18 相談リリーフ
アーケルが遠征から帰ってきたその次の日、私とアーケルは静かに紅茶を飲んでいた。風が窓の外で音を立てるが、部屋には穏やかな温もりが広がっている。私はソファに座り、膝の上に置いたカップを手に持っていた。私は緊張していて、視線は少し落ち着かない。一方、アーケルは向かいのアームチェアに座り、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべながらも私の様子をじっと観察していた。
「アーケル……ちょっと、相談したいことがあるんですけど」
私が口を開くと、アーケルはカップをテーブルに置き、興味深そうに身を乗り出した。
「ふむ、相談か。君がそんな真剣な顔をするなんて珍しいね。何だい?」
私は少し頬を赤らめ、カップを手に持つ手に力を込める。私の心の中では、最近の出来事がぐるぐると回っていた。特に、宮廷での騎士や魔術師達からのプレゼントや、ハシントの「第二夫とか第二夫人とかそこら辺の話は詰めておきなさいよね」という言葉が、私を不安にさせていた。
「その……この国の法律で、一夫多妻とか多夫一妻が認められているって話……知ってますよね?」
アーケルの眉がわずかに上がり、彼は軽く頷いた。
「もちろん知っているよ。二人目以降の結婚には『愛がある限り』という条件がつくが、宮廷内でもその制度を利用する者は少なくない。……で、君がそれを気にする理由は?」
私は少し言葉に詰まりながらも、意を決して続ける。
「最近、騎士や魔術師の人達から……その、最近プレゼントをもらうことが多くて。何人かは『第二夫にしてくれ』とか言ってくるんです。それに、ハシントにも『第二夫とか第二夫人の話を詰めておきなさい』って言われて。私、どうしたらいいのか分からなくて」
アーケルは黙り、私の言葉をじっと聞いていた。そして、静かに笑い出す。
「ふふ、なるほど。君、ずいぶん人気者だね。それは僕の婚約者としての魅力が、間接的に影響しているのかもしれないが……」
「アーケル、からかわないでください! 真剣に悩んでるんです!」
私が頬を膨らませると、アーケルは笑いを抑え見つめた。
「すまない。だが、君がそんなに悩む必要はないよ。僕と君の関係は、すでに愛に基づいている。それに、僕は君以外の誰かと結婚するつもりはない。君も同じ気持ちだろう?」
私は少し驚いたけれど、頷いた。
「はい、私もアーケルだけでいいって思ってます。でも、法律的に認められている以上、誰かが無理やり第二夫や第二夫人になろうとしたら、どうすればいいのかって……」
アーケルは少し考え込み、紅茶のカップを手に持つ。そして、静かに口を開く。
「確かに、この国の法律は一夫多妻や多夫一妻を認めているが、重要なのは『愛がある限り』という条件だ。神が判定する愛の有無は、強制的に覆すことはできない。つまり、君が他の誰かを愛さない限りは第二夫は成立しない。同様に僕が他の誰かを愛さない限り、第二夫人も成立しない」
私は少し安心するが、すぐに不安に戻る。
「でも宮廷の人達って、魔術や薬を使って無理やり愛を作り出すことってできないんですか? ヴィオレット様や色々な方からも『君の安全を願っている』って護符をもらったけど、魔法薬とか一般的に知られていないものとか色々ありそうでちょっと心配で……」
アーケルは少し笑い、私の不安を和らげるように続ける。
「君の心配は分かるが、安心したまえ。魔術や薬で愛を強制することは、理論上は可能だが、神の判定を欺くことはできない。神の判定は、魂の深層を読み取るものだからね。それに、君には僕が作ったネックレスとブレスレットがある。どんな魔術や薬からも君を守る力を持っているよ」
私は胸元のネックレスに触れ、少し安心した表情を見せる。
「そうなんですね。でも、もし誰かが強引に第二夫や第二夫人になろうとしたら。私は、どうすればいいんですか?」
アーケルは少し真剣な顔になり、私を見つめた。
「その場合は、僕が対処する。君は僕の婚約者であり、聖女としての力を持つ特別な存在だ。誰かが君に危害を加えようとしたり、無理やり関係を結ぼうとしたりすれば、宮廷魔術師としての力で徹底的に排除するよ。……比喩ではなく、文字通りの意味でね」
私は少し驚いた顔をし、彼の言葉に笑う。
「アーケル、怖いこと言わないでください。でも、ありがとうございます。安心しました」
アーケルは微笑み、私の手を取った。
「君が安心してくれるなら、それでいい。だが、もう一つ、はっきりさせておこう。僕は君以外の誰とも結婚するつもりはないし、第二夫人を持つ気もない。君も同じ気持ちなら、この話題はこれで終わりだ。いいね?」
