繋ぎ止めたかったもの
暗闇の静かな部屋。
窓から差し込む光だけが、そこを照らしている。
小さな少年が座っていた。
その前にあるのは人形。
何体も並べられている。
だがその顔は、どれも歪だった。
「……また作ってるの?」
声がする。
振り向くと、少女が立っていた。
ボロボロの顔で優しく微笑んでいる。
少年は少しだけ顔をしかめる。
「別に」
少女はゆっくりと近づく。
人形を一つ手に取る。
「これ、誰?」
少年は答えずに、少しだけ視線を逸らす。
少女は気づく。
「ああ……この前の人か」
優しい声。
責めるでもなく、ただ受け入れる。
「忘れたくないんだね」
少年の手が止まる。
「……違う」
小さな声。
「消えたくないだけだ」
少女は少しだけ目を細める。
そして、隣に座る。
「そっか」
静かに言う。
「でもね」
少年の方を見る。
「いなくなった人は、人形にしても戻ってこないよ」
少年の拳が強く握られる。
「……わかってる……でも、何もしなかったら」
声が震える。
「全部、なかったことになる」
沈黙。
少女は何も言わない。
ただ、そっと少年の頭に手を置く。
「……大丈夫」
優しく撫でる。
「君のことは私が覚えてる」
少年の目がわずかに揺れる。
「ずっと一緒だから」
手が伸びてくる。
触れそうで、触れられない。
しかし少女が少年の手を掴む。
「逃げよう……ここから」
その日は雨だった。
昼間はあいつらがいないから。
あの地獄から逃げ出した。
これは少年の何年も前の記憶だ。
今でもよく夢に見る。
「……誰だ」
見ていたはずの映像が歪み、場面が変わる。
森と風とあの時の戦場。
蝶が舞っている。
ひらひらと、ゆっくり。
そこには一人の女。
その女は蝶使い。
その姿を見た瞬間。
記憶が重なる。
自分を呼ぶ声が聞こえる。
さっきの声と同じの優しい声。
「……あ」
言葉が漏れる。
頭の奥で何かが繋がる。
ずっと他人だと思っていた。
ただの敵だと思ってた。
だが違う。
あの声。
あの目。
あの仕草。
「……違う」
呼吸が震える。
「……あいつは……」
ようやく思い出す。
閉じ込めていた記憶。
忘れていたわけじゃない。
見ないようにしていた。
またあの部屋を思い出してしまうから。
二人で手を繋いで逃げ出した時に約束した。
「お姉ちゃんが僕を守る代わりに……僕がお姉ちゃんを守るから……」
幼い二人は泣いている。
「だからお姉ちゃんはいなくならないでね……」
「……姉……ちゃん……」
掠れた声が、現実に戻る。
目が覚めると地面に倒れていた。
周りを見渡すと誰もいなかった。
人形使いの目から、涙が一筋流れる。
「……なんで……」
震える手が、泥を掴む。
「……なんで今なんだよ……」
涙は止まらない。
「……ごめんなさい…」
うずくまって泣いている彼に小さい足音が近づく。
ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは奏だった。
少し距離を取って、立っている。
奏は無言だった。
人形使いが奏を睨む。
だが、その目に力はない。
「……殺しに来たのか」
奏は首を振る。
「違います」
短い言葉。
それだけだった。
二人の間に沈黙が流れる中、風が吹く。
人形使いが力なく笑う。
「……じゃあ、何だよ」
奏は少しだけ考えてから言う。
「……確認です。ちゃんと、生きてるかの」
その言葉に人形使いの表情が止まる。
「……は?」
理解できない。
そんな顔をしていた。
奏は続ける。
「終わってないなら……まだやることがあるんですよね」
人形使いの眉が歪む。
「……何言ってんだよ」
声が震える。
怒りか、悲しみか。
自分でも分からない。
「全部……終わったんだよ……!」
拳を握る。
「姉ちゃんのことも……!」
声が詰まる。
「何も……知らなかった……!」
涙がまた落ちる。
「知ろうともしなかった……!思い出そうともしなかった……!」
またもや沈黙。
奏はそのまま聞いている。
否定はしない。
慰めもしない。
ただ、一歩だけ近づく。
「……なら」
静かな声。
「今からでいいんじゃないですか」
人形使いが顔を上げ、奏を見る。
「会いに行ったらいいんじゃないですか」
その一言。
まっすぐな言葉。
人形使いの目が揺れる。
「……会いに……」
繰り返す。
その言葉を信じられないように。
奏は頷く。
「まだ終わってないなら、終わらせるのは、自分で決めましょう」
長い沈黙が流れた。
人形使いの足は震えている。
「……あいつは……」
山の中の屋敷を見る。
「……そこにいるんだな」
人形使いは立とうとするが地面に手をついた。
立てない。
呼吸が乱れ、血が滲む。
「……くそ……」
拳を握る。
それでも、立とうとした。
だが体は言うことを聞かない。
その時ーー
肩に重みが乗った。
支えられている。
人形使いが目を見開く。
横を見ると奏がいた。
無言で肩を貸している。
「……何してる」
奏は前を見たまま言う。
「行きましょう」
短い。
人形使いが眉を歪める。
「……ふざけるなよ……俺は敵だぞ」
奏は少しだけ視線を向ける。
「知ってますよ」
そして前を向く。
「でも今は違う」
人形使いの呼吸が揺れる。
「……何が違う」
奏は少し考え、答えた。
「たぶん今は目的が一緒ですから」
その一言で人形使いの表情が止まる。
言葉が出ない。
ただ、視線が落ちる。
「……勝手だな」
小さく笑う。
だが、その声に力はない。
奏は何も言わない。
ただ、支える。
一歩、また一歩。
ゆっくりと進む。
灯りがないただただ静かな泥まみれの山道。
二人の足音だけが響く。
奏が小さく息を吐く。
「……これでいいんですよね」
誰に言うのでもなく、そう呟いたーー




