21話 防具
ヤウスの店に入ると、あいかわらずの酸っぱい臭いがヴァルトたちを出迎えた。老人は丸イスに座って、プカプカとタバコをふかしていた。
実体のない白い煙が天井に向けて散っていくのを見てヴァルトは先ほど倒したばかりのガダモンを思い浮かべた。迷宮の壁を這いまわり、毒液を吹きかけてくる魔物は、すでに厄介な敵ではなくなった。
もしかするとヤウスはヴァルトの武器の性能をとっくに見抜いていて、あえて二階層のガダモンを討伐させようとしたのだろうか。
使い方のわからなかった銃の扱いを習得させるために。そう考えると、無茶に思えた試練も筋が通っている。
「やってきたか」
タバコを口から離し、ヤウスは少年たちを睨みつけるようにして見た。
「思っていたより遅かったな」
「すこし手間取ってしまって。約束通りガダモンは倒したよ。ボクらが迷宮で冒険者としてやっていけることを証明したんだ」
監視役として任命されていたシラルが代表して答える。
老人はフードをかぶった金髪の少年にだけは甘い態度をみせる。過去にどんな縁があったのか知る由もなかったが、彼の視線は村の長老によく似ていた。
つまり、はるかに年下の子どもを慈しむように、柔らかな目つき。
「すぐにそうなるだろうと思ってたさ。そこの生意気なガキに足を引っ張られなければ」
「ドニは優秀な盾役なんだ。身を挺して、ボクらを魔物の攻撃から守ってくれる。勇敢でないと務まらない大事な役割だよ」
小太りの少年は誇らしげに胸を張った。
ムダラに来てからすこし痩せたようだ。シラルの厳しい節制にあって、買い食いが禁止されているためだろう。
「迷宮に入ると巨大になる特別な武器だったか。シラルの坊っちゃんにはなくて、そこの三人にだけ与えられたという話だったな」
「ボクには必要のないものだから。この剣があればどんな魔物が相手でも恐れることはない。ヤウスさんも知っているでしょう」
新調したサーベル剣の柄をなでる。
「足りないのは素晴らしい防具だけ。ボクは大事なものを手に入れた。だから、死なないための装備がほしい。迷宮で生き残って、みんなと魔物をたくさん倒して、幸せをつかむ。そのために絶対途中でやられるわけにはいかないんだ」
「ひとつ聞こう。お前たちは目の前の紫魔鉱石と坊っちゃんのどちらかを選ばなければならないとしたら、どうする」
「シラルに決まってるよ」
即答したのはドニだった。
ジョスランとヴァルトもすぐにうなずく。
「友達はなにより価値のあるお宝だからね。どんな大粒の宝石より、どんなに多くの金貨より、大切だよ」
「シラルだけじゃない。紫魔鉱石の山があったって、おれはドニやジョスランを優先する。そうしないと、村にみんなで帰れなくなるからね」
「お前たちの想像しているよりも道はずっと過酷で、そして残酷だぞ。それを承知の上での覚悟か?」
「もちろん」
三人で村をはなれた瞬間から、厳しい道のりを歩んでいくことに躊躇はない。それはシラルを旅の仲間に加えてムダラの迷宮にもぐったいまでも変わらず胸のうちに刻まれている。
手にしていたタバコをテーブルにおき、ヤウスは飛び跳ねるように丸イスからおりた。そのまま工場の奥に消えたかと思うと山のように計測のための道具を抱えて戻ってくる。
あっけにとられているヴァルトたちに向かって老人は発破をかけた。
「ほら、なにをグズグズしとるんだ。このワシが特注の品を作ってやると言ってるんだから早く準備をせんか。まったく、これだから最近の若いもんは気が利かなくて困るわい」
「じゃあ、防具一式を作ってくれるんですね!」
「これは全部シラルの坊っちゃんを守るためだ。もし坊っちゃんの顔に傷でも付けたら承知せんぞ。すぐに迷宮の肥やしにしてくれるわ」
ヤウス老人は鼻を鳴らして、メジャーを伸ばした。
さすがに高名な防具職人だけあって手際よく身長や胴回りを測っては紙に記録していく。さきほどまでの憂いを含んだ表情は消え失せ、とりつかれたように真顔で少年たちの身体を調べつくした。
とはいえ四人ものデータをとるのには時間がかかる。
ドニが測量を受けているあいだ、ヴァルトは銀色に輝きをはなつ魔道銃をながめていた。
魔鉱石のエネルギーを吸収し、強力な弾丸を発射するという武器は、おそらく国の最先端の技術をはるかに超えている。
もしそんな便利なものが存在するなら、いまごろ騎士団の正式な武器として採用されているはずだ。シラルの言うように他人には披露しないほうがいいだろう。余計な注目をひくのは、迷宮で戦っていくときの障害になる。
赤い悪魔の異名を持つウルフィアス隊長の一筆があったところで無駄だろう。
もし本当に国から警戒されるような武器だとすれば、騎士団そのものが敵になることだってあり得る。ムダラの手練たちがなにより恐れる騎士団を相手にするのはすなわち死を意味する。
そういう点では迷宮の魔物よりも厄介だ。
倒せば消えてくれるショグやガダモンと違い人のうわさは勝手に広がってしまう。不思議な武器のことが周知の事実になる前に、なにかしら対策を練るべきだろう。
「おい、坊主、その銃の使い方はちゃんと理解したんだろうな」
