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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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珠子と逢魔時(後編)

◇◇◇◇


 昨日の夕方、あたしが花見会の指定場所に着いた時、そこには誰もいなかった。

 みんなは一足先に『場所を確保しておくぜ』と言って別れたはずなのに。

 ただ、ビニールシートがちょこんと置いてあっただけ。

 

 仕方ないので、あたしはひとりちょこんとビニールシートの中央に座る。

 ちょっと寂しい。


 ……そして、日が沈んだその時。


 「「「「「「「ばぁ!!」」」」」」」

 「うひゃぁ!」


 みなさんが一斉に姿を現し、あたしは驚きのあまりひっくり返った。


 「んもう、なんですか!? びっくりしちゃいましたよ」


 パチクリと見開いたあたしの目に映ったのは、円状にあたしを見つめる七王子のみなさん。


 「ごめん、ごめん珠子ちゃん。橙依(とーい)ちゃんが『珠子ちゃんを驚かそう』って言っちゃってね」

 「……違う、僕は”珠子ねえさんにこの時の桜を見て欲しい”って言っただけ」

 「まあ、それが『どうせなら寝ころんで見上げてもらいましょう』って事になりまして」クイッ

 「『だったら、びっくりさせてころばしちゃおー』という事になったのさ、まんまるおめめの珠子さん」


 あたしを見つめながら七王子のみなさんが口々に話す。

 そして、みなさんもまたゴロンと寝転がり天を仰いだ。


 視界が広がった。


 「わぁ……」


 あたしが見たものは満天の桜、だけどその隙間から見えるのは(あお)と赤。

 消えゆく太陽の残滓(ざんし)の色と空の蒼色。


 「これって……”逢魔時(おうまがとき)”」


 逢魔時、それは夕と夜の境目の時。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)などの”あやかし”に遭遇する時。

 妖しくも美しい空。

 その光を受けた桜もまた美しかった。


 「珠子殿、(あるじ)に代わり解説しますぞ」


 鳥居様の声が聞こえる。


 「珠子殿も知っての通り”逢魔時”は鳥山石燕(とりやませきえん)今昔画図続百鬼こんじゃくがずぞくひゃっきにも描かれておりますが、元は非常に禍々(まがまが)しい時、”大禍時(おおまがとき)”と言われておりました」


 あたしは鳥居様の解説を聞きながらも空から目を離せない。

 それほど、この桜と空は美しかった。

 

 「だがそれを後の世の人は魔に逢う時、”逢魔時(おうまがとき)”と読み替えたのです。たとえ魔であっても出逢いの良さを、逢瀬(おうせ)にも通じる期待を込めたのかもしれませんな」


 しみじみと、懐かしい何かを思い出すような口調で、鳥居様はあたしに語った。


 「「「「「「「ようこそ! ”あやかし”の花見会へ! そしてようこそ! ”あやかし”の刻へ!」」」」」」」」


 みんなの声が聞こえる。

 彼らと別れたのはほんの数刻前、だけどここで再び出逢った。

 それは、とても喜ばしい事だった。

 あたしは嬉しくて少し涙が出た。


◇◇◇◇


 そんな素敵な出逢いがあったのが約12時間前。

 あたしたちは歩き続けた。


 「ねぇ、珠子ちゃん。どこまで行くのかしら」

 「すぐそこですよ。はい、とうちゃーく」


 そこはポツンと一本の桜の木がある丘。

 

 「ん? 女中よ。ここに何かあるのか? 何もないではないか」

 「まあまあ、みなさん座って」


 あたしはレジャーシートを広げ、みなさんを促す。


 「ふむ、なるほど」


 礼儀正しく正座で黄貴(こうき)様の一歩後ろに控えている鳥居様は気づいたみたい。


 「さあ、始まりますよ」


 あたしは座り、桜を見上げる。

 みんなもそれに(なら)


 「……わあ」

 「あっ! ピンク―!」


 橙依(とーい)くんと紫君(しーくん)が声を上げる。

 

 「まあ、素敵っ! 朝日を浴びてとても綺麗」


 東の空が明るくなり、桜が日の光を浴びて輝く。

 あたしたちにはまだ光があたっていない。

 これは、背の高い木だから、あたしたちより数分早く朝日を浴びた桜の光景。


 「ようこそ! 人の時間へ! 神代(じんだい)の下にようこそ!」


 そう、ここからは人の時間。

 

 「やはり枕草子であったか」

 「はい、平安の清少納言が記した”枕草子”の一節『春はあけぼの、ようよう白くなりゆく山際』にちなんでみました。『春はあけぼの、ようよう桃になりゆく山桜』ってとこですかね」


 人が千年以上前から美しいと思う夜明け、その中でも春は格別と書かれているのが枕草子。

 逢魔時のお返しに、あたしは最も美しい時刻の桜を見て欲しかったのだ。


 「なるほど、そして神代(じんだい)ですか」クイッ

 

 桜の幹を撫でながら蒼明(そうめい)さんが言う。


 「蒼明(そうめい)よ、なんだいそのわかったような口ぶりは」

 「この桜はソメイヨシノの一種で、神代曙(じんだいあけぼの)という品種です。最近の桜の植樹はこの品種がメインだという話ですよ」クイッ

 「……ほんとだ、色が違う」


 ヒラヒラと舞い落ちる桜の花弁を手に橙依(とーい)くんが呟く。


 「もっとピンクー!」

 「はい、この神代曙(じんだいあけぼの)は従来の染井吉野(そめいよしの)よりピンク色が濃いんです。夜明けの光と相まって、より綺麗ですよね」


 そして、光があたしたちにも広がった。

 光を受けて、桜の色は一層深まり、あたりを桜色に染め上げる。


 コポコポ


 みんなが空と桜に見とれている中、あたしは持って来たハーブティを用意する。


 「お嬢ちゃん、それはなんだい? 茶にしては色が独特だねぇ」

 「あおーい、めずらしー」


 ふたりが言う通りこのお茶の色は(あお)

