十八話 変わるモノ、変わらないモノ
「それがお前か織田……」
「ああ。お前は納得出来ないかもしれねぇけど、これが俺なんだよ明智」
変わらない事、それを望み続ける事が俺という男の在り方だ。迷わず、移ろわず、ただ一心に込めたこの信念だけは曲げてはいけないし、誰かに口を挟まれるモノでもない。
「ここからが本当の勝負だ明智。俺はお前を倒す」
俺は揺るぎない信念と共に口にする。
決意を再び自分の中で奮い起こす為に。
「……確かにお前のその能力は認めよう。だがどうやって勝つ? その剣は俺を斬るには至らない」
そう言って、明智は頭を振った。
それはもっともな話だろう。
事実、俺が持つ力を自覚したことで、この状況が同じ土俵になったというわけではない。
依然として、俺の力の脆弱さは変わらず、倒す術と言うには些か心許ないのも確か。
俺の力は、断つ力ではなく繋ぐ力。斬ることの出来ない刀でどうやって勝てばいいというのか。
それでは勝つことは出来ない――と、普通なら思うだろう。
けれど唯一、勝つ方法は確かに存在している事に、明智は気付いていない。
俺自身、その方法が最良であるとは言わない。
寧ろ、徒労に近い、ある意味では根比べ。
明智と俺の、どちらかが最後まで立っていられるかという、当たり前な勝敗の決し方。
だが、行くぞ明智。俺の剣は、お前を斬る。
中腰に構え、三度生み出される飴細工の刀。
精巧な、職人が作り上げた様なモノではなく、武骨で、ただ型にはめて作ったような粗雑なそれは、まさしく俺自身だ。
対する明智の持つ太刀は俺とは正反対の、敵を斬ることに特化した真剣。
ギラつく刃先に映すのは、斬るべき対象の首。今、俺を斬らんとしている明智そのもの。
対照的な二つの刃と、その持ち主。
対峙する俺達が行き着く先は、勝者と敗者の絶対的な隔絶。
それこそ望むところだろう。
俺達は、端から仲良しこよしをしに、ここに来たわけではないのだから。
明智もそれは分かっている。俺を真っ直ぐ見据えた視線は、覚悟の色に染まっている。
――その手じゃ何も掴めないと言ったな明智。……掴んでみせるさ、光凛の命はそんな望めば手に入るような安いものであっていい筈がない。
これは決死の覚悟。
俺の命すら引き換えにしてでも、光凛の命を手に入れる。
その為にも明智、お前は――
「俺の邪魔すんじゃねぇッ!! 明智ッ!!」
失せろ。
俺は走った。全力の疾走で明智の元へと駆る。
右手にある刀の感触を感じつつ、俺は明智の喉元を狙いに行く。
「おおォッ――!!」
低い声で唸り、すかさず迎撃に来る明智。
上段に振りかぶられた太刀は、紫電を帯び、今にもその衝撃を解放せんと力を溜めている。
だが、俺は知っている。
明智のその能力に対する条件を。
裏生徒会には、なんのリスクも無い能力は存在しない。
強い力には、それ相応のリスクや発動条件が伴うのだ。
で、あれば。明智のその能力の条件とは。
次の瞬間、明智が俺から目線を切る。すぐそこまで迫っていた敵に対しそれは愚行に等しき行い。
だが明智は、目を瞑った。
そう。明智の能力発動条件とは目を瞑る事。
ギリギリまで相手を呼び込み、確実に剣閃が通る位置での能力使用。
それこそが己に課した、発動条件。
心眼なんてものが、あるはず無い。
フィクションでしか存在しない様なものに、明智がなれる訳がない。
よって、俺はこの瞬間こそが勝機だと見る――!
