問題篇
「困ったことになりました」
篠田警部は額を撫でながら、マジックミラー越しに取調室の様子を窺っている。
「見ての通り、被疑者は明らかに日本人ではありません。しかも、三宅巡査が何を訊いても首を縦に振るか横に振るかのジェスチャーしか返さない。どうやら、英語はかろうじて分かるようですが日本語はさっぱりみたいです」
三宅巡査と相対している男は、立派な鷲鼻と茶色の巻き毛の持ち主で、背筋をぴんと伸ばして椅子に座っている。彼には殺人の容疑がかかっているのだが、言語の壁が聴取を困難にしているようだ。
「三宅巡査が『あなたが殺した』と英語で言うと、首を何度も縦に動かすのです。しかも、被害者の写真を見せて『あなたはこの男を恨んでいた』と訊いてもやはり同じ仕草をする」
「しかし、物的証拠などの決め手はないのでしょう」
「それがないから、任意で引っ張るのが限界なのです」
警部は渋い顔でミラーの向こう側を睨んでいる。私はふとあることが引っかかり、警部を説得してほんの数分だけ聴取に立ち合わせてもらった。
「篠田警部。彼はおそらく犯人ではありません。だって、彼は殺人なんてやっていないと証言しているのですから。物的証拠がないのも当然です」
「ですが、それでは男のジェスチャーと矛盾しているではありませんか」
「いいえ、何も矛盾なんてしていませんよ」
Q:なぜ矛盾していないのでしょう。




