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颯爽桜は止まらない。


  †


 目が覚めた。

「……ふぁ」

 横たわったまま欠伸をして、俺は辺りを見回した。

よく見知った場所だった。散らかった、俺の部屋の俺のベッドの上である。締めっぱなしのカーテンの向こうからは明るく、既に陽が高く昇っていることが窺い知れた。

 えーっと。というか、今何時だ?

 時計を見れば、既に昼の十一時を回っていた。ああ、どおりで窓の向こう、昼間の喧騒の気配がすると思った。

 身を起す。なんかまだ、頭が回っていないな。

 あれ?

 そこでようやく、俺は気が付いた。

 どうして俺の部屋の俺のベッドに、桜が寝てるんだ。凄く幸せそうな寝顔で。

 でもってどうして、俺、裸なんだ!?

 タオルケット一枚、申し訳程度に腰のあたりに置いているだけで一糸まとわぬ生まれたままの姿の俺である。でもって隣には桜。

 添い寝。

 あえてもう一度確認しよう。

 添い寝である。

「わーーーーーーーーッ」

 昨夜一体何があったんだ!?  

 一足飛び!? 大人の階段を一足飛びで駆け上ってしまったのか!? いや、だってほら。桜の着ている服、血でべっとり……。

 ……血、多すぎじゃね?

「いや、ていうか――昨日の晩は」

 脳裏に閃くものがあって、そこから先は芋蔓式に記憶が蘇ってくる。

 そうだ。

「俺、攫われてから。『エーテル』の……でもって、撃たれて」

 ハッとして右の胸を見る。そこには、丸い、ケロイド状の傷痕があった。一昨日までは無かった傷痕だ。

 呆然とする。あれから――俺が撃たれてから、一体なにが起こった? 意識を失う直前、桜が狙われていた。それはどうなった。いや、そもそも俺の銃創は致命傷じゃなかったのか?

 それが、痕が残っているだけで、塞がっているとか……ほんの数時間前だぞ!?

「おい、桜! おい、起きろ!」

 俺は桜の肩を揺すった。思ったよりも華奢なその身体。確かに早朝、抱き止めた覚えがある。あれは、あれは確かに夢なんかじゃない。

「う……む……」

 何度も肩を揺すって、ようやく桜の目が開いた。寝ぼけ眼を擦りながら、俺の顔を見る。数秒じっと見つめて、その目に理性の光が灯った。

「……達樹?」

「おう、桜! お前に聞きたいんだが、昨晩は俺が撃たれた後どうなっ」

 最後まで言えなかった。理由は簡単で、突然ガバッと身を起こした桜が、俺のことを押し倒したからだ。

「なっ、ちょっ、待てッ……」

 聞く耳持たず、真剣な表情の桜は俺の身体を押さえつけ、ペタペタと遠慮なしに触りまくり撫でまくる。

「達樹、大丈夫か!? どこか痛いところは無いか? 頭痛とか腹痛とか歯痛とか水虫とか無いか!? 少しでも身体に異常を感じるときには、ちゃんと隠さず申し出るんだぞ!?」

「いや、だから話ッ、聞ぃ……ッ!」

 ちょ、おま、そこは。

「隠すなと言っているだろう!? 万が一の事もある。そのタオルの下まで確認せねば……ッ!」

 だから、そこはヤバいって! おい!!