「うぉおおおおおおッ!!」
――一閃。
明智が振り下ろすより早く、俺の刃が明智の喉へと奔る。
が、斬るには至らず、刃は簡単に砕け散る。
それでも、明智の表情がやや強張った。
いくら痛みが無いとしても、人は自分の身に迫る危険に無条件に反射してしまうのだから。
身体が緊張し、思わず身構えてしまう明智。その瞬間が、剣撃を喰らわせる最大の空隙となる――。
「おおおおおおおォォォォォオオオッ!!」
間髪入れず繰り出す連撃。砕ける度に精製される刀。
明智に反撃の暇も与えず、俺はこの瞬間に全力を叩き込む。
散る飴細工がキラキラと夜光に反射する。何処か幻想的な空間へと変わりつつも、俺はその光景に見とれることなく無我夢中で繰り返す。
――何度でも。何度でも。
俺が望むのは変わらないことだ。
そこにあるのは光凛の笑顔だけ。それだけがあればいい
毎日が苦しくたって、二人でいれば耐えられたあの日々。
友がいて、剣に心を乗せたかつての自分。
その瞬間、その瞬間に、俺はいつだって、この時を無くしたくないと願って来たんだ。
俺はこの大切な時間を無くしたくないから。
「はぁあああああああああ――ッ!!」
袈裟斬り、居合い、逆胴、逆袈裟。
乾坤一擲の俺の剣は、明智の急所をとらえ続ける。
だが、この無限の時間は、いつだって変わらないままにいてくれない。
明智が動いた。強ばる身体を意思力で無理矢理制御し、その太刀の力を解放する。
拡散する紫電。俺の身体を貫いた。
熱が身体を蹂躙し、否応なしに動きを止めざるを得なくなる。
その瞬間、明智が刃を振り下ろす。
半ば屈み込んだ俺の頭上に位置する大太刀は、なすがままにされ続けた鬱憤を晴らすかのように俺へと迫り来る。
俺は咄嗟に腕を動かした。
筋肉が悲鳴をあげるのにも構わず、形成した刃を大太刀に合わせる。
パリンと小気味いい音を立て、いとも容易く刃が砕ける。
そして、迫る刃が俺の身体を切り裂いた。
「ぐ、がッ!?」
雷を帯びた刃は先程肩に入った一閃とは比べモノにならない。
肉が焼かれたそばから断ち切られる様な感触。
全身を駆け巡る痛みと衝撃が、思考を揺さぶって来る。
けれど俺はここで倒れない。
剣が砕けたことで、それをトリガーとして俺の能力が発動する。
俺だけが、時間を遡り、痛みを感じる前へと戻る。
しかし脳にこびりついた痛みだけが取れず、意識が濁って上手く思考に辿り着かない。
が、俺と明智の距離は目と鼻の先。明智は俺に、再度太刀を振りかぶった。
――構うものかッ!!
俺はその斬撃に併せ、自らの右手の刃を振りきった。
同時。相撃ちとなって俺の刃と明智の太刀がそれぞれの肩を切り払う。
しかし、その痛みまでは同じではない。
虫に刺されるよりも弱い俺の一撃と、高圧電流を直接体に流し込まれる衝撃、どちらの被ダメージが多いかは言わずもがな。
俺はその痛みを歯を食いしばって堪える。まだだ、まだ終わらないッ!!
能力が作動し、再び俺の身体が元に戻る。
筋肉の緊張が解ける。身体の痺れが抜けきったと自覚するより早く、俺は刃を形成する。
――もう一度だ。何度だってやってやる。
俺はその場から動かない。間合いの中で、俺の剣と明智の剣がお互いの身体を切り刻む。
どちらも退かず、どちらも倒れない。
一瞬の判断でのやり取りが、刹那の間で連続する。
もっとだ、もっと早く動け。
筋肉の収縮する限界を越えて、過去の自分もこの瞬間に超越して、そして、勝利を手繰り寄せろ。
「うおおおおおおおおおお!!」
「はああああああああああ!!」
意地と意地。かつて、互いに競いあった間柄だからこそ、こいつには――
「「――負けないッ!!」」
紫電を帯びた刃が頭上に迫る。身長差から振り下ろされる一撃は、一刀の元に俺を断たんと来る。
だが、俺はそれを掻い潜る。
明智の大太刀はその長さから、今俺の間合いで戦いを強いられている状況のせいで存分に力を発揮できていない。
故に、軽さという面で勝る俺の飴細工の刀の方が出は早い。
何度目とも知れない一撃が明智の腹へと横薙ぎに入る。
再び木っ端微塵。刃こぼれどころか全損して、俺の手から飛び散る刀。
一体いつまで続ければいいのか分からない。
だが、これが俺の戦い方。
一を永遠に与え続ける愚直な戦闘。
