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異世界冒犬譚  作者: さくら
交わる旅路
53/126

4話

よろしくお願いします

「たしかに、この扉の向こうにはなにかあるようです」


俺に呼ばれたシャール達は壁を叩きその違和感を確認する


事態を察したレオンが庭にいるシュナイダー達も呼び戻したので、全員が物置に集まっている


「シュナイダー、壊せる?」


「はい、それは問題ないのですが、よろしいのですか?」


「うん、さすがに僕も気になるしね」


レオンの了解を得たシュナイダーがもう一方の物置から大きな木のハンマーを持ってきて力一杯壁を叩く


——ッドォン!!


想像していたよりもあっけなく壁は壊され、そして隠された部屋が姿を表した



壁の向こう側は人一人通れる程の空間だった。左手には下へと続く階段が見える


「これは……当たりのようですね。下へと続く階段が見えます」


中を覗いたシュナイダーがこちらを振り返り皆に言う


その事実に誰もが口を閉ざし、喉を鳴らす


「ど、どうするんですか?」


レオンはかなり怖がっているようだ


「行ってみましょう。なにかわかるかもしれません」


予想外にマニーズが提案してきた。昨日気絶してたくせに大丈夫なのだろうか?


階段を降りた先は土を掘り進めましたという感じの洞窟だった。奥には小部屋があり、祭壇が見える。さほど広くはないようだ。流石に全員で行くのは良くないだろうと、シュナイダー、シャール、レオンと俺だけで中を見にきた。危険がなければ後で他のメンバーも見に行けばいい


いつ崩れるかわからないので慎重に前へと進む。一歩二歩三歩


半分ほど進んだところで先頭を歩くシュナイダーが消えた



は?



いや、俺も何を言ってるのかよくわかっていないが、前を歩いていたシュナイダーが消えたのだ



は?



全員が足を止める。思考が追いつかない


「え?」


後ろにいるシャールが疑問を口に出す。そりゃそうだ。意味がわからん


どうしたものかシャールとレオンに確認しようと振り返る


するとシャールとレオンも消えた



は?



え、ちょっと待って。どういうこと? なんかまずくない?


なにかの罠だろうか? だが、シャールはなにも言わなかった。こんな時に限ってユグラシル達はいない。あいつら昨日から近くの森に遊びに行ったままだ。遅くならないうちに帰ってきなさいと言ったのに。くそ、あの悪ガキどもめ、いつからそんな不良になったんだ。俺はそんな子に育てた覚えはないぞ


ひとまず戻るべきかと後ろに下がる


《誰かきてくれた。妾の使徒とならんが為か? これで妾も……さあ、妾の元へと来るがよい。妾のヴァルハラへと迎え入れよう》


あの声が再び聞こえる。誰だ?


奥の祭壇から聞こえるようだ。焦った俺は冷静な判断が出来ず、ひとまず祭壇の前へとやってきた


《何じゃ? 妾の神聖なる祭壇に獣が紛れ込んだか》


俺のことか、なんかどいつもこいつも獣だとか臭いだとか失礼なやつらばっかだな


《まあ、良い。こやつもヴァルハラへと迎え入れてやろう》






シャールは混乱していた。先ほどまで地下の洞窟を進み祭壇へと歩いていたはずだ。だが、気がつけば先ほどとは打って変わって洗礼された通路に立っているのだ。そして目の前には煌びやかな扉があった


