否哉(いやや)とチョコドーム(前編)
カランカラン
お店のベルが鳴り、アタシたちは少し暗めでオシャレなBarに入る。
ここはアタシのお友達が経営しているお店。
店名は『ジェンダーサプライズ』。
「へー、ここが藍ちゃんさんのお友達のお店ですか。藍ちゃんさんのお友達だけあってセンスばっちりです」
アタシの横でキョロキョロしているのが、お店の新人の珠子ちゃん。
あら、なんだか『お店の新人』って、いかがわしい響きね。
うふふ、アタシのお店は”いかがわしい”と言われればそうなのだけど。
なんせアタシのお店のお客の大半は”あやかし”なの。
『酒処 七王子』、それがアタシのお店の名前。
だけど、最近ちょっと不満があるの。
珠子ちゃんのおかげでお店は繁盛しているのだけれども、お店の雰囲気が割烹居酒屋っぽくなっちゃったのよね。
野暮ったいお店より、大人のムードが満ちている方が好きよ。
アタシは藍蘭。
カワイイおしゃれが大好きな”あやかし”のおねえさんよ。
◇◇◇◇
「あたし『酒処 七王子』以外の”あやかし”さんが経営している店に来たのは初めてですよ。連れて来て頂いてありがとうございます」
「どういたしまして。さっ、このお店『ジェンダーサプライズ』のママを紹介するわ」
アタシはカウンターに珠子ちゃんを案内する。
そこにはうなじの綺麗な着物の女の人がひとり。
「あっ、素敵なママさんですね。初めまして『酒処 七王子』で働いています珠子と申します」
「あらやだ、素敵だなんておせじが上手いのね、照れちゃうわねぇ」
ママは小袖の部分で顔を巧みに隠しながら言う。
「おせじじゃないですよ。本当にそう思っていますから」
「そーう、それじゃあ、これでもそう思うかねぇ!?」
そしてママは隠していた顔を露わにする。
うふふ、ママの顔はちょっと違うの。
現れたのは髭面の老人の顔。
そうよ、ママの正体も”あやかし”、その名は否哉。
鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』に載っているオシャレ好きのナイスダンディな”あやかし”よ。
その和風撫子の衣装とお顔のギャップで人間を驚かせる”あやかし”。
「やっぱり素敵じゃないですか。セクシーなおヒゲとキリリッとした顔立ち。衣装とのコントラストもバッチリです!」
だけど、この娘には通用しなかったみたい。
珠子ちゃんは笑いながら指でオッケーマークを作ったの。
「ちょっとは驚きなさいよぉ!」
ママが地団駄を踏んだ。
そしてアタシたちの背後に気配がひとつ。
彼女は珠子ちゃんの肩に手を置き、珠子ちゃんが振り返る。
「それじゃあ、アタシもキレイと思う?」
マスクを付けた彼女が珠子ちゃんに問いかける。
「はい、とっても綺麗ですよ」
「これでもキレイかーい!?」
彼女がマスクを取り、その裂けた口を大きく開く。
彼女の正体は見た目が示す通り『口裂け女』なの。
「はい、綺麗です。パッチリとした瞳に、長いまつげ、鼻筋もすらりと通ってます。そりゃあ、お口は痛々しいですけど、総合点で評価すれば十分に綺麗さんですよ。あっ、セミロングの艶やかな髪も考慮すれば十二分かしら」
「あら、そう。おじょーすね」
口裂け女ちゃんがちょっと照れたように頬を押さえる。
「いやいや、そうじゃないでしょ。このギャップにちょっとは驚いてよ! あやかし冥利に尽きないわよ!」
「そうは言われましても、見た目や衣装で相手を差別したりするのはいけないじゃないですか。やっぱり正しく評価しないと」
「最近の人間は人間が出来過ぎているのよぉ!」
ふたりが地団駄を踏んだ。
◇◇◇◇
「とまあ、ウチの新人ちゃんは今までとはちょっと違うの」
「噂は聞いていたけど、ホントみたいね。神経が図太いわねぇ」
「そんなに褒められちゃうと照れちゃいますよ」
「ホント図太いわぁ……」
アタシたちはカウンター越しに向かい合い、背の高い椅子に座る。
珠子ちゃんはブランブランしている自分の足を見ながら、ぐぬぬと唸っている。
「さて、ご注文は何にする? 今日はお近きの印にごちそうしちゃうわぁ」
「やったあ! ここはBarなのでお酒とおつまみがメインなんですね」
メニューをめくりながら珠子ちゃんが言う。
「メニューにない物でもオッケーよ」
「えっ、いいんですか? それじゃあ……」
珠子ちゃんの瞳が怪しく光る。
というか、これって昔、たまに来店してきた感じの悪い客の雰囲気じゃない?