百を一撃で与えてくる明智とはまるで逆のその行為は、建設的とはいえないだろう。
耐えて、耐えて、耐えて。斬って、斬って、斬って。
相手が、諦めるまで続けてやる。お前が負けを認めるまで付き合ってやる。
「うっとうしいんだよッ!! いい加減諦めろッ!!」
明智が太刀の柄で俺の顎をかちあげた。俺はのけ反るようにして後退さる。
そして次の瞬間、光が爆発した。
明智の太刀が雷電を纏い、光を生み出していた。
「何度でも立ち上がるというなら……一撃で叩き潰せばいい話だ!! これで終わりにしてやるッ!!」
――ヤバイ。あれを喰らっては駄目だと俺の本能が告げている。
俺の身体から消えつつある、先程の衝撃の残滓すら拭い去る、強大な熱の塊がそこにある。
雷仰斬。その真髄が今、解き放たれようとしている。
……受けきれるのか? あの力を俺が……。
無理だと分かっている。けれどそれを口にしてしまったら終わりだ。
これから先、俺が歩む道は無理を可能にする為の道だ。
そして今、この瞬間こそがその入り口。
越えねばならない。踏み出さねばならない。
後戻りは選択肢から消去しろ。付帯項目は突き進む事だけだ。
「俺はお前と共に歩みたかった。どこまでも二人でなら行けるとそう信じていた。たとえ、非情な現実に突き放されようとも、俺は、もう一度お前と夢が見たかった」
突然、明智は語り出す。まるでこれが最後だと言わんばかりに。
「だからこのゲームに縋った。もう一度、やり直す事が出来るならどんな事だってしてみせる、と。なのに、なんでお前がここに居る? こうして俺達が戦わなきゃならないんだ?」
それが理由。明智が求めていたモノの正体。
俺が自分の犯した罪から目を逸らし、逃げている間、明智は一人戦いを続けていた。
それが、覆らない結果を覆す為に手段も選ばずに。
そうして、アイツが選んだ結果が今だ。
その姿は紛れもなく俺と同じだろう。
だが、俺自身分かっちゃいなかった。
明智に言われ、そしてようやく気付く事が出来た。
何故変わらない事を望む俺が、自分の生き方さえ変えて、夢に手を伸ばそうとしているのか。
それは――
「俺は羨ましかったんだ。お前らが」
「――ッ!?」
今更だと思うかもしれない。けど確かにこれは俺の隠していた気持ちだ。
「何不自由なく生きて、夢を持って、笑って、泣いて、喧嘩して、そして過ぎていく日々。平凡で、けど当たり前にあるその現実を全うしているお前らが羨ましかった。……なんで俺達はこんなに苦労しなきゃならない? なんで俺達は普通に生きられない? そう思ってたからこそ、お前たちには負けたくなかった」
だから剣道を続けた。そういうやつらを全部倒して一番になりたかった。
「俺も夢を見たかった。お前たちと同じ場所で、同じ目線で、同じ速度で歩いていきたかった!! ……でも無理なんだよ。俺はどこまで行ってもこの道から外れることが出来ない。ジャンルが違うんだよ、俺とお前らじゃ自分が主人公やってる物語が違うんだ」
あの日、それに気付いたから。
「……一年前のあの日、奴らは寄ってたかって、一人を殴っていやがった」
「織田……それは……!?」
誰にも言った事の無い、事件の真相。言うべき時は、今この時だけだろう。
「それは一人の奴の逆恨みだった。殴られてた奴はその大会の優勝候補の一人で、まぁお前も知ってる奴だよ。そいつが圧倒的に勝っちまったもんだから……」
どうにもならない実力差に、努力を踏みにじられたと、そう思ったのだ。
そいつは努力が出来る人間だった。勝つ為に鍛錬を続け、己の技を磨き、弱さを受け入れ進める、そういった人間だったはずだ。
けれど。その現実を知った瞬間に、彼の何かが崩れた。
「だが、人を呼べばすぐに解決する問題だろう? お前がそうまでして止めに入る理由は無いはずだ」
確かにそうだ。本当なら、適当に見なかったことにして、大会の運営でも呼んでくれば済む話。
「でもな、ダブって見えちまったんだよ。これは俺だって」
殴られ続ける奴は、ただ前を向いていただけだ。
倒して来た奴の事など頭には無い。ただ純粋に上を見るだけの、強さが奴にはあった。
これは俺だ。他の奴など目には入らない。ただ倒し、前に進み続ける、それで良い。それで俺は、他の奴らと同じように夢を見ている気になれる。
