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20話 二階層

 迷宮の階層と階層をつなぐ階段には魔物が近づかない。理由は不明だが、そのために冒険者の休憩所として利用されている。一階層と二階層をむすぶ階段はかなり多くの冒険者が利用するので、迷宮のなかではかなり人の姿があった。


 めずらしいことに売店や簡易的な治療をできる店もそろっている。

 携帯食を販売する露天に釘付けになるドニを引っ張り、二階層に足を踏み入れた。


「ここからは本職の冒険者として戦うことになる。準備はいいね」


 シラルの言葉に気持ちをひきしめる。

 二階層は駆け出しの冒険者が日銭を稼ぐために訪れる。一攫千金という訳にはいかないが、地道に魔物を倒していけば質素な暮らしはできる。


 そこでしばらく訓練を積み、いよいよ三階層に挑むことになる。

 そこにいたるまでにはおよそ数年かかるといわれている。二日目にして二階層に挑戦するというのは、一般的な基準からすれば異常なスピードだった。


「身のほどをわきまえない冒険者ほど、欲をかいて上の階層にいどむ。そして魔物にやられる」


 二階層へおりながらシラルがつぶやいた。


「ヤウスの言ってたガダモンという魔物はどんな姿をしているんだい?」


 ジョスランの足どりは軽い。

 武器の力が大きいとはいえ、ショグを完封できる実力があるとわかった。面倒くさい修練を避けてさくっと下の階層に行けるのが面白いのだろう。


「なにかに喩えるならシャクトリムシだね。ふだんは壁や床を這ってるけど、冒険者が近づくと凶暴になって襲いかかる。油断のならない相手だよ」

「俺の剣があればなんだって一撃さ」

「調子に乗ってると、またショグに食べられるよ」


 シラルが釘をさした。

 明るかったジョスランの表情が一変する。よほどショグに吸収されかけたのが堪えているらしい。


 二階層といえど、迷宮の様子はほとんど一階層と同じになっている。

 張りめぐらされたケーブルから供給されるエネルギーで室内はほんのりと明るい。とくに出口に近い場所は開発が進められており、案内標識や目印がとりつけられている。


 地図によれば、二階層にも狩場はあるらしい。もっとも距離の短いところを目指して歩く。途中で大量の白い魔鉱石をかかえたパーティーとすれ違った。


「あれだけあれば一週間の生活費になる」


 シラルがすばやく目算する。

 カリアからもらった報酬はまだ残っているが、倹約しようと努めている。自然と魔鉱石をお金に換算してしまうのはそのせいだ。


「かごいっぱいに魔鉱石を詰めても一週間にしかならないのかい」

「慣れればあのくらいはボクたちだって稼げるようになるさ」

「……大金持ちの夢は遠いなあ」


 ぼやくジョスラン。

 地図に記された目的地には、すぐについた。


 やはり大部屋にわらわらと魔物の群れがわいている。床にも、壁にも、天井にも、いたるところに薄緑色の魔物が張り付いていた。

 それを冒険者のパーティーが取り囲んで倒そうとしている。


 思いのほかガダモンの逃げ足は早く、すこしでも隙があるとすぐに壁を登って、攻撃の届かないところに逃げてしまう。対策として冒険者は長やりを持ったり、弓などの飛び道具を活用しているようだった。


 ヴァルトたちもさっそく陣形を組んで、ガダモンに接近する。

 巨大な尺取り虫といった形状の魔物は、殺気を敏感に察するとすぐに天井へ避難してしまった。


「ちぇっ、逃げられた」


 舌打ちするドニの頭上に黄色い液体が降りかかる。

 ガダモンが天井から毒液を吹きかけたのだ。とっさに大盾を掲げて防御するが、ガダモンの攻撃はやむことがなく、いったん射程外にまで後退する。


 幸いなことに追いかけてくるようなことはなく、魔物は穏やかに壁をはって床へ下りてきた。また近づけば一連の動きを繰り返すことになるだろう。


「面倒な敵だなあ」


 盾についた毒液をぬぐいながらドニは天井を見上げる。

 ヴァルトたちの身長よりもはるかに高いため、遠距離に対応できる武器がないと攻撃するのは難しい。ジョスランが大剣を思いきり投げつければ届くかもしれないが、そんな危なっかしい戦法を採用する気はヴァルトにはなかった。