「ちょっと珠子ちゃん、あなた何か……」
「いえいえ、わかってますから藍ちゃんさん。ドリンクはエイリアンブレインと、食べ物はルーマニア国旗のオムライスを下さい」
「Alien Brain? 宇宙人の脳みそ? それって何かしらぁ?」
「ルーマニア国旗って、あの青と黄と赤の三色旗?」
耳慣れないカクテルの名前と、聞いた事のない料理の名前にふたりが首をかしげる。
「えー、この程度も出来ないのですかー? あやかしBarなのにぃー。名が泣きますよぉー」
厭らしい嗤いを浮かべながら、舐めつけるように見上げつつ、珠子ちゃんが語尾を上げて言う。
あーもう、やっぱり勘違いしている。
ポカッ
アタシのチョップが珠子ちゃんの頭を打つ。
「ちょ!? いきなり何するんです藍ちゃんさん!」
「珠子ちゃん、アタシたちがこの店に来た目的を言ってみて」
「料理とお酒でマウントを取って、『酒処 七王子』の方が上だと思い知らせるため!」
拳をグッっと握りしめ、このファイティン娘はどや顔をした。
「ちがーう!!」
ボクッ
「あうちっ!」
アタシの逆水平が彼女の胸に叩き込まれた。
◇◇◇◇
「すみません、失礼な事を言ってしまって……、今日は『酒処 七王子』とは違うあやかしBar『ジェンダーサプライズ』を勉強しに来たのでした」
「ホントごめんなさいね。この娘はちょっと思い込みが激しくって」
珠子ちゃんは優秀なんだけど、ちょっと暴走気味というか好戦的といういか、挑戦的というか……
そこを含めて魅力のひとつなんだけどね。
「いーのよ、気にしてないわぁ」
「そーですよ。でも、エイリアンブレインとルーマニア国旗オムライスって何かしら?」
「よろしければ、あたしが作りますよ。メニューの食材で出来ますから」
そーなのかしら?
アタシが見たメニューの内容は普通だったけど。
珠子ちゃんはウキウキと借りたエプロンを身に着け、カウンターの奥に入って行く。
「やっぱりありました! 紫キャベツと重曹! そしてトマトケチャップと卵! カクテルも基本的なお酒はそろってますね。バッチリです!」
珠子ちゃんは紫キャベツを刻み、そして茹でる。
「はーい、この煮汁に重曹を加えると、ほーら真っ青!」
「まあぁ! こんなにあざやかになるのねぇ」
「これは藍ちゃんさんもご存知のバタフライピーのお茶と同じく、アントシアニンが入っているんですよ。紫色の搾り汁をアルカリ性にちょっと偏らせると青くなるんです」
「ああ、あの花見の時のお茶ね」
ちょっと前にみんなで行ったお花見。
その時に飲んだお茶も色が変わる不思議なお茶だった。
「そうです。この青い煮汁でお米を炊けば、青いご飯になりますよ。今日は炊いたご飯でパエリア風にしちゃいまーす」
フライパンに粉末出汁をたっぷり入れ、珠子ちゃんはご飯を青い煮汁で煮る。
「さて、煮ている間にエイリアンブレインの準備に取り掛かりましょう! まずはこの透明な”BOLSのピーチリキュール”と、白いクリームリキュール”ベイリーズ”と、その名の通り青い”ブルーキュラソー”と、紅い”グレナデンシロップ”を用意しまーす」
トントントンと色とりどりの液体が入った瓶がカウンターに並べられる。
「まずは透明なピーチリキュール、そして次に白のクリームリキュールを入れまーす」
桃の香りの透明なお酒の上から白いお酒が注がれ、真ん中に白いもやもやが出来ると、上に戻っていった。
「あら、二層の色になったわ」
「はい、これはプースカフェと同じでふたつのお酒の比重が違うからです。比重の軽いクリームリキュールが上層に上がります。そして、ブルーキュラソーを数滴入れて……」
滴り落ちる青い液体が白いもやもやの雲の中に隠れる。
「トドメに紅いグレナデンシロップをドロップすると……ほら!」
最後にちょっと高めから落とされた紅いシロップは、もやもやの雲を突き抜け、下層に沈んでいく。
「あっ!? 中層にもやもやのシワシワが出来たわ! 紅くって、青くって不気味ぃー!」
「ホント、名前の通り脳みそっぽくって、エイリアンブレインだわ」
否哉ママも口裂け女ちゃんもグラスに見入っちゃってる。