「な、なんだこの突起状の……こ、これは!? な、なんと」 

 あ、ちょ、ぁ……うぁ……そ、そこは……はぁん。

「やめろってンだ、この馬鹿たれーッ!!」

 馬鹿の脳天にチョップが炸裂する。それでようやく、際どい部分に突っ込もうとされていた手の動きが止まった。

「ほ、本当に何ともないのか?」

「ああ、ピンピンしてる」

 俺が両腕をグルグルまわして見せると、途端に桜の顔が歪んで、その目からは涙が溢れ出した。

「良か……ッ!!」

 首っ玉に抱きつかれて、再び押し倒される俺。

「おい、桜。止め……」 

 たしなめようとして、俺はその言葉を飲み込んだ。

 俺に抱きついたまま、桜は大声を上げて泣きだしたからだ。

「良かった、本当に良かった。死ぬかと思った。達樹が、達樹が死ぬかと思った。達樹、達樹……うぁぁぁぁぁぁあああああん!」

 おい、桜。

 仕方ない。一つ溜息をつくと、俺はおんおんと泣き続ける桜の頭を撫でてやる。

 ……長くて綺麗な黒髪だ。埃っぽくて絡まっている。昨夜のドタバタから、まだ何も手入れしていないからだな。手で漉いてやると、桜がくすぐったそうな声を漏らした。

 その声。この体温。柔らかい香り。確かな手触りに、俺に圧し掛かっている桜の身体の重さ。

 こういう一つ一つを実感、というのだろうな。もっと感じていたくて、俺も桜の身体を抱きしめる。

「達樹」

 涙で濡れた瞳で、桜が見上げてきた。

 顔と顔が、すごく近い。

 だから、ばっちりと目が合って、

 俺たちの唇は自然と近づいて――


 がちょり、と部屋のドアが開いた。


「おお、達樹。気が付いたのか……おや」

 そこに立っている、長い黒髪で、巨乳の、脚の長い女性が、ベッドの上で抱き合った状態で固まった俺と桜を見て、一言。

「うむ。失敬」

「おい、どうした桜。あいつら起きたんじゃないのか?」

 廊下からどこかで聞き馴染んだような声が聞こえたかと思ったら、ドアの前で立っている女性の横から、ひょいと青年が顔を覗かせた。

「おお。これはこれは。所謂一つの青春ってやつか?」

 俺は目を瞬かせて、考える。

 女性の方は、今、俺が抱きしめている桜と瓜二つの顔をしていた。強いて言うならば、桜より少し背が高いからだろうか。若干ほっそりとしたシャープな印象だ。あと、タンクトップを押し上げる胸が、桜より大きい気がする。

 男の方もまた、毎朝鏡で見ているのとよく似ている顔だった。少し、親父に似ている印象もある。俺よりもやはり背が高いのと、あとガタイがいい。鍛えこんでいる身体だ。

 なんというか俺と桜があと十ほど歳を食ったらこうなるんだろうな、という感じの二人だった。

 突然の闖入者と、その容貌に固まったまま頭の中が疑問符で埋め尽くされる俺に、抱きついている桜が見上げながら言った。

「ああ、達樹は死に掛けていたから知らないんだったか。この二人は、私と達樹だ。タイムマシンに乗って助けに来てくれたんだそうだ」

 桜の言葉に、ドアの前に立つ二人が頷いた。 

 ていうか、え? 俺と桜?

 は?

「正確には、別世界のお前たち、だけどな」

「ああ、私たちのことは気にしなくていい。この世界の私たちがどういう風にいたすのか興味がある。どうぞ続けてくれ」

 そう言いながら腕組みし、ドア枠に寄りかかる女性。男の方が「いいから行くぞ」と女性の頭にチョップを落とし引きずって行く姿は、まるで普段の俺たちのようで――。

 え?


  †


 遅刻決定したはずの親父は、「細けぇことは気にすんな!」の一言で会社をサボりやがった。あらあら今日は大人数ねぇ、といいながら、六人分の素麺を茹でる母さんをみて、俺はこの人たちの器のでかさを垣間見たような気がした。

 いや、単に何も考えてないだけか?

 フツー、自分の息子とその幼馴染が増えたら仰天するもんじゃないかと思うのだが。

「あん? だって、そりゃおめー。桜ちゃんだろ? だったら増えることがあったっておかしかねーだろう。なぁ」

「そうね、あなた。あら、大きな桜ちゃん、麦茶注ぎましょうか」

「はい、いただきます」

「あー、俺。ちょっとそこのネギ取ってくれ」

 つーか、未来から来たって言う俺と桜、普通に素麺食ってるし。

 えーと。うん、それでいいってんだったら、それでいいんだけど。いやいいのか!?

 和やかで賑やかな、けれど同一人物が二人も増えているという奇妙な昼食を終えて、俺と桜は学校に行く事にした。

 桜はもう一人の桜と話をしたがっていたのだが、俺としては非常に居心地が悪いというかすわりが悪くって、家から離れたかったのだ。学校がどうなっているのか気になるというのもあるし、混乱した頭を落ち着かせて事態を整理したいというのもある。

 シャワーを浴びて制服に着替えて。いつものように何時もの時間から六時間ほど遅れて玄関を出ると、そこには身支度を済ませた制服の桜がいて。

「ではいってきます」

「おう、いってらっしゃい」と、桜の言葉にガタイのいい俺が手を振る。その横ではもう一人の桜も微笑んでいる。

 俺と桜は、俺と桜に見送られながら学校へと向かった。

 なんでもあいつら、色々理由があって、まだ帰る事が出来ないんだそうだ。タイムマシンの充電やら、因果率の数字がどうのこうの。それでしばらくこっちの世界に滞在する事になっている。今でもそうだが、未来であっても桜の技術は万能とはいかないらしい。


