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 -4 『救出同盟』

 問題は強面たちの素行だけではなかった。


 彼らが宿泊中の間、接客は全て女将さんが対応していた。


 さすがに柄の悪い連中の相手を、見習いであるサチたちには任せられないという考えだろう。


 実際、向こうの無理難題に対応できるほどの実力はまだ持ち合わせていないし、もし万が一でも粗相をすればいらぬ責任まで問われかねない。


「いくら客だからってさすがに好き放題やりすぎですよ。追い出したりできないんですか」


 そう尋ねたりもしたが、女将さんは耐え忍ぶように健気な笑顔を振りまいて、


「あのような方たちでも、この旅館にとっては数少ないお客様ですから」と言い返すばかりだった。


 たしかに客の数が少ないこの旅館では少しの稼ぎでも得たいのだろが、いくらなんでも無理が過ぎる。


 三人の仲居たちを預かって世話している手前、経営不振で潰れでもすれば彼女たちを養えないとでも危惧しているのだろう。その優しさにつけこんで、強面たちは好き放題しているわけだ。


 騒がしい一夜が過ぎて朝になってもその暴虐無尽さは健在だった。


 朝食の時から酒を積んで、彼らの後片付けの時は空いた酒瓶だらけだ。

 それだけならまだいいのだが、部屋にも外から持ち込んだ缶ビールが大量に置かれている。


 空き缶を回収する手間だってかかるし、アルコールの臭いがひどく漂うせいで掃除すら未成年の仲居娘たちには任せづらい。結局は全て女将さんの負担になっているのが現状だ。


 おまけに館内は喫煙所以外原則禁煙だというのに、彼らはお構いなく部屋で煙草を吸っている。強面たちの部屋の扉が開くたびに煙や煙草臭さが館内に充満しそうな勢いだった。

 

 あまりに勝手が過ぎるが、従業員でもない俺にはそれを遠目から見ていることしかできない。クウたちも、掃除洗濯などの裏方の仕事をこなして手助けするのがやっとのようだった。


 頑として自分は大丈夫だと気丈に言い張る女将さんだったが、会うたびに顔がやつれていくのがわかる。


 何かあれば夜通し呼び出され、昼間も彼らの接客の応対に追われて休む暇がないのだろう。


 疫病神。まさに彼らは、女将さんにとって――。


 いや、この旅館にとっての最大の障害であった。


   ◇


「あのアタッシュケースの中。凄い量の大金が詰め込まれてる」


 情報をくれたのは、普段調理場などで雑用をしている妖怪、一反木綿だった。


 紙のように薄い身体を使って押入れに紛れ込んでいたらしく、襖の隙間から昨夜の大騒ぎの様子を窺っていたようだ。


 女将さんを心配しているのは旅館の皆も一緒のようで、せめて万が一の大事にだけはならないように館中の妖怪たちが目を光らせているらしい。


 宙に浮いた白い紙切れが口を開けて喋っている珍妙な光景にすっかり慣れてしまっている俺がいる。


「どうやら賭け麻雀をしてる。それも高額。男たちはみんなヤクザ。煙草吸いすぎ。酒飲みすぎ。いびきうるさすぎ。女は美人」

「うわー、すごいブラックな感じの人らだなー。なんとなくわかってはいたけど」


 賭けなどの裏ごとの現場にされているのは、旅館として、いやそれ以前に危ないだろう。


 犯罪の温床にされては悪評にだって繋がる。サービス業としては大問題だ。


 とはいえ表立って文句でも言おうものなら、どんな仕打ちが返ってくるかわかったものではない。少し柄の悪いチンピラならともかく、ヤクザやそういった系統の人種には慎重になるべきだろう。


 騒ぎ立てず、かといって追い出すこともできず。

 仲居たちにも任せられない女将さんは一人で頑張っているのだ。


 そんな健気な彼女に負担ばかりを強いて、黙って見ていられるはずがない。


 このままでいいはずがない。


 そんなもの不公平ではないか。

 我侭な強面たちは何の不自由もなくのさばって。


 それに、俺なんて逃げてるだけで何もしてないのに。

 女将さんだけが、あれだけ頑張っている人が辛い思いを受けていいはずがない。


「なあ」


 俺は、そばで一緒に一反木綿の話を聞いていた仲居三人娘に声をかける。三者三様にそれぞれが俺へと顔を向ける。


「女将さんは俺に、お前たちが立派な仲居になるための手助けをしてくれって言ったよな」


「うん」とクウが頷く。


 様子が変だと感じたのか、クウの隣でナユキが表情を強張らせている。サチは相変わらず間抜けに笑顔だ。


 俺は三人の顔をそれぞれ見やってから、また口を開いた。


「頼みがあるんだ。今度は、俺からそれを頼ませてくれないか」

「どゆこと?」


 サチが小首を傾げて率直な疑問を返す。


「俺さ、大学生活でイヤなことがあって、それから逃げてここに来たんだ。そしたらここはぬるま湯以上に心地いい場所で、甘やかされるように何日も過ごしちゃってた。でもここに来ても、俺はなにもできてない。前も向けてないし、変われてもいない。クウみたいに、新しい場所で何かを成し遂げることすらできてないんだ。だからそんな俺にも、せめてこの旅館への恩返しができればって思ったんだ」


「恩返しって、そんな大層なもの必要ないでしょ。いちおうはあんたも客なんだし」とクウ。


「まあそうなのかもだけどさ。でも、俺だって何かをしたいと思ったんだ」


 そう思ったのは両親と交流するクウを見たからだ。


 いや、クウだけではない。


 いつだって明るく前向きなサチを見ていると悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくるし、失敗してもちゃんと逃げずに成長しようとするナユキには心底感銘を受けている。


 変わりたいと思った。

 変わらなくてはと思った。


 この旅館を、新しい自分のスタート地点にするんだ。


「だからまずは新しい一歩。お前たちを立派な仲居になれるように指導してやる。女将さんだけに負担をかけないようにな。現状だと今のような客が来たらずっと女将さん頼りになっちゃうだろ。クウたちがちょっと頑張ったところで、女将さんはまだ三人とも未熟だと思って現場に出させてくれないだろ。だから、お前たちでもちゃんとできるって証明するんだ」


「おおー」とサチが声を漏らす。

 ちゃんと理解してくれているかはわからない。


「とはいえ具体的にどうするってのは思いついてないけどな。でも、少しでも女将さんが安心できれば。負担が減ればそれに越したことはないだろ」


 勢いで提案してみたが三人はどう思うだろうか。反応を、固唾を呑んで見守る。


 最初に反応したのはクウだった。


「女将さんのためになることをしたいのはボクも一緒だよ。新しい居場所を作ってくれた女将さんには感謝してるもん」


 続いてナユキも頭を強く振る。

 何度も強く振りすぎてライブ会場のヘドバンみたいになっている。


「よくわかんないけど、おかーさんのためになるなら頑張るー!」


 やはりサチはわかっていなかったか。

 抑揚の変わらない能天気ぶりには一抹の不安も感じるが、それでも、みんなが女将さんのために一致団結してくれたのは間違いないだろう。


「よし、じゃあ頑張ろう。俺たちで女将さんを助けるんだ」


 おー、と四人で拳を掲げる。

 掛け声はひどくバラバラで、格好悪いほどに締まらなかった。


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