「最後のグレナデンシロップが比重が一番重くて粘性が高いですから、白いクリームリキュールとブルーキュラソーを巻き込んで沈んでいくんですよ。これが真ん中にシワシワの脳みそっぽい物が見える秘密です。それでは少々ご鑑賞を」
そう言って珠子ちゃんはコンロの前に戻ると、素早い動きでケチャップとご飯を炒め始めた。
それと同時にコンコンっと卵を割り、チャッチャとかき混ぜ、四角い卵焼きフライパンでオムレツ作る。
「はいっ! あとはお皿の左に青いパエリア、右に赤いケチャップライスを四角く盛って、真ん中に四角いオムレツをのせれば完成ー!」
コトンとカウンターの上に皿が載り、その上に三色旗を模したオムライスが現れた。
うーん、トリコロールカラーってオシャレよね。
フランスの先鋭的なのも、イタリアの情熱的なのもいいけど、東欧系の実直的なのもいいわ。
「青と黄色と赤のトリコロールを国旗としているルーマニアは吸血鬼伝説も有名ですが、宇宙人の基地の噂があったりするんですよ。エイリアンフレインと一緒に食べるとSFっぽいですよね」
あらま、そうだったの。
吸血鬼はとっても有名な”あやかし”。
だけど、日本ではあまり見ないわね。
「あらっ、これってとっても美味しそう! 早速頂いちゃっていいかしらぁ?」
「どうぞどうぞ、むしろ冷めないうちに頂いて下さい」
「それじゃあ、いただきまーす!」
否哉ママと、口裂け女ちゃんがスプーンを高く上げ、アタシもそれに並ぶ。
まずは、青いパエリアからよね。
あの色合いはやっぱり気になるわ。
スッ パクッ
スプーンの上に載った青い米がアタシたちの口に運ばれる。
「あーん、おいしぃー」
バリトンボイスを響かせて否哉ママが顔をほころばせる。
先を越されていなければ、アタシもそう言っていた所だったわ。
口に広がったのは、ほのかなキャベツの甘味と、しっかりとした海鮮の旨み。
青からイメージされる味なんてしなかったわ。
パエリアは魚介の旨みを吸ったお米が美味しい料理、だけどここにはそんな食材はない。
珠子ちゃんはどうやってこの味を出したのかしら。
「ふっふっふっ、みなさんパエリアの味の秘密が知りたいようですね。その秘密はこれです! じゃーん!」
そう言って珠子ちゃんが見せたのはしじみの粉末。
「魚の粉末出汁に、この二日酔い防止に効くしじみ粉末を入れる事でご飯のパエリア感が増すのです」
えっへん、と仰け反りながら珠子ちゃんが可愛らしい胸を張る。
「それにこのケチャップご飯とオムレツの組み合わせも素敵です。なんだか懐かしくって」
「えへへ、昭和を代表する”あやかし”の口裂け女さんには、昔懐かしいこのケチャップライスが合っていると思いまして。気に入って頂けてよかったです」
アタシは平成の始まりに封印から脱出した。
その時は、世間はバブル絶頂期で、ご飯をケチャップだけで炒めたケチャップライスはダサイ物とされていたの。
そして口裂け女ちゃんも、もはや昭和の都市伝説として古臭い”あやかし”とされていたの。
自信を無くしていた口裂け女ちゃんを拾ったのが、この店のママの否哉ママだったってわけ。
「この料理は、陸のケチャップライスと、海のパエリアと、空の鶏の卵が合わさったトリコロールオムライスなんですよ」
「あらやだ、鶏は飛ばないじゃない」
「そうでした。えへへ」
アタシのツッコミに珠子ちゃんが可愛らしく頭をかく。
末の弟の紫君もあざとい可愛さで鳴らしているけど、アタシ的には珠子ちゃんの可愛さの方が上だわ。
「そして、このエイリアンブレインもいいわね! ピーチの甘さとクリームの甘さが合わさって、男の子っぽいSFな見た目とは裏腹に、女の子向けのスイートな味だわ。うーんおいしぃー」
ママの否哉ママが不気味なカクテルを飲みながら言う。
コクッっとアタシも飲んでみる。
果実とミルクの組み合わせは素敵なマリアージュ。
ママの言う通り、甘い系のお酒の組み合わせだけあって、とってもスウィーティ。
「SFな男性要素とあまーい女性要素を併せ持つカクテルだなんて、アタシたちにぴったりかもね」
そう言って、カチンとアタシとママはグラスを打ち合わせた。




