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プロローグ 噂を商売にする吟遊詩人


 世の中、すべては『見せ方』である。


 人は噂で動く。

歌は剣より遠くへ届く。

英雄は作れる。

民は真実ではなく物語を信じる。

それを知っている者だけがいつの世も得をする。


 どれほど中身がスカスカのどろどろポーションでも

「幻の青き秘境で採れた奇跡の雫」

と歌えば、バカな貴族どもが金貨を積んで買い漁る。


 物理攻撃力はゴミ、魔法の才能は皆無な俺――ラセルが

貴族はケチ。

税吏はうるさい。

恩は三日で忘れられる。

そんな世知辛い世の中で「宮廷お抱え詩人」という最高に美味おいしい不労所得ポジションに君臨できていたのは、ひとえに俺の口先と人心を転がす話術のおかげだった。


そう、過去形だ。過去形。あーあ。


「おい、ラセル!話が違うではないか!どうするのだ?これ、どうするのだ……!?」


 豪華絢爛な宮殿の執務室。

床をみっともなく濡らしているのは、高級なワインではなく、我がパトロンであるブロンズ伯爵の冷や汗だった。


 彼の体重は、およそ成人男性三人分。贅肉という名の富をこれでもかと蓄えたその身体は、歩くたびにボヨンボヨンとマヌケな音を立てる。

お世辞にも『戦士』とは呼べない、ただの恰幅のいいデブだ。


 だが、この俺の手にかかれば、ただのデブも一世一代の英雄に早変わりする。


 数ヶ月前、俺は伯爵から莫大な祝儀(金貨五十枚)をふんだくるため、酒場や広場で口の軽い子供たちを金で雇い、とある耳に残る「触れ込みの唄」を流行らせた。


「♪我が主のあの太腹は〜♪」

「♪敵の剣撃すべてを弾き返す、腹の奥の剛力〜♪」

「♪揺れる三段腹は、戦場の恐怖を打ち消す神の盾〜♪」


 これがまぁ、国中で歌われるほどの大流行りとなった。

中毒性のあるメロディに乗せた意外性の塊のような文句は、瞬く間に国境を越え、伯爵は『鉄壁の隠れ豪傑』として一躍時の人となったのだ。


伯爵も

「いや〜、実は強いと思われる?」


と鼻高々で、俺の懐は金貨でパンパン。

まさに誰も傷つかない完璧な持ちつ持たれつ。

 ――のはずだった。


隣国のガチの脳筋騎士が、その歌を真に受けるまでは。


「ブロンズ伯爵! 貴殿が『鋼の腹筋』を持つ伝説の武人とお見受けした! 我が愛剣マクシミリアンをもって、その盾破らせていただきたい! いざ、命をかけた決闘を!」


 国境を越えてやってきたのは、身長二メートル、全身傷だらけの『狂犬』の異名を持つ隣国の騎士だった。


眼光が完全に獲物を狙う肉食獣のそれである。

もちろん、彼に悪気はない。

ただ純粋に、吟遊詩人の唄というものを疑うこと自体を知らず、俺がでっち上げた出鱈目の唄を1ミリも疑わずに信じ込んでしまった、人を疑えない哀れな被害者(脳筋)なのだ。


「ラ、ラセル……! 私の腹は、鋼ではなく、昨晩食べたフォアグラのソテーでできているのだぞ!? 剣など刺されたら一瞬で破裂して死んでしまうわ!」


「落ち着いてください伯爵。とりあえず『最近、古傷(痛風)が痛むので……』と、お茶会での和解を提案しましょう」


「断られたわ! 相手は『痛風ごとき、首をハネれば治る!』と叫んでおる!」


 うん、知ってた。

脳筋に言葉通じないの知ってた。


 結局、決闘から必死で逃げ回った伯爵は、自慢の三段腹をボヨンボヨンと揺らしながら宮殿の噴水に飛び込み、


「な、なんとか穏便に……!」


と涙目で命乞いをする羽目になった。

当然、そのマヌケな姿は詰めかけた大勢の野次馬どもにバッチリ目撃され、伯爵の威厳は文字通り泡となって消えた。

 そして現在。

命からがら逃げ延びた伯爵は、般若のような顔で俺を指差していた。


「余計な飾り文句をつけるなと言っただろうがァァァ!! クビだ! お前など即刻クビだ! 敷地内からつまみ出せ!」


 おっと、逆ギレだ。

まぁ、確かに話を盛りすぎたのは俺だけどさ。

 そんなわけで、俺は全財産(と、ついでに服もほとんど)を没収され、パンツ一丁にボロい竪琴ひとつという、世にも惨めな姿で城門から放り出された。


 冷たい石畳の地面に這いつくばりながら、俺はハァ、と深いため息をつく。


「あーあ。やらかした」


 まぁ、盛りすぎた話はいずれバレるのが世の常だ。

今回の件は、口先稼業の良い勉強代だったと思うことにしよう。

全財産消えたけど……。


 さて、一文無しのどん底だ。

でも、俺の頭の中には、世界を幾度でも騙せる最強の「唄」がある。


「次は……もうちょっと騙されやすくて、見た目だけはガチで強い、扱いやすい『最高の神輿』でも探すかねぇ」


 俺は懲りもせず、ニヤリと腹黒い笑みを浮かべ、泥にまみれた竪琴を拾い上げた。

 これが、のちに世界を裏から洗脳することになる最凶の吟遊詩人の、最高にマヌケな第一歩である。

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