どうなっているのだろうかと、後ろを振り返るも長く伸びた通路があるだけだった。あまりにも長い通路は先が見えず、引き返すという選択肢はないだろう


なにかの罠にかかったのだろうかと警戒しながらも扉を開ける。扉を開けたその先には懐かしい顔ぶれが揃っていた


「お姉様」


なぜここにレーナがいるのだろうか?妹は今、スタックフォードにいるはずだ


「無事だったか、シャール」


父と母も優しく話しかけてくる


「お父様、お母様? それにレーナまで。どうしてここに?」


こんなところにいるはずがないと思いつつも、ユグラシル様の加護か何かなのだろうかと疑問を投げかける


「どうして? あら私達がここにいたら行けない理由があるのかしら?」


普段とは違うレーナの態度にシャールは思わず身構えそうになる


「え? いえ、そんなことは……」


「まあ、守人を私に押し付けてまで里を捨てたがっていたお姉様のことでしょうから、私達に会うのは心苦しいのかもしれませんわね」


「っな!?」


「妹に責務を押し付け、自分はのうのうと気ままな旅を楽しむとは……我ながら不出来な娘を持ったものよ」


「エルフの民の風上にも置けませんね」


敬愛する父と母、そして最愛の妹からの言葉がシャールの心を抉る。そんなつもりはない。だが、その言葉が発せられることはなかった


「自分さえよければいい」


「今が楽しければいい」


「その為ならエルフの民すら捨てるのね」


「そんなことは……っ!! エルフの民の事を片時も忘れた事はありません!」


「あら? ならなぜあの時、里に残らず旅に出ると言ったのですか?」


「それは……」


カールとエルロッテと共に旅をしたかった。初めて見た大陸、町はとても魅力的だった


「自分さえよければ良かったんでしょう?」


「違う……違います」


「なにが違わないの? あなたは家族を犠牲にして自分の欲を満たそうとした愚かな女なのよ」


父と母、そして妹からそんな風に思われていたなんて……


シャールはその場に膝をつき涙を流した






レオンは父、ポテアム皇帝を前に膝をついていた


「お父様。いつの間にこちらにおいでになられたのですか?」


「ふん。私がどこに行こうとお前には関係のない事」


何時もとは様子が違う父を前にレオンはまた母と喧嘩でもしたのだろうかと考える


「それはそうと、お前も随分偉くなったものだ」


「と、申しますと?」


「はっ! それを余に聞くのか? 貴様は彼の地を拝領したのをいい事に妹を見捨てたであろうが!!」


レオンは、その言葉に頭に血がのぼる勢いだった。レオンには妹のアイリスがいる。かつて侍女達の騒動に巻き込まれ言葉を失った妹。レオンは妹を常に気にかけていた。毎日のように様子を見に行き、妹が好きだった本を届けた。だが、旧バルミルス邸を拝領してからは足が遠のいてしまったのも事実だった


「父上。アイリスは私の掛け替えのない妹。そのような事は冗談でもおっしゃらないでください」


レオンは普段、全くと言っていいほど怒らない。だが、妹の事となれば別だった。父といえど今の発言は許せない。だが、ぐっと堪える


「ははは! 言うようになったではないか、ガキ共のくだらんままごとに付き合って自身も偉くなったつもりか? やはり到底、兄には敵わんな」


レオンは拳を握りしめ歯をくいしばる。あの優しくも厳しい父がなぜこのような事をいうのか。これが父の本心だったのかと





部屋一面を埋めつくさんばかりの女性、その全てが一糸まとわぬ姿で自分に迫っている


シュナイダーは幼い頃から武芸を教わり、時間さえあれば父に鍛えられてきた。その為、思春期の頃、周りの友人達が色恋に夢中だった時も自分は厳しい父の元で修行の日々だった。それもすべてレオン様お付きの護衛となる為だった


近衛兵隊長であった父の後を継ぐのは兄の役目だった。弟の役目といえば兄の代わりなのだが、兄が優秀だった為にその役目は回ってくる事はなかった。そんな中、父から聞かされた役目があった。第二皇子レオン様の護衛役に任命されたと。自分の立ち位置をきめられなかったシュナイダーはその言葉を聞き歓喜した。自分を必要としてくれる役目があるのだと。それからは交友関係すら断ち切り、無心で修行の日々を過ごした


その為、シュナイダーはこれでもかというほどに奥手だった。宮廷では多くの侍女から色目を送られるもその意味がわからないほどの朴念仁である。そんな彼の前に現れた裸の美女達。どうしていいかもわからず、立ち尽くすシュナイダーに絡みつくように腕が回される。最早、万事休すと思考が止まるシュナイダーだった





俺は立ち尽くしてどうしたものかと考える


先ほど祭壇の前で黒い闇に包まれたと思ったらここに居た。居たというかさっき来たのだが……前にカイラのときの様に何処かに飛ばされたのかと思ったが普通に祭壇の前だった。それはいいんだが、周りではシャールが壁に向かって膝をついて泣いてるし、レオンは祭壇睨んで怖いし、シュナイダーはなんか後ずさりしてる。なにをしているんだろうか


《ヴァルハラに取り込まれては還ること叶わぬ》


声のする方を見る、祭壇の真上に漂う女性は俺達を見下ろしている《さあ、妾の使徒となるが良い》


その声は何処か欲情的で心を虜にするように心地良い。ゆらゆらと漂う女性はその声に違わず目を奪われるような姿をしていた。すらりと伸びる素足。おへそまで開いた胸元。顔は深くローブを被ってはいるが、艶やかな唇に目が奪われる。ローブというより、布を羽織っているだけという方が正しいのかもしれない


あれって横から見たら丸見えなんじゃないのだろうか。などと邪な事を考えてしまう


幾年(いくねん)の時を待ちわびた事か。ああ、早う。妾の使徒に……》


うーん、これはカイラの時と同じだろうか。幻惑の魔法なのかもしれない


あの時は吠えれば治ったが……今回もそれでいいのだろうか?