ドニのふとましい胴回りを計りながらヤウスは尋ねた。せわしなく数値を紙に書き込んでは、次の部位にうつっていく。まるで毎日の習慣になっているみたいに効率的な仕事っぷりだ。
「……うん」
「ヤウスさんになら仕組みを話しても大丈夫だよ。ぜったい他人には秘密を明かさない人だから」
ヴァルトの悩みを察して、シラルは老人を信頼してもいいと請けあった。
「とくに騎士団には、ね」
「ふん、なにが赤い悪魔だ。ワシはあの青二才が生まれる前からムダラに住んでるというのに、偉そうな口ばかりききおる。あの鼻っ面をへし折ってやりたいわい」
なにやらウルフィアスと深い因縁があるらしく、老人は手に持ったメジャーを強く引いた。イタッ、とドニは赤くなった皮膚をさすった。
「八つ当たりしないでよ」
「あいつの顔を思い出すだけでも腹立たしいわ。今度ワシの店に来たら、玄関先で追い返してやる」
「――魔鉱石を弾として消費するんです。使ったら消えてしまうけど、そのぶん威力はすさまじかった。ガダモンでさえ一撃で倒せるくらいに」
「ほう、ガダモンを瞬殺するか。それはまた大層な武器じゃな」
「ヤウスさんは魔道銃を見たことがあるんですか」
いかにも知っているという口ぶりだったので、ヴァルトは質問した。
「何度か触らせてもらったことがある。ワシは防具以外には興味はないが、面白い発想だとは思ったわい。弓より遠くから、剣よりも強い攻撃を与えられる。魔道銃が量産されるようになればこの世界はガラリと変わるじゃろうな」
「魔鉱石を消費しなければ、という条件付きだけどね」
ひまを持て余したジョスランは、店内の壁に無造作にかけられた防具のサンプルを眺めながら言った。どれも実用的でありながら、飾っておきたくなる美しさを兼ねそなえている。一流の職人が作った証だ。
「そう、国の財産であり、基幹でもある魔鉱石を加工する技術は、最重要機密として扱われておる。むやみに銃を量産すれば、その技術が外へ漏れだすことにつながる。だから研究するばかりで実践に投入しようとはしない。その間にどれだけの命が迷宮に散っていくかなんぞ、上の連中にとってはサッパリじゃろうな」
「おれの銃も隠しておいたほうがいいのかな」
つぶやきのような言葉をヤウスは強い口調で否定する。
「いいや、坊主。その銃は積極的に使っていくべきだ。坊っちゃんを守るためにな」
「でもなるべく他人の目に触れないほうがいいって――」
「ワシが適した防具を作ってやる。完成するまでは貸しておいたホルスターに銃をしまっておけ。ガダモンを狩るのに、銃ほど適した武器はないじゃろうからな」
数週間もすれば防具はできあがるとヤウスは説明した。
材料を取りよせるのにいくらか時間がかかる上に、特殊な武器に合わせて仕立てるので、ふだん冒険者に売っているものより長くなるのだという。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
「礼なら坊っちゃんに言うんだな」
ヤウスはひと通りドニの身体のサイズを調べつくすと、書類の束をテーブルにおき、書き込んだ内容をにらみつける。
そして、無造作に散らかった床上から苦もなく年季の入った計算機を拾いあげた。
「四百五十――三百二十――」
小声で数字を口にしつつ素早く指先を動かしていく。
防具を作るにも精密な計算は必要なのだとヴァルトは思った。この世の多くは計算で成り立っている。商売をする人々にとって数字はなによりも重要な文字なのだ。
指を止め、計算を終えたヤウスはヴァルトを呼びつける。
「坊主、これが見積もりだ」
「みつもり?」
予想していなかった単語に、思わず繰り返してしまう。
「なにを不思議そうな顔をしとる。物を作ってほしければ金を払う。この世の常識じゃろうが」
「え、あの……」
「無料だと思ったか、馬鹿者め。ワシの防具はムダラで一番高いと警告したはずじゃぞ。――坊っちゃんに免じて割引はしてやるがしばらくは借金返済でその日暮らしだろうな」
ヤウスの提示した値段は四人分とはいえ圧倒的に高かった。
これを迷宮で稼ぐとなればかなりの時間がかかるだろう。数ヶ月は少なくとも貧乏暮らしを継続しなくてはならない。
「命に比べればずっと安い投資じゃ。防具が完成したら手紙を出そう。お前たちはどこの宿に泊まっておる?」
「カフカの宿です」
「なんと物好きなことをする。だがまあワシには関係のない話か」
意味深なことを口にする。ヴァルトの心にかすかなざわめきが起こった。
「悪いうわさがあるんですか」
「気にならんなら別にいい。あそこの亭主は真面目な男だ。初心者を騙して暴利をかせぐようなこともない。お前たちが誠実でいるなら問題はないだろう」
カリアはペンを走らせ請求書に金額を書きこんだ。薄っぺらい紙をヴァルトの胸に押しつける。
「期限はとくに決めん。死なないよう頑張ってくれ」
「ありがとうございます、ヤウスさん」
「坊っちゃんのためですから、これくらいのことはわけもありません。ぜひとも迷宮での武勇伝をこの老骨にお聞かせください」
ヤウスはガラリと態度をかえ、慇懃にお辞儀を返した。
二階層に進出したはいいものの、莫大な借金を背負ってしまった。当面のあいだは貧乏生活が続くと告げると、ジョスランとドニはがっくりと肩を落とした。