「ジョスランの剣があれば一撃を食らわせるだけで十分なんだけど、近づく前に逃げられてしまう。うまく取り囲むか、あるいは天井を狙い撃つか……」


 ヴァルトは腕を組んでうなった。

 問題点はわかっている。対処法も思いついている。肝心なのはヴァルトの武器だ。銃が使えるようになればガダモンであっても余裕で倒すことができる。


「しばらく一階層で魔道銃の研究をしてもいい。無茶はだめだ」


 シラルが気遣って声をかける。

 しかしヴァルトは首を横に振って、ホルスターから銃を抜いた。適度な重さがしっくりとくる。この魔道銃は迷宮がプレゼントしてくれたものだ。使い方のヒントも迷宮にある――そんな気がしていた。


「ふたりの剣と盾は迷宮で真価を発揮する。だったらおれの銃も、なにかしら迷宮でしか使えないような仕組みが施されてると思うんだ」

「んー、たしかに……」

「迷宮でしかできないこと、か」


 ジョスランとシラルも一緒になって頭を働かせる。ヒントはある。答えはすぐそこに迫っていると感じた。


「ねえ、弾丸がないなら魔鉱石を詰めてみたらどう?」


 ドニが一階層で手に入れた黒魔鉱石をさし出す。


「なにを言ってるんだい。そんなことしたら俺たちの収入がなくなってしまうよ」

「いや、ドニの言うとおりかもしれない」


 ほんの思いつき程度のアイデアかもしれないが、ヴァルトはそれが正解であると直感的に悟っていた。

 受け取った魔鉱石を銃口に近づけていく。


 ――淡い光を放ち、魔鉱石はこつぜんと消えた。まるで迷宮の魔物が一瞬にして消えるみたいに。


「狙いを定めて引き金を絞る、だったよね」


 シラルはうなずいた。

 片手を銃把にそえ、銃口をガダモンに向ける。

 距離はあるが魔物はヴァルトの殺気を感じとって逃走をはじめる。


「……逃がさない!」


 ガダモンの素早い動きよりも早くヴァルトの銃から放たれた弾丸が、厚い皮膚を穿った。軽い反動が肩に響く。なにより驚かされたのは標的にしたガダモンの姿が消えていたことだった。


 まさか銃弾一発で倒せるとは。

 あとには白魔鉱石が残っている。ヴァルトはそれを拾い上げると、再度銃口に触れさせた。


「あーあ」


 ドニが非難の声を上げる。

 それもそのはずで、手に入れたばかりの白魔鉱石はあとかたもなく消失していた。


「……この武器ってさ、とても燃費が悪いみたいだね」


 試しにほかの黒魔鉱石も銃に詰めこむ。

 どんな仕組みになっているのかわからないが、手持ちの魔鉱石をすべて吸収した魔道銃はこころなしか重くなっている。魔鉱石からエネルギーを抽出し、弾丸を生成しているのだろうか。