 朝日を浴びる桜の隙間から見える空の色。

 

 「これはタイのお茶で蝶豆(ちょうまめ)、英語でバタフライピーの花から作られるお茶です」

 「あら、これはとっても綺麗ね。あらっ、!? 花の茶葉の他に可愛いピンクのお花が……」


 藍蘭(らんらん)さんが受け取った透明な器の中には花が一輪。

 

 「これは桜の花ですね。バラフライピーと桜の花茶ですか」クイッ


 さっきの蒼明(そうめい)さんとの料理勝負で使ったのは桜の葉、そして今度は花。

 桜を満喫してもらうために、あたしは準備した。


 「……なるほど、過去と今の桜を味わうお茶」


 当然だけど、この花茶の桜は今年の桜じゃない。

 橙依(とーい)くんの言う通り、去年の桜で仕込んだの。

 

 「そして、さらに仕掛けがあります! ジャーン! レモン汁ー!」


 太陽はその姿を現し、空の色も明るくなってきたその時、あたしが取り出したのはレモン汁。


 「これを、ちょっちょっと……」


 そして、それを数滴お茶の中に垂らす。

 蒼のお茶がその色を紫に変えた。


 「おお! 色が変わったぞ!?」

 「なにそれ、ふしぎー」


 みんなの視線があたしのグラスに集中する。


 「みなさんもどうぞ。レモンの量で色はもっと変わりますよ」

 「ほんとだー、ピンクー」


 えいえいえいえいっ、っと一生懸命振りかけた紫君(しーくん)の花茶は素敵なピンク色に変わっていた。


 「この花茶は”夜明けの桜”という商品名でして、酸性度によって色が変わるんですよ。だからレモン汁で色が変わったんです。夜から朝への光の変化を楽しめる素敵なお茶ですよね」

 「ふむ『人類の叡智、アントシアニン化学変化の勝利です』といった所でしょうか」クイッ

 「あー、蒼明(そうめい)さん、それあたしのセリフー」

 「負けた腹いせです。これくらいはいいでしょう」


 クイッと眼鏡を上げて説明した蒼明(そうめい)さんの言う通り、この色が変わる花茶の秘密はバタフライピーの花の蒼の成分”アントシアニン”。

 それは酸性度、PH(ペーハー)によって色が変わるの。

 レモン汁によって酸性になれば、蒼から紫に。

 アルカリ性になれば蒼から緑、そして黄まで変化する。

 アルカリ性にする食品は……


 ……


 「……」


 ダメだっては、橙依(とーい)くん。


 「……わかった」


 あたしは異空間格納庫(ハンマースペース)から何かを取り出そうとした橙依(とーい)くんを心の中でたしなめる。

 豆を柔らかく煮るのにも使われる重曹を入れれば、アルカリ性になる。

 その色の変化は面白いけど、味はマズイ。

 苦くなっちゃうの。

 『はい、兄さんの色、黄色』と言って黄貴(こうき)様に飲ませたら、吹きだしちゃうこと必至。

 もう、いたずらっ子なんだから。


 「うむ、天を仰げば曙の空と桜、地を見れば器に封じられた夜明けの空と桜、”天上天下、我が手中にあり”といった所か。見事である女中」


 うーん、そこまで壮大な演出した気はないんですけど。


 「では、女中の働きを称えて、この”逢魔が時”の対局にあるこの時刻に我らで名前を付けようではないか」

 「さんせーい、どんな名前がいいかしら」


 天国のおばあさま、どうやらこの素敵な時間にみなさんが名前を付けてくれるみたいですよ。


 「王魔(おうま)が刻、というのはどうだ?」

 「それじゃ兄さんを称える時になっちゃうでしょ。”ピンクドリーム”ってのはどうかしら? えっ!? 風俗っぽい」

 「単純に”逢人(おうじん)の刻”ってのは……味気ないねぇ」

 「伝統の曙の時でいいでしょう」クイッ

 「……スプリング・シャイン・モーニング」

 「あたらしいあさー」

 

 思い思いの名前をみんなが口にする。


 「おいおい兄弟、みんなセンスに欠けてるぜ。ここは女心を一番理解している俺の出番だな」

 「なんだ、赤好(しゃっこう)よ。何か妙案でもあるのか」

 「ああ、彼女と(あけぼの)にちなんだ妙案さ、みんな、ちょっと耳をかしてくれ」


 そして、みんなは輪になってひそひそ話を始める。


 「なるほど、そいつはいいや」

 「だろ、料理上手な珠子さんにぴったりだろ?」

 「……それがいい」

 「さんせーい」


 どうやら決まったみたい。

 どんなのかな? ちょっと楽しみ。


 「決まったぞ! 女中! 夜明けのこの時をこれから我らはこう呼ぼう!」


 そしてみんなが大きく息を吸う。


 「「「「「「「OH!(オー!) Vono!(ボーノ!)の刻!」」」」」」」

 

 逢曙刻(おうぼのとき)、それは新しい朝への出逢いの時……ではない。


 「なんでイタリアンなの……」

 

 Vono!(ボーノ!)はイタリア語で『おいしい!』を意味する。


 ハハハとみんなが笑う。


 「いいじゃないか、おいしい食事をいっぱい持って来てくれる珠子ちゃんにぴったりで」

 「んもう、みなさん食い意地が張っているんですから」


 あたしも笑う、素敵な春の夜明けの一時(ひととき)

 天国のおばあさま、春も一日も始まったばかりですが、やっぱり今日も珠子はハッピーエンドです。

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