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神々の集う場所から少し離れたところで、一人でホズは座っていた。バルドルの危険がひとまず回避できたことで、ホズに何か命が下されることはなかった。身体を蝕んでいた呪いも解けたが、手放しで喜べる状況にはならなかった。一度抱いてしまった黒い感情を忘れることが出来なったのだ。
そこにひょっこりと現れたロキが声を掛ける。明るく、いつもと変わりのないような様子だ。
「目の調子はどうだい?」
「良く見えるよ。君が変わりない美青年のままだってわかった」
「あはは、言ったろ? 僕は嘘をつかない主義なんだ」
「どの口が言うんだ」
ホズが溜息を吐く。からかうつもりで言ったのだが、あまり意味はなかったようだ。
「……くだらない話だね」
何処か楽しそうにホズは言う。
「うん」
ロキも目を細めて同意した。
「ぼくね、君との他愛ない話をするの好きだったよ」
「うん」
ホズは過去のことを語るような口ぶりだ。
ロキから表情が消えた。
「ねぇ、ロキ」
ホズはそう呼びかけると、ロキの手にそっと自分の手を重ねた。辛そうに表情を歪めて、ロキは何とか言葉を振り絞った。
「……うん」
それだけを、なんとか。
それがとても痛ましく、ホズは見ていられなかった。黙っていようと、騙されていようと思っていたのに、それがどうしても彼には出来なかった。たとえそれがロキを更に苦しめることになっても、ホズには出来なかったのだ。
「ルーンはかけなくて良いよ」
「……あ、」
ホズの言葉にロキは目を見開き、何か言いかける。しかし、ホズがそれを許さなかった。
「黙って」
「――うん」
ホズに遮られて、ロキは言葉を飲み込んだ。
「きみは悪くない。ロキ、これは僕の意思だ」
「……うん」
「お願い、ロキ。ぼくにやらせて」
「うん」
やんわりとホズの手を外すとロキは素早くルーン魔法を発動させた。そして、その手でホズの目を覆う。
「――ごめん、ホズ」
ロキは迷わない。
ホズの新しい目には仕掛けがあった。ロキの呪文一つで、ホズの意思を奪い操る魔法が組み込まれていたのだ。
「……最後まで嘘つきだ。君らしいよ、ロキ」
遠のいていく意識の中、ホズは思った。
暖かい魔法だと。
悪くはない、眠りに付けるのは久々だと。静かに意識を手放した。ホズの記憶はそこで途切れたのである。




