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異世界冒犬譚  作者: さくら
君が居る意味
122/126

12話

宜しくお願いします

 突如として現れたその犬にアイリスは激しく動揺した


一人心細かった時に現れた犬に恋をしたアイリスはその犬を欲しがった。決して奪い去ろうなどというほどのものでもない。それでもアイリスからすれば立派な恋だった。もう一度会いたい。仮に飼えなくてもよかった


そんなアイリスに衝撃の事実が突きつけられる。その犬こそがセレナが探し続けているノクトだったのだ


想い人は王子でもなんでもない、犬だったのだ。それだけならまだしも、信頼していた侍女はそのことを知っていた。知らなかったのはアイリスだけだった


まるで今までの自分が道化師のように見えた。必死になっていた自分を親友や侍女達は嘲笑うように見ていたのだと思うと、悲しみでいっぱいになった


そんな自分をアカリウムだけが受け入れてくれた。そして共に世界を作り直そうと言ってくれたのだ。


昔の自分とは違い、今のアイリスは望めば全てが手に入る。だが、目の前の犬だけは手に入れることは叶わない。ならばいっそ消えてしまえばいい


アイリスはその膨大な魔力をカールにぶつけた






 ようやく出会えたカールが目の前で殺されてしまう。そんなことだけは絶対に止めなくてはと、セレナは飛び出そうとする


だが、それはセイファルの手で遮られてしまった


『気持ちはわかるが、お前が行っても無駄じゃ』


気がつけばユグラシル、フレアヴォイドも傍にいた


『僕等ができるのはこれぐらい』

『これぐらいー』


ふと見ればセレナ達を護るように結界が張られていた


『アカリウム様にはここにいろと言われただけじゃ、お前達をどうにかしろとは言われておらん……


「お願いします! ノクトを! カールを助けてあげてください!!」


セレナは泣き叫ぶようにセイファル達に懇願する。だが、セイファル達は困った顔をし、首を横に振るだけだった


『もはや、あの力の前では我らも無力に等しい。今はカールを信じるしかない』


そう言い、カールへと視線を移した。アイリスの力は、もはやセイファル達やアカリウムさえも凌駕するほどなのだ。それは先ほどまでの戦いで痛いほどわかっていた


土の棘(アースシャベリン)!!」


アイリスの魔法がカールへと襲いかかる。地面がせり上がり、対象の自由を奪い、そして追い討ちをかけるように土の棘がカールを襲う


——ッジャキン!!


その光景にセレナは思わず目を逸らす


『カール!』


神と呼ばれるセイファル達も慌てるようにカールの名を呼んだ。いくら魔法が効かないとは言え、アイリスの力はもはやこの世界で最強と言ってもいい。いくらカールと言えど無事では済まない


その証拠にアイリスの魔法をその身に受けたカールは血こそ流してはいないが、足元がおぼつかない様子で、ふらふらとしていた。アイリスの魔力を抑えきれていないのだ


だが、それでもカールは、アイリスの元へと歩みだす。それが必然であるかのように、まるで当然とも言えるように、世界を拒絶した少女の元へ行こうとする


「見てられない……助けてあげられないの!?」


マニーズが涙声で叫ぶが、誰も何も言えなかった


『お主らはカールとの付き合いも長いのだろう? そんなお主らが信じずに誰がカールを信じるというのだ?』


『そうだね。見なよ』

『カールが見てる』


視線を向けるとそこにはこちらを振り返っているカールがいた。その目はまるでこちらの考えを見透かし、その上で何も心配するなと語りかけてくるようだった


『カールはお主らが思っている以上に強い』


その言葉にセレナは胸の前で手を握り締め、カールを見つめるしかなかった



「どうして!? どうして立ち向かってくるの!? 早く死んでよ!!」


アイリスが悲痛な声で魔法を放つ。世界で自分に敵う者はいないはずだった


目の前の犬の命を刈り取る事も容易いはずだった


だが、カールは倒れない。それだけではない、一向にこちらを攻撃してくる気配もないのだ。かつて洞窟で助けられた時にカールの力の片鱗を見ていたアイリスはその意味がわかっていた


カールは戦う意志を持っていないのだ


ならばなぜ立ち向かってくるのか。アイリスの魔法を避ける事もせず、ただ一身にその身に受けてまでなぜ?