 †


「……結局、どういうことだ?」

 駅前のバス停で降りてから、学校までの並木道を歩きながら俺は桜へと尋ねた。

あの二人が俺たちで、昨晩のピンチから俺たちを救うために未来からやってきた――という部分はわかった。未来から来たのだから、瀕死の俺を一瞬で生き返らせるような薬品を持っていても不思議じゃないだろう。というか、その為に来たんだから。

 だが、判らない事がひとつある。

「お前が開発したタイムマシンは、未来に行く事はできても過去には戻れないんじゃなかったのか? それとも、未来のお前は過去にもいけるタイムマシンを開発したのか?」

「それについては、ちょっと説明が厄介なんだ。掻い摘んで説明すれば、あの二人は確かに私と達樹なのだが、正確に言えば私と達樹ではない別人だ」

 桜の言葉に、本日何度目かの疑問符が脳内に飛び交う。天才さまの言うことはさっぱりわからん。

「達樹は、『平行世界』という言葉を聞いたことがないか? この世界によく似た、しかし別の世界だ」

「そりゃあるけど……」

 そういうのって漫画とかだと、文明が崩壊していたり、怪物が跋扈していたりする世界とかじゃないのか? あいつらはそういう場所からやってきたのか。

「いや、『平行世界』なんて言ったところで大袈裟に聞こえるが、ほんの少し違っているだけでも『平行世界』は『平行世界』だよ。例えば先ほどの昼食で、私たちが素麺ではなくざるうどんを食べたとしたら、それはもう、素麺を食べた私たちのこの世界とは、また別の『平行世界』ということになる」

 やっす! 平行世界、超安っす!

「実際のところ、宇宙というのはそんな細かい違いで際限なく枝分かれし、近いもの同士は合流しあったりすることもある。それをこの宇宙の中にいる私たちには実感することできないがな」

 ifの世界、という事だろう。

 もしかしたら、俺たちの性別が逆の世界があるかもしれない。

 織田信長が本能寺で死なない歴史があったかもしれない。

 科学ではなく、魔法が発達した地球がありえたのかもしれない。

 昼飯が素麺ではなく、うどんだった今日があるのかもしれない。

 もしかしたら、昨夜の騒動で俺が死ぬ世界があったのかもしれない。

「だったら、このわたしたちの世界より若干時間が進んでいる世界というのもアリだろう?」

 そりゃアリかもしれねーけどよ。

 あるいは、次元のカベを超えた時、ついでに時間も遡ったのかもしれない、と桜は言う。奴等が乗ってきたのは擬似的ではあるが、厳密に言えばタイムマシンではないってことなのかな。

 昼食中あっちの桜は、こっちの桜にヒントを出すのを惜しんでいる感じで話をしていた。因果がどうのこうの言っていたが……あまり、色々教えるのもあちらとこちらの桜、両方にとってマズイらしい。

 とにかく、あの俺と桜――もう一組の俺たちは、そういう世界からやってきたのだという。

 奴等の説明によれば、彼ら自身も過去に同じように別の自分たちに助けられたのだと。それが、どの平行世界の俺と桜なのかは判らないが――。

 そんな話をしているうちに、学校の前に辿りついた。

 本来であれば普通に授業をやっているはずだが、今日に限ってそんな事はないようだ。黄色と黒のテープを張りめぐられされた校門の向こうにはパトカーやら消防車やらが何台も止まっていて、警官やら消防士やらが走り回っている。とくに体育館と、部室のある校舎がヤバイ。

 ユリたちが爆発物使ったりしていたからな。あと、俺の隣に立つ馬鹿も。

 門番よろしく校門前に立っていた警官が、俺たちに気が付いて近づいてきた。

「きみたち。聞いていないのか? 今日は臨時休校だ。帰りなさい」

 どことなーく面倒くさそうな態度だ。

「だ、そうだがどうする桜」

 俺が尋ねると、にっこりと笑った桜が携帯電話を取り出した。どこぞに電話し、向こうの相手と二言三言。でもって、その携帯を警官に差し出した。

「? もしもし」

 ワケも判らず受け取って、直後警官がびしりと姿勢を正した。

「……、は、失礼いたしました。で、ではそのように……はい、それでは」

 携帯電話を桜に返すと、警官はさっきまでの態度が嘘のように俺たちに向かって敬礼する。

「先ほどは失礼いたしました! どうぞお通りください!」

「うむ」

 鷹揚に頷く桜。校門のテープをくぐりながら、俺は桜に聞いた。

「いや、お前一体誰に電話かけたんだよ」

「何。ちょっと署長に口添えを頂いただけだ」

 ククッ、と口の端を持ち上げて桜が嗤う。

「タイムマシンのとき部室を消失させてしまって、警察やら消防署やらに呼ばれたのを覚えているか? その時、署長室や市長室に盗聴器を、な?」

「おい」

 なんだその、「あとは言わなくてもわかるだろう?」的な笑みは。

「紆余曲折あったが、様々な政治的要因が複雑に絡み合った結果、彼らは私のお願いを聞いてくれるようになったのだ。何、実に些細なお願いしかするつもりは無いのだがな。くくく……」

