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二十話  鮮剣の迷

 俺は千歳の戦闘スタイルを一度だけこの目で見ている。

 浮遊する巨大な正方形の箱から飛び出す異形のモノ達。それらはあの時俺に、裏生徒会という非日常を手っ取り早く教えてくれた。

 あの時感じた恐怖は今こうして対峙する事になっても未だに拭い去る事は出来ない。

 だが、あの時の俺とは決定的な違いが今はある。

 俺も千歳と同じ様に能力(ちから)を持っているということ――だ。


「おぉオオオオ――ッ!!」

 

 低く、唸るように俺は声を絞り出し、その手に具現した飴細工の刀を片手に駆る。

 目の前に立ちはだかったのは中に誰もいない空っぽの甲冑。その手にあるのはオモチャの剣だ。

 ゆるりとした動作で甲冑はオモチャの剣を振りかぶる。

 俺の飴細工の刀と大差無いその剣の一撃を受けても、大した痛みは無いだろうがわざわざ受けてやる義理もない。

 

 寧ろ、相手にする時間が勿体無いと判断する。

 俺は鎧の一撃を掻い潜り、再び千歳へと肉薄。

 千歳の能力は次々に新たな怪物を呼び出す特性を持つ。しかしそれにはある種のルールがあるのか、弱いモノから順々にしか呼び出す事が出来ないようだ。

 

 ――だからこそ。次なる怪物を召喚する前に、畳み掛ける。

 

 俺はその目で千歳を見据えた。

 相変わらずその表情からは心中を読み取る事は出来ない。氷の様に凍てついたその心は、この程度の状況では揺れ動くことは無いということか。

 だが、


「俺の一撃は止まらないぞ!!」

 

 距離は零。妨害は無し。

 俺は刃を千歳に向け一閃。

 小気味良い音を立て、刃が崩れ落ちた。

 僅かにピクリと千歳の眉が動いたが、その表情が苦痛の色を浮かべる事はない。

 そんな事は承知の上だ。

 俺はこの裏生徒会での戦いの中で幾度となく刃を振り続けた。

 与える一撃は全くといって良いほどのダメージを残さないのが俺の能力。

 

 しかし、それを補って余りある『回帰』という力と、必殺の威力を秘めた奥義とも言うべき技――『鮮剣』がある。

 特に『鮮剣』は決まってしまえばその威力は十全。

 相手には行動を許さず、一方的なまでの蹂躙が始まる。

 時の止まった世界では刃が砕けず、その身を貫き続け、時が動き出した瞬間にその威力が爆発する。

 あの明智であろうとも、立っていることが出来なかった技だ。

 千歳は当然知っている。俺の対戦を全て観戦し、一番近くで見ていたのだから。

 

 無論――その対処法も。

 だがここまでの試合運びは、まるで俺の『鮮剣』を警戒した様子がない。

 故に俺に接近を許し、一太刀浴びせられているというこの状況。

 ――おかしい、と当然思うが。


「せあッ!!」

 

 一度動き出した連撃を止めてやる必要もないッ!!

 俺は振り切った腕を直ぐ様引き戻し、返し手に再び刀を精製する。

 バックハンドの振り抜きが命中。刃が砕け宙に舞う。

 頭の片隅にある違和感を押し込んで俺は何度も連撃へと移る。

 身体中のエネルギーがこの一瞬に集約し、一気に燃えていく感覚。

 刹那が何千倍にも引き伸ばされ、体感時間が停滞を始める。

 

 ――来る。

 

 この感覚こそが『鮮剣』へ至る扉。

 半ば無意識に繰り出し続け、精神と肉体が剥離する限界のラインへと踏み込んだ時に起こる現象。

 このまま行けばゲームセットだ。

 まるで意味の無い、徒労へと変わるのも時間の問題――。

 と、その時だった。

 

 頭上から、ギィィィという扉が開くときの様な嫌な音が届いた。

 俺の意識が一瞬だけ、その音の方へと向く。

 

 ――箱。

 

 千歳の頭上に浮かび続ける箱が開いている。

 それはつまり、千歳がこの瞬間にも、新たな怪物を呼び出したということだ。

 けれど今更遅い。俺の剣は動き出しており、千歳の横腹へと照準されている。

 『鮮剣』を使うには、今しかない――。

 俺は意識を集中する。

 世界が少しずつ動きを止め、時計の針が緩やかに静止していく。

 砂時計はこぼれ落ちず、落としたグラスが砕けない。

 その刹那が、永遠へと回帰する。世界を俺が塗り替える。

 

 ――筈だった。

 

 徐々に止まっていった時間が、加速を始めた。

 まるで早送りのボタンを押してしまったように、景色が急速に動き出していく。

 こんな事は初めてだ。一体何が起こったんだ!?


