風鳴る戦場
屋敷は、もう原形を留めていなかった。
壁は崩れ、柱は裂け、庭だった場所には巨大な亀裂が走っている。
森も半分以上が吹き飛ばされ、残っている木々すら風に軋み続けていた。
その中心に、天狗は立っている。
対するのは五人。
互いにもう満身創痍だった。
だが、誰も退こうとはしない。
天狗の視線が、恒一へ向く。
「恒一が戻ってくるのは分かっていた。しかし紫乃までそっちに立つとはな」
いつもよりも声が低く、僅かに怒りが混じっているのを、恒一と紫乃は肌で感じていた。
恒一は真っ直ぐ天狗を見る。
「違います、お父様。私はあなたを止めに来た」
「……血も繋がらぬというのに、よくそこまで反抗できる」
「関係ないです」
恒一の声は極めて静かだった。
「あなたを止めたい。それだけだ」
少しの沈黙。
天狗は紫乃に目を向ける。
「……思い出したのか」
「おかげさまでね」
「……そうか」
天狗は紫乃にそのまま尋ねた。
「お前はなぜそっちにいる」
「私は元々あなたに付いた覚えはないわよ。ただ恒一の為に一緒にいただけ」
「親不孝者がっ!」
天狗の周りに風が集まる。
その直後、颯が前へ飛び出した。
「行くぞっ!!」
颯が風渡りで空中を蹴り、一気に加速する。
さらに風影を使い、残像が複数に分かれ、天狗を囲むように走った。
その隙へ、蒼真が踏み込む。
「瞬閃!!」
重い斬撃が天狗に叩き込まれる。
天狗が腕で受け流した瞬間、颯が背後へ回った。
その手には、山嵐羽扇。
「烈風掌!!!」
颯が叫びながら山嵐羽扇を振るう。
しかしそう易々と扱える代物では無かった。
それでも、暴風だけは発生する。
荒れ狂う風が天狗の動きをわずかに乱した。
その風に乗り、紫乃の蝶の羽が舞う。
更に天狗の視界を埋める蝶が発生した。
さらに、恒一が地面へ手をかざすと、土が蠢き、泥が盛り上がる。
そこから、無数の泥で出来た人形が現れ、天狗へ一斉に襲い掛かった。
「押し切るぞ!!」
蒼真が叫ぶと同時に、天狗が風を放つ。
泥人形が砕け散るが、その隙に時夜が前へ出た。
指で円を作り、その中で天狗を捉える。
そして、天狗が止まった。
その瞬間、時夜以外の全員が動く。
「双閃烈空!!」
「嵐脚!!」
「怨倍撃!!」
「羽裂!!」
轟音が響き、崩れた屋敷の残骸が吹き飛んだ。
地面が陥没し、風が乱れる。
攻撃が終わった時、五人全員が息を荒げていた。
そして、土煙の向こうから、風が吹く。
空気は震えていた。
ゆっくりと天狗が姿を現す。
傷は増えていて、血も流れていた。
それでも尚、天狗の凄まじい圧は消えていない。
颯の顔から笑みが消える。
「……まだ立つのかよ」
恒一が天狗に向かって叫んだ。
「お父様っ!聞いてください!」
天狗は答えようとしない。
ただ、静かに手を上げた。
一瞬のうちに、周囲の風が一点へ集まる。
屋敷の残骸が宙に浮き、砕けた木々や草が次々と巻き上がった。
時夜の表情が険しくなった。
「全員、離れろ」
天狗の肉体はとうに限界を超えている。
それでも風は吹き荒れていた。
いや、むしろ荒れていた。
制御を失った嵐のように。
天狗が口を開く。
「全て終わらせる」
風が収束し、空気が悲鳴を上げた。
「……天断風」
一閃の風が、世界そのものを裂く。
否、それは既に風ではなく、巨大な断裂だった。
屋敷の残骸が消し飛び、地面が割れる。
森の跡地すら抉り取っていった。
(このままじゃ全員呑まれる…!)
そう判断した瞬間、恒一が前へ出た。
「下がれ!!」
地面が隆起し、泥が噴き上がる。
無数の泥人形が、地面から一斉に現れた。
何重にも壁を作り、五人を守る。
暴風が直撃した瞬間、泥人形たちが一斉に崩れた。
しかし、吹き飛ばされたわけではない。
恒一自身が、威力を受け流すために衝突の直前で人形を破壊していた。
それでも、止めきることは出来ない。
蒼真が吹き飛び、颯が瓦礫へ叩きつけられる。
紫乃が地面を叩き伏せられ、恒一も地面を転がった。
土煙が広がり、静寂が訪れる。
その中で立っていたのは、時夜だけだった。
天狗が時夜に視線を向ける。
「やはりお前はまだ立つか」
時夜は血を拭い、笑った。
「ここからだからな、まだ死ねねぇ」
次の瞬間、時夜が踏み込む。
拳がぶつかり、蹴りが交差する。
至近距離での殴り合い。
拳がぶつかる度に、周囲の瓦礫が砕ける。
天狗の一撃の重さは異常だった。
時夜の拳が天狗の頬を掠める。
だが返しの一撃が、時夜の腹へ深く入った。
時夜の体が吹き飛ぶ。
崩れた地面を転がり、瓦礫へ叩きつけられた。
倒れたまま、血を吐く。
それでも時夜は笑っていた。
「……まだ終わってねぇよ」
天狗が目を細める。
その背後では、吹き飛ばされたはずの仲間たちが、ゆっくりと立ち上がっていた。
最後の戦いは、まだ終わらない。