 だからどうしてそういう嗤い方なんだ。お前そのうちマジで刺されるぞ。

 呆れながらも俺たちは校内へと入っていく。途中何度が先生やら消防士やらに呼び止められたが、その都度桜が似たようなやり方でやり過ごしていった。

 そして、部室である。しっかりと扉は閉じられていて、校内の各所で見たような黄色いテープは張られていない。ドアの周辺には明らかに弾痕と思しき穴が穿たれているし、何かが爆発したような跡だとか、ブッ壊れて転がっている何やら物騒な機械とかがあるのだが。

「部室周辺は、この街の公権力が及ばない不可侵領域だからな」

「何言ってンのお前!?」

 なんつーかもう、お前、悪役だろ実は!?

 そんな事を考えつつ、俺たちは部室へと入っていった。


  †


 部室の中も散々たる有様だった。昨日の騒動のまま、入り口のバリケードこそどけてあったが、横倒しになったテーブルやら出しっぱなしの銃器類やら、壁際に立っている裸像どもやら、中々にカオスな状況だ。

「フム、ダビーたちの電池が切れているのか。あとで充電してやらねば」

 俺は人体模型・ダビーの腹の中を覗き込んだ。粉々に打ち砕かれた心臓やら胃やらの欠片が入っている。ヘルメスさんとヴィーナスさんも体中のあちこちに弾痕が穿たれていた。

「ダビーも、元の身体に載せ換えてやれよ。昨日のコイツは結構頑張っていたぞ」

「そうだな」

 俺が無事だったテーブルに腰を載せると、桜が隣に座る。

 そこで、ポケットに入れていたスマホが鳴った。相手は杉山である。

「おう、どうした?」

『いや、梶原くんたちが朝から学校にいなかったからね。ホームルームの真っ最中に消防車やらパトカーやら学校にやってきたかと思ったら、突然休校になって……。もしかしたら颯爽さんが関わっているのかな、と思って。先生たちに訊いても教えてくれないし』

「正解だ。鋭いな」

『ああ、やっぱり。――もしかして、例の『エーテル』とかが関わっていたりする?』

 杉山の言葉に俺は苦笑した。

「ご明察だ。だけどまぁ、長くなるから説明はまた今度な」

 電話の向こうで杉山も苦笑する。

『全く、変わらないね。君たちを見ていると飽きないよ。けどよかった。もし次に騒動があったら、学校が吹き飛んでいるんじゃないかと思っていたからね』

「学校が吹き飛ぶか。ンなまさか」

 うはは、ありえねーって言い切れないところが凄いよな。

 ん? どうして桜は明後日の方を向いているんだろう。

『ところで、さっきユリちゃんにも電話してみたんだけどさ。なんか急に日本を離れることになったらしいんだ。送別会でもしてやろうと思うんだけど、どうしようか?』

「あー……」 

 きっと送別会開く頃には、もう日本を発っているんじゃないのか?

 その辺りの事を説明するのも難しいので、俺は適当な返事をして電話を切った。

「ユリは急な理由で日本を発つことになったそうだぜ」

 そう告げると、桜はふふんと口の端を持ち上げて微笑んだ。

「ふむ。よく判らないが、なにか重大なトラブルでもあったんじゃないのか? 私たちにも隠していたバイト先で、怒られるようなヘマをしたとか」

 ニヤリと笑う桜。

「かもな。ま、そこら辺は俺たちが知ったこっちゃ無い話だけどな」

 お互いなんつーか、悪役の笑い方が板についているよなぁ。

 ユリのことはさて置き。

「それで――、もう一つ問題が残っていただろう? そっちはどうなった?」

 何のことだ、と聞き返してくる桜。

「ユリの後ろにいる黒幕のことだよ」

「ああ、そのことか。それならば大丈夫だ。その問題はもう解決した」

 なに?