 仮設を裏付けるのは実験だ。

 ヴァルトは慎重に狙いを定めてガダモンを撃った。


 さきほどよりもずっと強い反動を受ける。同時に、ガダモンの横っ腹に大きな穴が空いた。明らかに威力が上がっている証拠だ。

 しかし間髪入れずに二発目を撃とうとしたところ、空虚な音を立てるばかりで弾丸は発射されなかった。


「つぎ込んだエネルギーのぶんだけ威力を増すんだ。でも、それは一発に集約されてしまう。使いどころが難しいね」

「ヴァルトのせいでまた無一文になっちゃった。どうしてくれるんだよ」


 食費がかかっているドニの表情は鬼気迫るものがある。


「手分けして一階層のショグを狩ろう。そして集めた黒魔鉱石でガダモンを倒せば、あっという間に石が何倍もの価値になる。損して得とれ、ってやつだよ」

「それで儲かるの?」

「計算してみればわかるよ。黒と白とではお金にしたときの額がぜんぜん違うんだ。これもある種の錬金術だと思えばいいのかも」


 ヴァルトはなんとかドニをなだめようとした。

 実際のところ、黒魔鉱石と白魔鉱石とではおよそ十倍は値段が上がる。たとえ黒魔鉱石をいくつか犠牲にしても、その見返りに白魔鉱石が得られるならずっと得なのだ。


「とにかくこれでガダモン退治は成功だね。ヤウスさんのところに帰って、防具を作ってもらおう」


 ヴァルトは銃をホルスターに収め、きびすを返す。

 迷宮にながくとどまるほど危険は増していく。用事を済ませたらすみやかに脱出するべきというのが迷宮の常識だった。


「その銃を使うならもっと人気のないところに限定すべきだ。あんな大部屋で見せびらかしてはいけない」


 地上へ戻る階段をのぼりながらシラルは言った。フードの下にある表情はひどく険しい。


「どうして?」


 ドニが反駁した。素晴らしい武器なのだから、積極的に使えばいいと言いたげに。


「魔鉱石がどうして持ち出しできないようになっているのか、考えたことはあるか」

「勝手に使われると困るから?」

「そう、魔鉱石の技術を独占し、エネルギーの特権をにぎるために魔鉱石の外部への持ち出しはかたく禁じられている。でもヴァルトの銃はその目論見をあっけなく崩してしまう。銃にエネルギーを蓄えて発射できるなんて知ったら、全力でとりあげるだろうね」

「国がそんなことするはずないよ。騎士団だっていることだし」

「その騎士団をけしかけてくるさ。迷宮内での殺人がいとも容易にできると、さっき説明しただろう。ましてや百戦錬磨の騎士団が相手となれば、ボクらなんてものの数分で迷宮のこやしにされてしまう」

「……それはいやだなあ」


 ドニは想像して、顔をしかめる。

 死ぬことよりも食べられなくなることのほうが困ると考えているのだろう。その証拠にお腹のあたりをさすっている。


「ドニの大盾や、ジョスランの大剣もおなじだ。とにかくボクらは影のように身を潜めて、迷宮のなかでは世間の注目を浴びないようにしよう」

「暗殺者集団みたいでかっこいいね。気に入ったよ」


 ジョスランはご満悦だ。


「狩場は利用しない。人のいないところで戦闘をおこなう。それさえ守れば、ボクらの武器とチームワークであっという間に三階層まで潜れるようになる」

「チームワークというより、ほとんどヴァルトの個人技だったけどね」


 ジョスランの指摘があまりに正論だったので、シラルは返事につまった。

 銃の威力は絶大だ。


 魔鉱石を装填しなければならないという問題点はあるが、それさえうまく対処できれば三階層どころか、カリアのように五階層まで行けるのではないかとシラルは考えていた。


 そこまで到達できる冒険者はほんの一握りだ。

 精鋭ぞろいの騎士団でさえ、綿密に計画をねって攻略しなければ被害はまぬがれない。


 階を下るごとに報酬は倍加するが、魔物の強さも比例して上がっていく。少年たちのような素人が安易な考えで挑めば、あっという間に屍となりはてるだろう。


「しばらくはガダモンを素早く仕留められるように訓練しよう。俺も銃の使い方に慣れたいし、みんなとの連携も強化したいからね。あと、シラルは筋力トレーニングも」

「そんなあ……」


 うなだれるシラルを見て、ほかの三人は高らかに笑った。

 少年たちの明るい声は、深々と口を開ける迷宮によく反響した。

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