私は頷き、彼の手を握り返す。
「はい、私もアーケルだけでいいです。第二夫とか、考えたくもないです」
二人はしばらく黙って紅茶を飲み、一息ついた。私の心の中では、宮廷での告白やハシントの言葉への不安が薄れ、アーケルへの信頼がさらに深まっていた。
「でも、アーケル。もし誰かがまた第二夫になりたいって言ってきたら、どうやって断ればいいですか?」
アーケルは少し笑い、私に提案する。
「簡単だ。『私の婚約者が許さない』と言えばいい。実際、僕が許さないからね。それで相手が引き下がらなければ、僕が直接話をつけるよ」
「分かりました。それなら、私も頑張って断れそうです。ありがとうございます、アーケル」
私はカップをテーブルに置き、アーケルの顔を見上げる。彼の眼鏡の奥の瞳は、いつも通り鋭くて少し不思議な輝きを放っていて見つめていると吸い込まれそうになる。私は少し照れながら、別の話題を切り出した。
「アーケル、遠征ってどんな感じなんですか? 私、宮廷にいるだけで毎日緊張してるのに。外で戦うなんて想像できないんですけど」
アーケルは一瞬目を細め、紅茶を口に運んでから答えた。
「遠征か。まあ、魔獣を退治したり辺境の貴族の揉め事を解決したりと、面倒な仕事が多いよ。今回は結界の確認のために呼ばれたんだが、予想以上に厄介でね。少し時間がかかってしまった」
彼の口調は軽いけど、その言葉にはどこか重みがあった。私は少し身を乗り出して尋ねた。
「危なかったんですか? 怪我とか……大丈夫だったんですよね?」
アーケルは私の心配そうな顔を見て、くすりと笑った。
「心配してくれるなんて嬉しいね。怪我はなかったよ。僕ほどの魔術師になると、そう簡単にやられることはない。遠征中は、君のことを考える時間が多かった」
「え、私を?」
私は驚いて目を丸くした。アーケルは少し照れたように視線を逸らし、カップを手に持ったまま呟いた。
「まあね。君が宮廷でどんな目に遭ってるか気になってね。僕がいない間に変な虫が寄ってこないかと、気が気じゃなかったんだよ。帰ってきたら案の定、第二夫の話で悩んでる君がいて……少し笑ってしまったけどね」
彼の言葉に、私は頬を膨らませて抗議した。
「笑いものじゃないですよ! 私、前世じゃ一夫一妻が当たり前だったから、こんな制度に慣れなくて。毎日プレゼントが届くたびに、どうしようって頭抱えてたんですから」
アーケルは私の言葉に少し驚いたように眉を上げ、それから優しい笑みを浮かべた。
「前世か。君が転生者だってことは分かってるけど、そういう感覚なんだね。確かに、この国の慣習は君には複雑すぎるかもしれない。でも、君がそんな風に悩む姿を見ると、僕には愛おしく思えるよ」
「愛おしいって…アーケル、急に何ですか?」
私が顔を赤らめて言うと、アーケルは笑いながら肩をすくめた。
「本当のことだよ。君が純粋で、まっすぐなところ……全部、僕には特別なんだ。遠征で大変でも、君のことを考えると少し元気が出たくらいだからね」
私はその言葉に胸が温かくなり、思わず目を伏せた。前世では恋愛なんてほとんど縁がなかった私にとって、アーケルのこんな言葉は予想外で、でもすごく嬉しいものだった。私は少し勇気を出して、彼に聞いてみた。
「アーケルって、昔からこんな風に人を守るような人だったんですか? 学園時代は変人で有名だったけど……」
アーケルは一瞬黙り、カップをテーブルに置いて遠くを見るような目をした。
「昔か。僕は昔、誰かを守るなんて考えもしなかったよ。魔術に没頭して、周りを遠ざけていた。学園時代に君が僕を見て笑ってくれたことがなかったら、今でもそうだったかもしれない」
「私が…笑った?」
「そうだよ。覚えてないかもしれないけど、君が僕の変な実験を見て笑った日があった。あの時、初めて誰かに受け入れられた気がしたんだ。それが君だったから、僕は君に惹かれたんだと思う」
彼の静かな告白に、私は言葉を失った。学園時代の私は、アーケルをただの変わった先輩だと思ってただけなのに、彼にとってはそんな意味があったなんて。アーケルは私の驚いた顔を見て、少し照れ笑いを浮かべた。
「まあ、昔話はこれくらいでいいだろう。とにかく、今の僕は君を守るためにここにいる。それで十分だろう?」
私は頷き、彼の手をもう一度握った。
「はい、十分です。私も、アーケルがいてくれるから頑張れるんです」
私はアーケルの隣で紅茶を飲みながら、彼の言葉を心の中で反芻していた。宮廷の複雑な状況はまだ重いけど、アーケルがそばにいてくれるなら、きっと何とかなる。そう思えた。