「そういや、なんか言っていたな。朝まで凌げればいいとかなんとか」

 桜が頷く。

「達樹がユリから引き出した情報を、『エーテル』開発チームの仲間に洗ってもらったんだ。ユリたちの雇い主はヨーロッパの電気事業関係に多大な影響力を持つオーベルという人物なのだが、どこで聞いたのか『エーテル』開発の協力を申し出てきたことがあってな」

 ほう。

「強欲で知られる男だったから、結局断ったんだ。だが、諦めずに『エーテル』の権利を狙っていたらしい。だが、もうオーベルも終わりだ」

 桜はタブレットを取り出した。メールソフトを起動すると、一通のメールを俺に見せる。

「強欲な男だから、叩けば幾らでも埃が出てくる。脱税やら贈賄やら、その他マフィアもビックリの悪行の数々がバレそうで、逆転を狙って『エーテル』に手を出してきたのだが、ついに今朝方緊急逮捕された。そのことを知らせてくれたメールだよ」

 なるほど……。

 しかし何か釈然としないものを感じるな。アレだけ大騒ぎした昨日に、今日の逮捕、ね。

 ちらり、と見れば、桜が微笑んだ。

「私たちのチームだって、バックには大物がついているんだ。それにオーベルは元々敵も多かった人物だしな」

「さよか」

 それ以上は聞かなかった。人を呪わば穴二つ。俺だって聖人君子じゃあるまいし、自分たちのことを殺しにかかってきた人物がどうなろうと、それで心を痛めてあげる義理は無い。

「じゃあ、問題は全て解決か」

「ああ。後始末のごたごたで、私はちょっとアメリカに行かなきゃならない感じだがな」

 心底嫌そうに言う桜。

「だがまぁ、私が始めたことなんだ。だから、最後まで面倒をみなければ」

 指折り数えて、誰それに会いに行かなきゃならない、何をしなきゃならないと呟く桜。

「……夏休みまでかかりそうだよ」

「大変だな」

「あーも、やだやだ。今年の夏は、達樹と海に行ってマイクロビキニで悩殺してやろうと思っていのにな。夏祭りとか花火大会とか山に行ってキャンプしたりとか。折角日本に戻って来たのに、達樹といられる時間が短くなる」

「そうだな」

「タイムマシンも一から作り直ししなければならないし、タケコプターやどこでもドアの開発も滞っちゃうな。困ったものだ」

「それは……」 

 悪戯っぽくこちらの顔を見上げてくる桜。言い淀んだ俺を見て、ニシシと笑う。

「必ず完成させてみせるからな」

「ああ――そうだな」

 きっと、そうだよな。コイツは絶対に完成させるだろうな。

「まったく、着いていくのに骨が折れるぜ」

 いずれ俺たちも、次元の壁とやらを超えて、こことよく似た別の世界まで自分たちを助けに行かなきゃならないかねぇ。

 ちょっと考えて、結論はすぐに出た。

 行くだろうな。桜なら。

 そういうヤツだ。俺はよく知っている。

 颯爽桜は止まらない。

 目指す高みに向かって一直線、だ。

 しょうがねぇ。だったら、俺も一緒に行くしかねーな。

 そう思って気がついた。きっと、あっちの俺も、同じような考えでここまで来たんだろうな。どこの世界の俺も、変わることなく桜に振り回されてるんだろうかね?

 ゴロリ、と仰向けになると、逆さまになった窓の向こうで雨雲と青空が丁度半々。桜の季節に帰って来たコイツと、ほんの三カ月の間に色々あった。とんだドタバタの日々た。

「けどまぁ、しばらく忙しくなるんだったら今日くらいはのんびりしようぜ、桜」

「……そうだな」

大きく伸びをして、桜も仰向けになってくる。どさくさに紛れて俺の手に自分の手を重ねてきやがった。人のことを平気で脅すかと思えば、こういうことをするんだよなこいつ。

 仕方ないので、その意外と小さい手を握ってやると、桜はえへへ、と笑うのだった。




                                                




これで拙作「颯爽桜は止まらない。」は完結です。

ここまでお読みいただいたみなさま、どうもありがとうございます。


桜と達樹は僕がこれまで書いてきたキャラの中でもピカイチで気に入っていて、実際周りからの評価も高い二人でした。

ですので、この二人の物語はここで終了となりますが、彼らをひな型にした別のキャラをいつかまた世に送り出したいなぁ。なんて思っています。

その時もしご縁がありましたら、並行世界の彼らの物語を読んでいただけると作者冥利というものです。


ここまでお付き合いいただき、どうもありがとうございます。

それでは、また。

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