アイリスはその意味すらも理解していた。だが、それでも認めたくない一心で否定という名の魔法を向ける


カールは全てを受け止めてくれているのだ。自分の醜い嫉妬、傲慢、虚飾、強欲で一方的な想いを、それでもカールは黙って受け入れる


アイリスの胸がキュッと苦しくなる


好きになった犬は憎しみの対象へと変貌した。だが、カールから向けられる想いはあの時から何一つ変わっていないのだ


——ただ、純粋にアイリスの傍に行く


「来ないで……お願いだから……」


世界最強の存在であるアイリスが見せる悲痛な表情


その姿を見てセレナはアイリスの気持ちに気付いた。アイリスのあの姿はかつての自分と一緒なのだ。何かに当たりつけながらも、その内では寂しさでいっぱいなのだ。誰かに見て欲しい。誰かに認められたい


そんな少女の想いを傷つけたのは他でもない自分自身だということはわかっている。だからこそ、こうして何もできない自分に苛立ちさえ持っていた


そんなセレナの想いを受け取ったかのように、カールは満身創痍になりながらも階段を登りきる


「無駄よ……その壁は越えられないわ。たとえアカリウム様であろうと、その壁は壊せない」


その壁はすべてを拒絶するアイリスの心の殻そのものなのだ。誰一人として入ることは許されない。それほどまでにアイリスは世界を拒絶していた


「いくら、マグナス様と同等の力を持っていたとしても、あの壁を打ち破るのは骨が折れるぞ」

と、マリキャスが言う


デーモン達はシャール達を守るように立っている。むしろ動けないと言った方が正しい。先ほど、シャール達を庇った時に力関係を理解しているのだ。自分たちではあの少女に太刀打ちできないのだ


「確かにな。だが、我が好敵手は、あっけなくなんとかしてしまいそうだがな」


ドリタスはそう答える。カールの実力をその肌で感じたドリタスは、なぜかあの犬ならばという期待があったのだ


「下がりなさい。その壁に触れればタダでは済まないわ」


だが、アイリスの言葉を無視するようにカールはゆっくりと壁に向かって歩みを始める


「死にたいの!?」


壁に近づくほどに、静電気のような放電がバチバチとその身を襲う。それだけでも普通の人にとっては致命傷になりかねない


「お願い……やめて……」


触れれば死ぬ。それがわかっているからこそ、アイリスは絞り出すように懇願する。居なくなればいい。そう思っていた。だが、それが本心ではないことに気づいてしまった


そんなアイリスの想いを他所に、カールの体は吸い込まれるように壁へと近づき、そして壁をすり抜けた


「くっくっく……どうやら我が好敵手殿に挑むのは当分先になりそうだな」


その光景を見ていたドリタスが嬉しそうに笑う。ありえない光景を再び目の当たりにしたマリキャスは唖然としながらドリタスを見つめていた







「どうして……どうして、そうやって勝手に私の中に入ってくるの……」


うっとおしいほどのカールの優しさにアイリスは瞳から涙を溢れさせた。拒絶していたはずだった、もう二度と誰にも心を開かないという決意があった。だが、そんな決意はカールの手によってあっさりと覆され、気がつけば傍にいてくれる


「もう遅いよ……もう戻れないよ……」


その優しさにアイリスは涙を零し、顔を手で覆う。だが、それすらも無視するかのように、カールは右足を伸ばしアイリスを求めた


——こっちにおいで


「ずるいよ……」


その瞬間、すべてを拒絶していたアイリスの心の殻は砕け散った——



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― 新着の感想 ―
[一言] この勘違いがw 最初は犬に転生って飼い犬ニートもの?って思ってたけど色々斬新で面白かったです。
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