漠然と辺りを見回すと、ふと祭壇に目が止まる。祭壇の上にある三日月を模したオブジェが妖しく揺らめいているような気がした


直感的にあれをどうにかすれば治るのではと浅はかな考えを持った俺はその手前で何やら跪いているレオンに目を向ける


普通に飛び上がっては到底届かないのだが、あんなところにとても素敵な踏み台がある。きっとうまく行く。というか結構高く飛べそうだ。気持ち良さそう


浅はかな考え、未知の大空目掛けて俺は駆け抜けた


躊躇などしない、跪くレオンの背中を駆け上る。「ぐえっ!」


変な声がしたけど気にしない。俺は飛べる。どこまででも飛べる!


翼を手に入れた俺は大空へと飛び上がり、オブジェへと天翔け、そして目の前には魅惑的な女性の胸があった



《っきゃ!?》



ガシャンという盛大な音と共に体に衝撃が走る。大空という人類の夢は儚くも終わりを告げた


目の前が真っ暗だ。どこだここは。なんかやけに地面が柔らかい


視界が暗くなり、焦った俺は状況を把握しようとひとまず鼻で辺りの匂いを嗅ぐ。なんか柔らかい地面に凹みがあるのに気づいた俺は鼻を押し付けて見た


《っひゃん!》


はれ?なんか様子がおかしいと顔を持ち上げると視界の端に光が差し込んだ。布だ布が覆い被さって視界が真っ暗だったのだ


ということは? この柔らかいのは!?


慌てて後ずさると見覚えのある布だと気づいた。なんてこったこれが噂のラッキースケベというやつか!


後ずさったのを後悔しながらも目の前のそれを確認し困惑した


布を着ていた女性の姿はそこにはなく、代わりに布に押し潰された美幼女がいたのだ


(あ、あれ? さっきの女性は?)


《あ…… あ…… あ……》


(あ?)


《妾の…… 妾の祭壇が!!!!》


見ると祭壇の上にあったオブジェは地面に落ちた衝撃で無残にも砕け散っていた


《あぁぁ…… なんということを…… これでは魔素がっ!?》


涙目で祭壇へと手を伸ばす幼女。それ以上動くとモロ見えになるぞ


《なんじゃ!? この姿は!? そうか!! あぁぁ…… 魔素が…… もはやこれまでか》


なにやらやんごとなきご様子。 これはあれか? 俺のせいだろうか? 俺のせいだよな


(あ、あの)


この世の終わりかと思うような表情で項垂(うなだ)れる幼女にひとまず声をかける


《……のせいじゃ……お前のせいじゃ!! どうしてくれる!!》


青かった顔から一転、真っ赤な顔で幼女は飛びかかり、両腕で俺の首を締めてくる。だが、所詮は俺と対して変わらぬ背格好なのでそんなに苦しくない。むしろ柔肌が気持ち良い


(ちょ、待って! 待って! 苦しい!)


大して苦しくはないのだが、そこはそれ、俺は空気は読める男だ


《黙れ!! このままでは妾の存在が消えてしまう! どうしてくるのじゃ!!》




美幼女との楽しいじゃれ合いは唐突に終わりを告げた。先ほどまで怒り狂っていた幼女が突如泣き始めてしまったのだ。全裸で泣く幼女を前にしてどうすればいいのかわからない


《ひっぐ……ひっ……もう妾は消えるしかないのじゃ》


えーと、どういうことなのだろうか? 俺はとんでもないことをしてしまったのだろうか


目の前では幼女が泣き、後ろでは相変わらずシャール達が思い思いに一人芝居をしている。この状況を誰かどうにかしてほしい


『なにしてるの?』

『なんか懐かしいのがいるね』


キターーーーー!! ユグラシル先輩! ちーーーっす!! 良いところに!!


(お前らどこいってたんだよ!)


