9.不純異性交遊は禁止です
まったく、爆発でも穴が開かなかった床に穴開けるってどんな頭部してるのさ、とクルカンがぶちぶち文句を言いながら魔法で床を直す。
……今何か、突っ込んではいけない前半部分を聞いた気がする。
「その、あの、過剰に謝られると…………わ、私は恋人がいまして、誤解されてしまうとややこしいので、」
リリーがしどろもどろ説明すると、リ、リリーさん、と焦ってフィアナが肘でリリーを小突いた。
アルドラと紫髪の少女の目線が教卓へ向かう。
ん?とリリーも目線を動かすと、
「ひゃ!?びっくりした!」
いつの間にか教卓の椅子にヴィントがふんぞり返って座っていた。
「いつからそこに……」
「この度は申し訳ございませんでした、から」
「最初から……」
「生徒会長の気配を感じた気がするんだが気のせいだったか……」
「君校外学習の時終わるや否や爆速で飛んで帰ったって他の教師から報告上がってるけど、ひょっとしてリリーに盗聴器か何かつけてる?」
「えっ!」
リリーは顔を赤くして両頬を手で覆った。
……その反応は何か間違ってましてよ、とフィアナから突っ込みが入る。
あ、あの、とそれまで黙っていた紫髪の少女が発言する。
「リリー先輩は、あの、その……お付き合い、されてるんですよね……その……先輩と、」
は、はい、と疑問顔ながらも返事をするリリー。
えっと、その、と少女は立ち上がってあちこちポケットを漁り、あった、これだ、と生徒手帳を取り出す。
「あの!学則に、不純異性交遊は禁止、ってあります!不純異性交遊とは、どう言った事をいうのでしょうか!」
「えええ!?」
リリーはのけ反って驚き、アルドラは控えめにお、おい、と紫髪の少女を窘めた。
紫髪の少女の名前はミュシャ・メロッテ。
春にアルドラと共に留学でロマネストにやってきたのだという。
ミュシャとアルドラは幼馴染であり……恋人でもある、というのだ。
「お付き合いした後……どのように過ごすべきなのでしょうか……」
「えっえええ……」
困惑するリリーの横でクルカンが倒れた。
青春が老体に突き刺さる……などと呟いている。
「おふたりは、普段どのように過ごしているのか、参考までにお聞きしたく……」
リリーは困って、腕を組んで座っているヴィントを見た。
「……もう手とか繋いじゃったんだろうな」
クルカンがよろよろと立ち上がりながら言った。
ええっ!?と驚きの声が後輩二人から上がる。
驚く所!?
「心理戦ですの!?この人たちなら一時間に四十八回くらいはキスしてますわ」
フィアナの突っ込みにそれは不純異性交遊です!!と後輩から異口同音上がる。
「……九十分授業だからね?」
リリーは冷静に呟いた。
一時間に四十八回キスしてたんじゃ絶対勉強してない。
な、なんだぁ、そうですよね、とミュシャが頭を掻いた。
いやいやいや、キスもしない手も繋がないならどうすれば!?
「休日に二人でどこか出かけてみたらどうだ?」
思いがけずヴィントからまともな提案が入った。
すかさずリリーもフォローする。
「そうそう!甘いもの食べに行ったりとか」
話を聞いてぱっとミュシャが顔を明るくする。
甘いものが好きなのかもしれない。
「甘いものは好きじゃない」
アルドラのばっさりとした物言いにミュシャががっくりと肩を落とす。
「そうではありませんわ。外に出かける事が重要であって、別に甘いものと決まった訳じゃ──……いえ、甘いものもそうでもないものも扱ってるレストランとかに出かければ良いのですわ」
甘いものを提案から外そうとしたフィアナはミュシャの顔をちらと見てから提案を改める。
「出かけて、どうするんだ?」
疑問顔のアルドラにリリーが答える。
「この先もずっと一緒にいるなら、あの時食べた物が美味しかったねとか、あの日は晴れてたねとか花が咲いていたね、とか二人だけの記憶の共有ができたら、楽しいんじゃないかな?」
「記憶の共有……わかりました、出かけてみます」
そう言ったアルドラにミュシャも嬉しそうに笑った。
アルドラとミュシャが部屋を辞すとクルカンは荷物を取り出す。
「これ、フィアナさん宛て」
「まあ。実家からの荷物というのも本当でしたのね」
言うなりフィアナは無造作に荷物をあける。
部屋で開けなくていいの?と言うリリーに、
「感傷的になりたくないのでここで開けますわ!」
と、何とも潔い。
中には手紙など何も無く、ただ箱に入ったネックレスだけが鎮座していた。
「魔力増強のネックレスだねえ。娘を心配する良い御家族じゃないか」
クルカンの声を聞きながらリリーはフィアナをじっと見つめる。
慎重に、そっと華奢な銀の鎖のネックレスを両手のひらで包み持ち上げるフィアナ。
「……手紙もないなんて。不器用過ぎますわ」
いつもより長めに目を瞑ってまばたきをしたフィアナを見てリリーは微笑んだ。
「しかしあの二人良かったなー。真面目そうだし、明日からあの二人も加えて特別授業しようかな」
クルカンがうきうきしながら謎の瓶をテーブルに置いた。
「特別授業?」
訝しむヴィントにクルカンは説明する。
「ほらシムソイデ。あいつ駆除したいんだけど、まず見えなきゃでしょ。見えないものを見えるようにする魔法だよ」
見えないものを見えるように?
リリーはフィアナと顔を見合わせる。
視覚強化はフィアナにとっての課題でもあり、興味のある分野だ。
「わたくしも授業に加えていただけますの?」
「もちろん。受ける人数は多ければ多い方がいいね」
「この瓶を使うんですか?」
フィアナとリリーの疑問にそうだよ、とクルカンが説明する。
「具体的に術式を体の一部に描いて視力や魔力を強化する魔法になるかな」
ヴィントも興味津々でチェアから降りてテーブルの瓶を見つめる。
瓶の中には白い半透明の液体が入っていた。
「これは?」
「僕の体液」
ぎゃああ!と叫び声を上げてリリーとフィアナは部屋の端まで逃げる。
ヴィントは問答無用でクルカンの側頭部を蹴り倒した。「足が長いっ!」などと床から断末魔が聞こえる。
「あ、汗……?」
「だ、唾液……?」
は、鼻水…!!とリリーとフィアナは叫ぶや否やドアにめり込む勢いで下がって二人手を取ってがくがく震えた。
「……先生は君たちが健全に育ってくれて嬉しいです」
めりめりと踏み潰されながらクルカンは息も絶え絶え言う。
おい何だこれは、とクルカンをめりめりしながらヴィントが聞くと、
「体液な訳ないでしょ!体液って個人情報だよ!魔法使いは易々と晒したりしないの!中身は澱粉質と水だよお!!」
と、クルカンが叫んだ。
「これで体の一部に術式を描くってこと。効果はそんな長続きしないけど、魔法の経験が浅い学生でもお手頃って事だよお……」
ヴィントの下から抜け出たクルカンが胡座をかいて座って言う。
初めからそう言え!とヴィントにまた締め上げられていた。