呆気に取られた後、地響きのような声で笑った。
「いいな、その気概。気に入った、採用だ! 二階の空き部屋も使っていい。家賃は給料から天引きだがな!」
周囲の冒険者たちからも「新人ちゃん、よろしくな!」なんて野次が飛んで、私は胸が熱くなった。
王都の社交界では絶対に味わえなかった、この雑で温かい歓迎。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「おう、俺はガルド。ギルドマスターだ。ユフィーリアは長いから、ユフィでいいか?」
「はい! ユフィで!」
新しい名前。新しい居場所。新しい私。
その夜、清潔な小部屋で私は改めて自分のスキルを確認してみた。
まずは【待機】を掃除用の箒に向けて発動させる。
――刹那、箒が重力を無視してピタッと空中で静止した!
「やっぱり……物体の動きや状態を一時停止できるのね」
次に【接続】
試しに机と椅子を繋いでみると、まるで最初から一つの家具だったかのように、椅子が机に吸い付いて離れなくなった。
「物と物を繋げるスキル……」
地味。あまりにも地味。
けれど、私は不思議と絶望していなかった。
前世のゲーム知識が囁いている――一見ハズレに見えるスキルほど、使い道次第で化ける、と。
私は部屋の隅にあったリンゴを手に取り、思いついた実験を始めた。
リンゴを空中に投げ上げ【待機】を発動。
ぴたりと制止。
横からつついても動かない。
そのままお風呂に入りに行ってみた。
一時間後部屋に戻ると、リンゴは健気に空中で制止したまま。
――【解除】
置いてけぼりだったリンゴが落下を再開し、私の手のひらに収まった。
「完全にポーズ機能と一緒じゃん。それに、一時間も繋ぎっぱなしだったのに、全然疲れない。ハズレスキルだから魔力消費もエコなのかな? 時間制限、もしかして無い?」
心臓が高鳴る。
もしこれをお肉や野菜に使えたら?
……鮮度を保ったまま、一生腐らないってこと!?
お茶を淹れた状態で【待機】しておけば、いつでも熱々の紅茶が飲めるし、雨が降ってきたら洗濯物を【待機】で空中に止めておけば濡れないかも!
前世のズボラ……もとい、効率厨の血が騒ぐ。
「そして【接続】は……」
私は机と椅子の接続を解除し、今度は壊れかけていた本棚の板を手に取った。
接続を発動すると、ヒビが入っていた板が、まるで溶接されたかのように一体化した。
「修理に使える……ということは、武器の応急修復、建物の補強あたりかな……まあ地味ね。研究の余地ありかな」
窓の外には、王都よりもずっと近くに輝く星空。
階下からは冒険者たちの、少し音外れだけれど楽しげな歌声が響いてくる。
銀貨三枚と、謎のスキル二つ。
でも、私には前世の知識がある。
この二つのスキルを組み合わせれば――きっと、誰も見たことのないような使い方ができるはず。
「ゴミスキルが、どこまで化けるか」
私は拳を握りしめた。
思っていたよりもずっと賑やかで、劇的な幕開けになりそうだった。