『森に行くって言ったじゃん』

『言ったよね?』


ええ、言われましたね。いや、そうでなくて。この状況をなんとかしてください


『あれ? なんでセイファルがこんなところにいるの?』

『ほんとうだー。なんでいるの?』


《む? っ!? そ、そなた等はユグラシル!? なぜここに!?》


おや、知り合いなのだろうか


『僕らはカールの側にいるよ』

『さっきまで森にいたけどね』


《カール?》


『そう、カール』

『カールは友達』


ユグラシルは俺の周りを飛び回る


《なんと、その獣はそなた等の眷属なのか? なるほど、通りで妾の幻惑が効かぬわけじゃ》


『セイファルはなんでこんなとこにいるの?』

『なんで?』


《それは、その……ええぃ! 妾がどこに居ようが関係なかろうが!》


『ふーん、まあいいや。カール行こう』

『行こう行こう』


(え? いや、ちょっと待てって。なんか消えるとかなんとか言ってたじゃん)


よくわからないが、お姉さん姿から幼女に後退したってことは、このままでは存在が消えるとかそんな流れなんじゃないのだろうか


《お主等には関係ないわ! 魔素などなくても妾には問題ないのじゃ!》


(え……と? どういうこと?)


要領が掴めず、ユグラシル達に尋ねる


『ぼくらは魔素』

『魔素がなければ存在を維持できない』


なるほど、ユグラシルも魔素がないとか騒いでたな。こっちのユグラシルの魔素が無くなっても本体の方に戻ればいくらでもあるとか言ってたが


(魔素ってどうやって補充すんの?)


『僕らを信仰する者達から貰うか、僕らの司る存在から補充する』


神は魔素の塊である。なので常に魔素の供給をしなければならない。その手段は大きく分けて三つある。一つは自身を信仰する物達が祈りを捧げる事だ。祈りを捧げることにより信仰と共に魔素が神へと流れる。もう一つは自身が司る存在からの供給だが、単純に司る物があればいいというわけではない。自身の加護を与え、自身を象徴すべき物を用意しなければならない。ユグラシルで言えば、大樹林にある神木がそれに当たる。それ以外となると魔素の供給は微々たるものとなる。そして最後は依り代の存在だ。依り代がいれば一時的にではあるが象徴となるものがなくとも魔素を供給できる。だが、こちらに関してはそもそも依り代の存在が稀である事と依り代への負担が大きいため緊急時の供給と割り切るべきだろう


(セイファルの象徴って?)


『それ』

『それ』


ユグラシル達は地面に散らばり、粉々になった物を指出す


《ひっ……ひっぐ》


その事実を思い出したかのように、セイファルは涙を流す


一方、俺は事の重大さに背中に嫌な汗が流れるのを感じる。実際には流れてないのだが


(まじか。な、なんか代わりとか作れないの?)


『すぐには無理じゃない?』

『無理だね』


《ひっく……もう良いのじゃ。これが妾の運命。信仰も無くなった妾はいずれ消えゆく存在》


細い腕で涙を拭いながらセイファルはまるで自分に言い聞かせるように言う


もはや俺のせいでこうなったのは明らかである。どうしたものか


(な、なあ。ユグラシルが魔素を分けてあげるとかそういうのできないの?)


『うん? うーん。できなくはないけど。そもそも魔素の質が違うから解決にはならないよ?』


(この際、それでもいいだろ。このままじゃ消えちゃうんだろ? その象徴とやらを作るまでの間だけでも助けてやろうよ)


『うーん……まぁ、カールがそういうならいいけど……』


ユグラシルは気乗りしない様子だ。そもそも司る存在が違うのだから仕方のない事なのだろう。むしろ分けられないと思っていたぐらいだ


(頼むよ。さすがに消えちゃうのは可哀想だし)


《お主ら。よ、良いのか?》


『まあ、カールがこう言ってるし。しょうがないから少しの間だけ分けてあげる』


《すまぬ……》


なんとか消えずには済みそうだ。とは言えユグラシルが言うように根本的な解決ではない


「おーい、大丈夫ー?」


ふと、上から心配そうにこちらを呼ぶ声が聞こえる。マニーズだ


(やばい! シャール達は治してくれるのか!?)


《む? そうか、せっかく使徒が作れそうじゃったのだが》


使徒ってなんだよ。よくわからないがこの状況はまずいだろう。相変わらず一人芝居を続ける三人をこのままにしておくわけにはいかない


(使徒がなんなのか知らないけど、後でちゃんと説明してくれ。ひとまず三人は治してくれ)


《ふむ。仕方ないのぅ》


セイファルが手をかざすと三人は糸が切れたようにその場に倒れこんだ。俺一人ではどうにもできないので、マニーズとエルロッテの手を借りて運び出した。俺はこの後、どうやって事情を説明すればいいかと頭を抱え込んだ




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