14話
宜しくお願いします
男はマンダス大陸の東にあるヨルーダ大陸で生まれた。ヨルーダ大陸はダークエルフが住む大陸であり、教会と呼ばれる組織が統治している
元々、人とエルフやドワーフ達はマンダス大陸で共に共生していたのだが、ダークエルフは女性の比率が多く、また肌の色もグレーな事から迫害を受けていた
人・ドワーフから迫害を受けたダークエルフ達は現在のヨルーダ大陸へと移住する
ダークエルフの始祖と呼ばれるシリウスと彼女を慕う者達はヨルーダ大陸を開拓し、都市を建設した。その後、ダークエルフの迫害、女性差別から女性救済を掲げ組織を設立する。今日の教会と呼ばれる組織である
ダークエルフのみならず、多くの種族で迫害を受けていた女性の拠り所として、多くの支持を獲得した教会は一国家にまで成長する事になった
ダークエルフは肌の色、魔法の素養もあり、あまり良いイメージを持たれていなかった。また、信仰していた神がクエーサーという事もそれに拍車をかけた
クエーサーはノルンの神の一人で渇望と欲望を司る。ダークエルフが古来より信仰していた神である
教会はそのイメージを払拭する為に、教会では従来のクエーサーではなく、愛と美の女神フレアヴォイドを信仰すると言う方針を打ち出した
フレアヴォイドは多くの人が信仰しており、イメージも良い。その方針は功を奏し、教会とそれを支えるダークエルフへのイメージはかなり良くなった
男の両親も教会に属しており、敬虔な信者の一人だった。そんな環境で育った男も当然のごとくフレアヴォイドを崇拝していた
男が18になった時に事件は起きた。ある日家族でフレアヴォイドの祭壇を参拝しに街を出た時に男の家族がならず者に襲われたのだ
男の目の前で父は殺され、母は暴力の末に殺された。一人生き残った男は孤児となり、世の中を恨んだ。なぜ自分はこんな目に合うのか、世界は愛と美に満ち溢れていると大人たちは言っていたのに・・
ある日、男はスイーマの存在を知る事になった。その製造方法、効果を知った男はその時に世界を理解した
フレアヴォイドの教えが間違っているわけではないのだ。世界が、人が真実の愛と美に気づいていないだけなのだと
この神の雫さえあれば人は、世界は真実の愛と美に気づく事が出来る
自分はその為に生をうけたのだ、きっと世界は自分を受け入れてくれるだろうと——
だが、世間は男を受け入れる事はなかった。それもそのはずでスイーマは禁止されている酒で製造する事も違法だ。そんなものに関わろうとする人間などいないのだ
一般市民から受け入れてもらえなかった男だったが、唯一男の考えに賛同してくれた者達がいた
ならず者達である
彼らは犯罪を犯している人種なので今更、密造酒ごときでは尻込みしない。むしろそれを楽しみ、売る事で得られる金に目が眩んだ
犯罪者達のネットワークを使い男は徐々に神の雫を浸透させていく
そんな男の前に奇跡が起きた。フレアヴォイド本人との面会する機会が訪れたのだ。敬虔な信者だった男は毎日欠かさずフレアヴォイドに祈りを捧げた。だからと言って神が人に話しかける事はないのだが、数奇な運命の元、男はフレアヴォイドと会話をする事になった
男は如何にフレアヴォイドが素晴らしいか、世界がそれを認識していないかを涙ながらに訴える。その気持ちに嘘偽りはない。そして、もっと多くの人に真実の愛と美を理解させるべきだと訴える
あまりにも男が必死に自分の素晴らしさを訴える事でフレアヴォイドは気を良くした。その結果、少しだけ男に力を分け与える事にしたのだ
男は歓喜し、自分こそがフレアヴォイドの唯一の理解者だと自負する。そして自分が愛してやまないフレアヴォイドを護りたいが故に男はその力をフレアヴォイドに向けた
結果、フレアヴォイドは自身の力で自身を封印されるという結果に繋がった
神の力の一端を受け継いだ男はもはや全知全能だった。自分の魔力に抗える人間はおらず、そしてフレアヴォイドが身を宿す聖杯があれば、無限に力を使えたのだ
それは今までも、そしてこれからも揺るがない事実であり、約束された事だった。事実、男に敵う者はおらず、聖杯に触れることすら誰もできないのだ
——だが、その現実は一瞬にして終わりを告げた
目の前で自分に逆らう愚かな子供を粛清しようとしたその時、背後から大きな物音がした
——ッドン!!! ——ッガシャーーン!!
その音に驚き男は振り返る。そこには変わらず佇む聖杯があるはずだった
誰も触れることができないその聖杯は、一匹の犬の手により粉々に破壊された
有り得ない現実に男は呆然とその様子を眺めていた
「かわうぃーねぇぇ」
胸をはだけ、虚ろな目をした男が一匹の犬を抱きしめている。男の表情から神の雫を摂取したことは見て取れた。そんな男の腕の中で身悶える犬
愛して止まないフレアヴォイドが訳のわからない男と一匹の犬により殺されたという事実を徐々に理解する
「き、貴様らぁぁぁぁぁ!! 何をしたのかわかっているのかぁ!!!!」
とめどなく溢れる怒りに男は身を委ねる。こんなことが許されていい訳がない
「っひぃぃぃ!!」
その力に気づいた男は抱えていた犬を手放すと慌てるようにその場を立ち去ろうとする
「逃がすかぁ! その罪! 死んで償うがいい!!」
怒りに任せ、男は魔力を解放する。魔力は大きな光の玉となって男と犬へと目掛けて飛んでいく
雷が落ちたような。水の入った大きなバケツをひっくり返したような弾けた音が鳴り響いた
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
あまりにも強大な力を放った為、男は肩で息をする。だが、あのふざけた男と犬は生きてはいないだろう
「あの世で罪を償いなさい」
男は満足そうに通路に横たわる、かつては人だった黒ずんだ物体見つめる。そして何事もなかったかのように座り込む犬も——
「っんな!!??」
なぜ無傷でいるのだ!? その言葉を言いかけて言葉に詰まる