「――なッ!?」

 

 と、思った次の瞬間。俺の背中に強烈な痛みが疾った。

 違う。背中だけじゃない。残る両腕両足に激烈な痛みが襲い掛かる。

 遅まきに理解する。

 その痛みの正体がこの世に有らざるものによってもたらされていることを。

 

 ――狼。

 

 大きく裂けた口と、獲物を噛み殺す為の牙。

 そしてこの狼が持つ異様な点である、黄金の体毛。

 月明かりと、グラウンドの四隅にある夜灯の光によって荘厳な煌めきを放つその姿は、神々しくもある。

 この狼はシベリア狼の様な白銀の体毛とは真逆の出で立ちだ。

 またも逆。しかももしかしたら有り得るかもしれないという絶妙な嘘。

 

 恐らく、それが千歳の能力の正体なのだろう。

 以前に見た、白いカラス。銃を扱う武士。足を持つ大蛇。

 どれも何処か違和感がある一方でもしかしたら有るかもというライン内に収まったモノだ。

 だが、それが分かった所でどうにもなる訳ではない。

 俺は四肢、及び背中に牙をたてる狼を振り払う。

 強靭な顎力は一度噛みついた獲物を逃すまいと必死に堪えている。

 

 だが、俺の能力はそれすらも無に帰す。

 飴細工の刀を俺は振り上げる。間合いには千歳が入っているが、今の標的は千歳ではない。

 俺の能力の発動は相手に一太刀浴びせる事ではなく、刃が砕けるという結果だ。

 故にここで俺が行うのは、地面に刃を叩き付ける事だ。

 痛みに耐えながら、俺は右手に刃を生み出す。

 そのまま地面へ振り下ろした。

 ――しかし。


「何ッ!?」

 

 砕けない。

 ある意味で、脆さこそがこの剣の特徴である。幾度も振り続け、そのどれもが自壊の道を辿ってきたこの飴細工の刀が、まるで時を止めたように砕けない。

 

 俺は『鮮剣』を使っちゃいない。

 だから、刃が砕けないというのはおかしいのだ。

 しかもそれによって、俺が狙っていた回帰が不可能になる。

 これはつまり、俺の力が封じられた――!?

 

 すると、驚愕に麻痺していた感覚が、痛みを知覚した。

 四肢は未だに狼の牙に穿たれたまま、千歳の冷ややかな眼差しを間近に受けている。

 俺は直ぐ様発想を転換する。

 砕けないのであれば、それは即ち普通の刃と同じだ。相手にダメージを与えるのに不足はない。

 何故このような現象が起きているのかは判断が着かなくとも、今のチャンスを逃す方がデカイ。

 俺は再び右腕に力を込める。

 止めていた足を無理矢理動かし、千歳に一歩踏み出した。

 振りかぶった刃を千歳の頭上へ斬り入れる。

 唐竹割りのような形で狙い撃った。

 だが、耳へと届いたのは刃が砕けるパリィンという音だった。

 

 ――訳が分からない。

 

 先程は刃が砕ける事はなかったというのに、今度はそれがさも当然のように砕けた。

 不可思議に違いない。

 けれどこのゲームではあり得ないということはあり得ない。

 それを俺はこの二週間で嫌というほど実感している。

 即ちこの現象にも何かしらの意味があるのだ。

 例えば、千歳が能力を使った――とか。

 そんな思考を薄ら笑う様に、千歳はゆっくりと右腕を掲げた。

 そして指先を銃の形に握り直すと、


「バンッ」

 

 またも衝撃が胸を疾った。

 強烈な熱を帯びた塊が、胸を通り抜ける感触。

 そう、撃ち抜かれたと形容してもいい。

 それから連想されるのはただひとつ。

 千歳が生み出した化外の者。

 

 ――銃を扱う武士。

 

 いつの間に呼び出していたのかは分からない。

 けれどこれで千歳は三体目を召喚した。

 次に来るのは間違いなく、あの大蛇。

 あの日、男子生徒を恐怖のどん底へと叩き落とした化け物が来る。

 しかし、俺にはそれらを統べる瀬戸千歳こそが化け物の様に思えてならない。

 この戦いが始まって五分も経たずして劣勢を強いられている俺の状況は、まさしく最悪の一言。

 スタートダッシュからの速攻を決め込んだのは俺だった筈なのに、状況はあっという間にひっくり返された。

 

 千歳は俺の戦った数多の者達よりも数段上の実力者だ。

 それも、格が違う。

 俺がただのゲームのプレイヤーだとするならば、千歳はそのゲームを動かすゲームマスター。

 最初から土俵が違う。俺の一人相撲だ。

 しかしそれも納得出来る節がある。

 明智、そして佐伯が千歳をどう呼んでいたかを思い出す。

 

 確か、『選挙管理委員会』。そう言ってはいなかっただろうか。

 普通に考えれば、生徒会長などを決める時に活躍する彼らの事だろうが、裏生徒会というネーミングからして、そういう集団があるのだとすれば……?

 俺の推論が正しければ、『裏生徒会』を管理する者達、例えば参加者を意図的に募る様な者達の事をそう呼ぶのではないだろうか。

 だとするならば、その役職からして参加者として参加している千歳のような奴はどういう意図があるのか。

 ただ純粋に、叶えたい願いがあるから、という訳ではないのかもしれない。

 その裏に隠された真意は、もっと事務的なモノ。

 

 参加者の選抜――。

 そうだと考えれば、裏生徒会は最初から仕組まれていたモノだということだ。

 管理する上層部が存在し、それらが統括された場所で俺達参加者は何も知らずに戦わされる。

 しかし、管理者達はその中でも有力な人材を選抜し、自身が所属する学校の『裏生徒会』を作り上げる。その為であれば、自らが参加者として不要な者を消すことだっていとわない。

 それも全ては、この選挙戦が終わった後に開かれる本戦――対校戦――の為。

 思考が次々に生まれ、連鎖し、導きだされた答え。

 そしてそれが正解と告げる様なタイミングで、千歳は笑った。

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