けれど、殴る彼の、膨れ上がった不満をどうする事も出来ずに暴力という形でしか動く事の出来なかった彼を誰が責める事が出来るだろう。
誰だってそうなる可能性は持っている。たまたま彼だったというだけの話。
「俺が倒して来た奴も、本当ならこうやって俺をぶちのめしたいって思う奴だっていたはずなんだ。彼らには純粋な夢があって前に進んでいただけなのに、俺みたいな夢を見る振りをしているだけの偽物に、それを踏みにじられた事を受け入れられる訳がない」
だから、俺はここが潮時だと思った。
彼のような者が生まれる前に、俺がその火種とならぬように。
「ま、ただの体の良い動機だな。止めるという名目で、俺が剣道から足を洗う為の。ちょっとばかしやり過ぎちまったけどな」
「お前はバカだ。大バカだ」
「そんなのは分かってんだよ。気付くのが遅かっただけだ。けどまぁ、良いんじゃねぇの。たぶん、その殴られてた奴は剣道続けてんだろうから」
「違う。そう言う事じゃない。お前の言う事は全て自己満足だ」
「ハッ、自己満足? 最初からそう言ってんだろ。他の奴の事なんざどうでもいいんだよ。俺は自分がやってきた事が無駄だと気付いた、だからやめた。それだけだ。過程はどうであれ、な」
そう。ただの自己満足。偽物が偽物だと気付くのに、偽物がそれをやめる為に行った、偽の善。
そこに善意などなく、有るのは自分はこうなりたくないという逃避だけ。
惰性で続けていただけの剣道への、体の良いケリの着け方。
「だから、それが勘違いだと言ってるんだ織田!!」
なのに、明智はそれ以外の意味を見出している。
「お前の剣が、どれだけの数に羨望を抱かせたと思っている? 『鮮剣』は決して、名前倒しの者では無いと誰もが知っていたからこそだろう? それをお前が否定してなんになる。お前が自分がしてきた事は間違いだったと認めたら、お前に憧れて夢を見た俺たちは何になるっていうんだ!?」
明智は何かを悔やむように歯噛みした。自分はそれを止める事が出来なかったと。
「言っただろ。勝手に期待して、勝手に失望してんじゃねぇよ。俺はそんな男じゃねぇし、お前らの夢を背負い切れる『本物』じゃねぇんだよ。だから俺は今ここに居る」
だからこうなる。やるしかない。俺の進むべき道はここにある。
どんなに望んでも、己の力じゃ手に入らない。すぐに壊れてしまう。
せめて、変わらないでくれ。
違う、そうじゃない。止まれ、止まれ、止まれ。
もう、何も、失いたくない。
俺は、『本物』じゃないから。
『偽物』でしかないから。
ゲームでも、魔法でも、超能力でも奇跡だってなんだっていい。
何度も諦めてきた、何かを手に入れるという事を、俺は今誰よりも欲している。
「――裏生徒会。望めばなんでも叶うんだろ? だったらやるしかねぇじゃねぇか。普通に生きられないなら、こうやって自分を追い詰めなきゃ、手に入る物も手に入らねぇ。夢? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺とお前じゃ生きてる世界が違うんだ。そんな奴が何を託したって?」
笑わせる。哄笑して、嘲笑して、陳腐だと蔑んでやる。
「だから何度だっていうぜ明智。俺とお前は同じ夢を見られる訳がねぇんだ。ジャンル違いはすっこんでやがれッ!!」
だからもう一度決別してやる。
夢見がちな過去の自分と、希望がそこにあると勘違いしていた今の自分に。
対峙する男の姿は決別すべき俺の姿だから。
この戦いは、俺が『変わる』為の一戦だ。
「この世界は何も変わっちゃいない。あの時からずっと残酷で、薄っぺらな、理不尽と不条理の塊だ。俺はそれをぶち壊す。さぁ――来いよ明智。お前はその足掛かりだ」
「ああそうだ。そうだとも。こうなる事は分かっていた!! 最初から分かっていた事だ。今のお前には何もない。期待など、とっくのとうに捨てている。俺が見ているのはかつてのお前。もう一度、昔のお前と俺は夢を見る!! だから今のお前はここで俺に倒されていろ!!」
明智が上段に構えたまま、眼を瞑った。
それは能力行使の予備動作。この現実に超常を起こす事象の前触れ。
――このゲームは現実だ。あくまでゲームという体でありながらその根底にはリアルがある。
