第二話 日常の異変
「はよ、陽大!」
夢路よりも先に学校に到着した陽大が支度を終え、席についた頃、中学時代からの親友である暮井 楓が肩に手を置いて声をかけてきた。相変わらず爽やかな笑顔だ。
「おう、おはよ楓。お前いっつも元気だな」
苦笑しながら挨拶を返す陽大。そんな陽大の背中を、唐突に楓が勢いよく叩いた。
「いった!!」
「おいおい、朝からそんなしけたツラしてたらアレだぜ?腹減るぜ!?」
こいつは朝から何言ってんだよ……。
「腹減ってんのはお前だろ」
「おっ!? よく分かったな、さすが俺の親友!!」
教室に響き渡るほどの大声で笑う楓。この調子だと廊下にも聞こえているのだろう。朝からなんでこんな元気があるんだか……。
「ところでよ、夢路はどこいったんだ? 授業前なのに珍しく一緒じゃねえけど」
周りをきょろきょろと見渡しながら問いかけてくる楓。
「ああ、なんか怪我した猫を見つけたらしくて、一回家帰って隣の家の人に預けてくるっつってた」
楓はほーんと言い、それから口角をあげて陽大の肩に腕をかけながら小さく言った。
「ところでお前さあ、最近夢路とどうなんだよ」
心臓が、少しだけ大きく鳴った。しかしここで動じてしまっては相手の思うつぼである。陽大は自分自身を落ち着けて、極めて冷静を装いながら返事をした。
「どうって……何がだよ」
「とーぼけんなって!!」
再び背中を思い切り叩かれた陽大は「いってえっつーの!!」と言いながら背中をさすり、楓を睨んだ。
「お前、やっぱ夢路のこと好きなんだろ?」
「はぁあっ!?」
陽大は頬杖をついていた状態から勢いよく楓の方を振り向き、大声で叫んだ。その頬は心なしか赤く染まっている。
「うおっ、なんだよ、いきなり大きな声出すんじゃねえよ」
それはお前が言うことなのかよ……。
しかし、それにしても遅い気がする。朝会ったあの道から夢路の家までは、それほど遠くないはずだ。とは言っても家が隣同士なので、遠くはないことは分かっているのだが……。
「連絡してみっか……」
そう言った陽大はズボンのポケットからスマホを取り出し、連絡先から夢路の名前を慣れた手付きで引っ張り出した。そして、発信。発信中の音が耳に響くなか、隣では楓が静かにその様子を見守っている。
プルルルル、プルルルル、プルルルル……
しばらく鳴り続ける音声。大分長い時間に感じられたが、やがて――――
プルルルル…………ツー、ツー、ツー……
「……出ない」
「えっ? マジ?」
「マジ」
そんな会話の後、再び電話をかけてみるが、やはり夢路が応答する気配はない。
「おかしいな……いつもなら五秒とかからず出るはずなのに」
「えっ? マジ!?」
「だからマジだって。なんでこんなしょうもないことで嘘つかなきゃなんねえんだよ」
ため息をつきながら面倒臭そうに答える陽大。「マジでか……そんな簡単に通話したりするほどの仲なのか……」などとぶつぶつ言っている楓をよそに、陽大は訝しげにスマホの液晶画面を見つめる。
「席着けお前らー、ホームルーム始めんぞー」
そうこうしているうちに、脇に出席簿を抱えた担任が教室に入ってきた。
「ま、朝元気そうだったならその内くんだろ!」
楓はそう言って、自分の席に戻っていった。
気にし過ぎなだけだろうか。これ以上は気にしてもどうにもならないので、おとなしく前を向いて座る。埋まっていない座席は夢路のところだけのようだ。
そわそわと落ち着きのない陽大をよそに、担任が出席簿を置き、話し出す。
「あー、実はな、夢路なんだが、今朝登校中に倒れたらしい」
……え? 倒れた? 夢路が!? なんで? 朝は普通だった、具合が悪いようにも見えなかったのに、倒れるって、一体何が――
「気づいた隣家の方が救急車を呼んでくれて近所の病院で眠っていたらしいが、先程目を覚まして、命に別状はないと分かった。午後、来れれば来るそうだ」
その言葉を聞き、少しだけ落ち着きを取り戻す陽大。しかし、やはり胸には疑問が残る。なんで、夢路が倒れたりなんか……。
「じゃ、今日の予定知らせるぞー」
担任が話を続けている間も、陽大は気が気じゃなかった。朝はあんなに元気そうだったのに。いやまあ、確かに頭のおかしなことは口走っていたが……。
「考えすぎ、か」
それ以上は考えることをやめ、朝のホームルームの後の授業も特に気にせず受けた。
しかし、その日結局夢路が学校に来ることはなかった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ □ □ □