35話 地下室
ジョスランとカフカに案内されるまま地下室への階段をおりる。
天井からぶら下がったいくつものランプが室内に散乱した実験器具を照らしていた。以前見たときよりも数が増えている。
薬品のものだろう刺激臭と焦げ臭さに、カリアは顔をしかめた。
「驚いたぜ。まさか地下室なんてたいそれたものが幽霊屋敷に眠っていたなんてな」
「ほかの人たちには秘密だよ」
「あたり前だ。騎士団になんか死んでも教えてやらねえよ」
ムダラにおいて地下階の建設は禁止されている。
迷宮につながってしまい魔物が出てくるのを防ぐためという名目だが、いまとなっては真意かどうか怪しいものだ。
「秘密が外部に漏れるのを防ぎたかったんだろうね。カフカさんみたいに魔鉱石を研究する人がいると不都合だから」
魔鉱石を持ち出すことを防ぐため、冒険者は迷宮の出口で厳重な検査を課される。そこで石を換金するのだがまさかそれが人間の成れの果てだとは想像もしていなかった。
「だろうね。でも俺と教授にかかれば隠された真実なんて裸も同然さ」
ジョスランは部屋の片隅にかぶせてある鉄板を引っ張りあげた。掃除をしていないため積もった埃が舞い上がる。
「ほら、ここが出口だ」
得意気に披露するジョスランの足元には大人がゆうに入れるほどの穴がポッカリと口を開けていた。
ヴァルトとドニが覗きこむと下のほうに明かりが見えた。迷宮の一階層の天井につながっているらしい。
「危なくないの?」
「ドニ、一階層の魔物はショグだ。やつらが天井を這ってくることはない。ここは絶対に安全なのさ」
「ずいぶん大きな穴だねえ」
「教授が魔鉱石の実験をしている最中に爆発したんだって。これで安定的に魔鉱石を採取できるって喜んでたよ」
自分の身の心配をするより実験の進捗を気にする老人は、片端をテーブルに固定したロープを穴の底に向かって放り投げた。ロープは途中でつかえることなく迷宮のなかへ落ちていった。
「これで下りてくれ。ただし――」
頭上で騒がしい物音がした。
複数の男たちが怒鳴り合っている。
「騎士団が入ってきたんだ。ここが見つかるのも時間の問題だろう」
シラルが厳しい表情で分析した。
受付の床に隠されている地下室への入り口がそう簡単に見つかるとは思えない。とはいえ相手は選りすぐりの冒険者を集めた騎士だ。さほど時間は稼げないだろう。
真っ先にドニがロープをつかんだ。穴の縁に体重を預けながら沈んでいく。
「行こうよ。どうせ逃げ道はここしかないんだから。逃げて、村に帰って父さんたちに報告するんだ。僕らはちゃんと頑張ったって。もちろんシラルも一緒に」
「……ボクはただの足手まといだ。ここに残って騎士団の目を引いたほうがいくらか役に立つ」
「馬鹿なこと言うなよ。俺たちは友達だろう」
ジョスランはシラルの肩を抱くようにしてロープのそばまで移動させた。フードの下で暗い影をたたえている瞳をのぞきこむ。
「俺は二度とシラルを見捨てはしない。何度だって助けるさ」
「そうだよ。シラルは大切な友達なんだ。それに迷宮にも一番詳しい。シラルがいなきゃダメなんだよ」
「……ボクは、ボクはそんな立派な人間じゃない。嘘ついてばかり、逃げてばかりで」
「友情ごっこもいい加減して、さっさと下りてくれ。後がつかえてる」
カリアが手加減なしに背中を小突いたので、シラルはあやうく落ちるところだった。非難のまなざしで振り返るはるか年下の子どもに頭をかきながら説教する。
「命は軽々しく捨てるもんじゃねえ。いつか家族ができて、守りたいと本気で思える奴が出てくるときまで大事にとっておけ」
「……そんなの、もう」
言いかけた台詞は最後まで聞き取れなかった。
シラルは思い切ってロープを握り締めるとゆっくり迷宮へ下りはじめた。
続いてカリア、ヴァルト。迷宮までの距離はかなりあるが、穴の縁に足をかけられるため苦労はしなさそうだった。
四人の姿がすっぽりと隠れると、ジョスランはカフカに問いかけた。
「行かないのかい?」
「この宿屋の持ち主は誰だと思っている。迷宮になど行きたくもない」
「騎士団が来るよ」
「お前さんたちが真相を公表してくれれば、逮捕している余裕もなくなるだろう。それまでわずかの辛抱だ」
「そうかい。短い間だったけど、ありがとう。楽しかったよ教授」
「何を言っておるか。肝心の金をまだ錬成していない。それまで弟子の仕事は続けてもらうぞ」
カフカは布でくるんであった魔鉱石の包みを解き、ジョスランに手渡した。
迷宮で手に入れた黄魔鉱石。なによりも切望していたはずのもの。
「持っていきなさい。なにかの役に立つかもしれない」
「いいのかい?」
「証拠は隠滅しておいたほうがいい。それにこれからはいつでも迷宮に出入りできる。魔鉱石のひとつやふたつ優秀な弟子がすぐに調達してくれるはずだ」
「俺を誰だと思っているんだい。行く末は史上最高の錬金術士になるんだよ。魔鉱石なんて朝飯前さ」
淡い黄色を反射する小石をポケットに突っ込み、ジョスランは四人分の体重で張りつめたロープを持った。
身体を半分ほど穴に埋没させたところでふと見上げる。
「そういえば教授はこのロープを何に使うつもりだったんだい」
「こんなこともあろうかと用意していただけだ。暇ができたらショグの一匹でも釣り上げてやろうかと考えていたがな」
「教授らしいや」
ジョスランはくすりと笑って、身軽に下りていった。
地上では騎士団が怒号を飛ばし合っている。宿泊客たちが何事かと起きだして来ているようだ。おそらく各部屋を虱潰しに探しているのだろう。無闇やたらに増改築を繰り返してきたことが功を奏した。
カフカは空っぽのフラスコに適当な薬品を注いでいった。
なかには劇薬もある。いざというときには簡易の爆弾くらいにはなる。痕跡ごと吹き飛ばすのには十分な威力だ。
「少年老いやすく学成りがたし」
自嘲気味につぶやいて迷宮に続くトンネルを見下ろす。
すでに四人の姿はなかった。
地上に出るのか、あるいは他の出口を探すのか。これからは騎士団と魔物の両方を相手にしなければならない。辛い道のりだ。
長々としたロープを巻き上げ、元あったように無造作に実験室の隅に置いておく。
カモフラージュの鉄板で穴をふさぐ。腰を痛めそうな重さだが、なんとか覆い隠すことができた。さらに本棚から抜き出した研究書を手当たり次第に積み上げる。
数分後には見事な山ができていた。「カフカの宿」と同じようにいびつな形をした山だった。
「くく……ははは」
誰もいない地下室でカフカは乾いた笑い声を上げた。
騎士団が武器を構えて突入してきたのはそれからすぐのことだった。