だが、それでもこの世界は俺の知る現実とは違う。あくまで空想であり仮想だ。
だからなんだって出来る。世界よ変われ、俺すら飲み込んで、繰り返せ。
走り出せ。
そして、走り出す。
一歩は次を生む為の初動。そこに至る為のきっかけ。
さぁ、次だ。踏み出す二歩目。
身体を送り出す。繰り返す三歩目。
彼我の距離など関係無い。
進み続ける限り、それは零へと必ずたどり着く。
手に入らない。望んでもすり抜け壊れて消えてしまう。
いつの間にか変わり、終わっていく何かを諦めて、その地点からもう一度始める。それでも望むのは『変わらないでくれ』という事だけ。
そんなモノ、俺は二度と認めない。
許容などしない。認めてなるものか。
父と母が死に、俺は誓った。
光凛を守るとそう誓ったのだ。
それは偽物なんかじゃない。この決意は偽りであってはならないから。
この場所でなら俺は、出来る。望んだ結果を手繰り寄せる事が。
望めば手に入る。その為の力が俺にはある。
俺自身だというその力。ならば俺が望んだ事は全てその力が持っている。
明智が振る。太刀からは迅雷が拡散する。
だが――俺にはそれが止まって見えた。
望んだ結果は――ほら、既に顕れていた。
時間が引き伸ばされていく感覚。何度でも繰り返されていた時間がゆっくりと足を止め、やがてある地点で静止する。
明智の剣が止まる。俺は悠然とそれを見届ける。
世界が止まった。刹那が永遠になったこの世界で、ただ一人俺だけが動くことが出来る。
《刀幻鏡》。事象を起こす前へと回帰するこの力の真髄はこれにある。
刃が砕ける度に、俺の感覚は元の位置へと戻っていく。
一撃を受ければ一撃を受ける前に。
だが、砕けた刃は俺が受けた一撃に等しかったか?
答えは否だ。
砕けた刃はもう数えきれない。
刀幻鏡は言わば合わせ鏡。鏡に映った世界は、その世界の中に新たな鏡を映し出し、また新たな世界が鏡の中に生まれる。
永遠にそれが続く無限の連鎖。刹那すらも永遠へと引き延ばす世界の創造。
その中で明智は俺を倒せない。
明智が感じるより早く、世界は構築される。それはどんなに体感時間が早くなろうとも、それを感じることは出来ない。
さようなら明智。言っただろ、俺とお前の道は違うって。
世界すらも、違うって。
俺の今生きる世界は、ここだから。
「《刀幻鏡》――『鮮剣』」
動かない明智に俺は繰り返す。
一閃、二閃、三閃。
刃はもう砕けない。永遠が繰り返されるこの世界では、何も壊れず、砕けない。
四閃、五閃、六閃。
明智の体に刃が突き刺さる。まるで針の筵だ。
七閃、八閃、九閃。
もう何も感じない。これは作業だ。俺が明智を切り刻む、ただの作業。
だからここからは、何も感じない。
十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、三十、三十一、三十二、三十三、三十四。
そして――三十五。
それが世界の終わった数だった。
時が再び動き出し、世界から刹那が消えていく。
引き伸ばされていた時間が落ちる砂のように流れ出す。
そこは元いた場所へと移ろう瞬間。
けれど、違う。
世界は変わるもの。いつだって同じ世界は無い。
今――この瞬間も。
明智は誰より感じている筈だ。今この瞬間の変化を。
「なん……!?」
言葉が詰まる。何故ならそれ以上言えないのだ。
襲う痛みで。
「――――――――ッ!?」
狂ったように声をあげ、踞る明智。全身に突き刺さる刃がその衝撃で四散する。
猟奇的な絵面から、一転して幻想の世界へ。
ダイヤモンドダストの様に、光を吸い込んだ飴細工がキラキラと空気中を漂った。
困惑と焦慮、そして苦悶に表情を歪ませた明智が、地に伏せた。
そして、半ば睨むように俺へと視線を向け――
「織田……お前……」
哀しそうに、瞳を細めた。
なんでそんな顔するんだよ。お前は怒らなきゃ駄目なんだ。
俺はお前の夢を叶えられなかった。一緒に夢を見てやれなかった。
だというのに、お前はなんでそんなに哀しそうで、まるで慰めるように『笑うんだ』。
「勝者が哭くなよ……『鮮剣』」
今の俺には、懐かしい声でそう呼んだ、友の声だけしか、聞こえなかった。
裏生徒会選挙戦 織田卓磨 対 明智大和
勝者 織田卓磨




