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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第13話:この地は、伯爵家の『聖域』につき。

 その日は、朝から空気がひりついていた。


 俺の広域センサーが、大地をなぞる不快な振動を拾ったのは、ちょうど朝食の匂いが梁まで届かなくなった頃だ。


 鉄の錆びた匂い。手入れの行き届かない馬の、荒い鼻息。


 そして、静かな森の平穏を切り裂く、あの下品な鞭の音が風に乗って届く。


 魔導商館のデータベースが、無機質に、しかし警告の色を強めて告げた。



【接近:カミール子爵家・徴税執行部隊。武装兵30、指揮官バシム。目標地点まで残り400】



(……来たか。思ったより早かったじゃないか、小悪党)


 俺は静かに、外廊下を監視する【魔導の目】の解像度を上げた。


 森の境界線、その向こうから現れたのは、土埃を巻き上げて進む一団だ。


 先頭で馬を躍らせているのは、あの役人バシム。先日、境界の外から品定めするようにこちらを「嗅いで」いた男だ。あの時は様子見で引き返していったが、今度は後ろに三十人もの兵を従え、これ以上ないほど傲慢な笑みを浮かべていた。どうやら、正面から踏みにじる準備を整えてきたらしい。


「――聞こえるか、不法占拠者ども!」


 バシムが声を張り上げた。


 外壁の集音センサーが拾ったその声は、建物の建付けを震わせるような、卑屈さと尊大さが混じり合った不快な波形ノイズだった。


 その声が響いた瞬間、俺の廊下で掃除をしていた男たちの動きが、一斉に止まった。


 水桶を持っていた手が震え、バシャリと水が床にこぼれる。さっきまで俺の床暖房に温められ、やっと人間らしい色艶を取り戻しつつあった彼らの顔から、一気に血の気が引いていく。


 男たちは、かつての地獄――鎖と鞭、そして「所有物」として扱われた日々を思い出したように、必死に自分の首筋を隠すように丸まった。


 その光景を見て、バシムは馬上で下品に肩を揺らした。


「この建物は、偉大なるカミール子爵閣下の領地に無断で建てられた違法なものだ! 本日をもって、家の中にあるすべての財産、および不法占拠者どもを没収する! 抵抗する者は斬り捨てろ! 女子供も容赦するな、閣下の開拓地で死ぬまで働かせてやる!」


 その叫びを聞いたミアが、ルカを背中に庇うようにして廊下に飛び出した。


 ミアの指が、自分の頬に触れる。そこにはまだ、あの日、俺が与えた「痛くない」感触が残っている。彼女はその温もりを確かめるように、震える足に力を込めた。


「ルカ、お家様の奥へ! 絶対に、離しちゃダメだよ!」


 ルカは唇を噛み切りそうなほど強く結び、膝の震えを必死に抑え込んでいるのに、それでも逃げようとはしなかった。


 俺のコアが、静かに熱を帯びる。


 こいつらは、俺の住人だ。俺の床を磨き、俺の柱を愛おしそうに撫で、俺の中でやっと安らぎを知った、俺の大切な家族だ。


 それを没収? 鎖で繋ぐ? ……ふざけるな。


 俺はBPを消費し、障壁の出力を最大に引き上げた。


 目に見える変化はない。だが、俺の壁の一ミリ外側には、物理法則を拒絶する「絶対的な拒絶」の層が完成していた。


「おい、何をぼさっとしている! まずはその生意気なガキどもを引きずり出せ! 邪魔な壁は叩き壊せ!」


 バシムの怒声を受け、先頭の兵士が巨大な斧を振り上げた。


 筋骨隆々の兵士が、全体重を乗せて俺の主門へと斧を叩きつける。


 ガキンッ!!


 凄まじい火花が散り、森の鳥たちが一斉に飛び立つほどの衝撃音が響いた。


 だが。斧の刃は、俺の壁に触れることすらできなかった。


 虚空に弾かれた斧は、信じられないほどの反動となって兵士の手首を襲う。


「ぐああああっ!?」


 兵士が悲鳴を上げて後退る。


 見れば、自慢の巨大な斧の刃は、まるでおもちゃの錫のように無残にひしゃげ、柄の根元からボッキリと折れていた。


「な……っ!? なんだ、今のは! 魔法障壁か!? 構わん、全員でかかれ! この程度の掘っ立て小屋、力任せに壊せば済むことだ!」


 バシムが顔を真っ赤にして喚く。


 だが、何度挑んでも、結果は無残なものだった。槍を突き立てれば穂先が粉々になり、剣を叩きつければ刀身がガラスのように砕け散る。


 兵士たちの間に、次第に言葉にできない恐怖が広がり始めた。


「ば、化け物……この家、生きてやがる……!」


「黙れ! たかが家だぞ! 閣下より賜ったこのバシムが、引くわけにはいかんのだ!」


 バシムが馬上から鞭を振り回し、逃げ腰の兵士たちを追い立てる。


 男たちの絶望と、役人の傲慢が入り混じり、戦場のような殺気が俺を包み込もうとした――その時だ。


 ――ヴォオオオオオオオン。


 地の底から響くような、重厚で、かつ洗練されたラッパの音が、森の空気を一変させた。


 街道の先から立ち上る、巨大な砂塵。


 一分の乱れもない、白銀の甲冑を纏った騎兵の群れ。


 その中央には、ローゼルス伯爵家の紋章――高潔なる百合と剣――を掲げた、見たこともないほど豪華な馬車が鎮座していた。


 バシムの連れてきた、手入れもされていない「野盗上がり」の兵士たちとは、纏う空気の重さが違った。一糸乱れぬ行軍で近づいてくる彼らは、まさに「本物の権威」そのものだ。


 馬車が、俺の障壁のすぐそばで静かに止まる。


 御者が恭しく扉を開けると、一人の女性が降り立った。


 伯爵夫人、エレノア。


 彼女は、泥溜めを避けるかのように、優雅に裾を持ち上げた。


 その肌は、数日前とは見違えるほど透き通り、まるで内側から光を放っているかのようだ。エレノアは、騒ぎ立てていたバシムたちを一瞥もせず、ただ不快な羽虫を見るような冷徹な瞳でバシムを見据えた。


「……耳障りね。私の休日を邪魔するのは、どこの野良犬かしら?」


 澄み渡るような、しかし心臓を直接掴まれるほど冷たい声。


 バシムの顔から、一気に血の気が引いた。彼は慌てて馬から転げ落ち、地面に膝をつく。


「ロ、ローゼルス伯爵夫人……!? こ、これは、お見苦しいところを……! 我々はカミール子爵閣下の正当な権利に基づき、この不法占拠者と、怪しげな魔導建築物を接収しようとしていたところでして……!」


 バシムは、夫人の顔色が良くなっていることにすら気づかず、必死に自分の正当性をまくしたてた。


「夫人、お救いください! この家は魔法で兵を傷つけ、閣下の法を無視しているのです! 先日、遠巻きに調査した際も、あからさまに不遜な構えを見せておりました。共にこの化け物屋敷を――」


「子爵? ああ、あの不潔な成り上がりの」


 夫人は、小さく鼻で笑った。


 バシムが絶対の盾として掲げていた「カミール子爵」の名を、一瞬で、価値のないゴミのように切り捨てたのだ。


「残念ながら、その権利とやらは今この瞬間に消滅したわ。これ以上、その汚い口を動かさないで頂ける? 私の大切な『お家様』の空気が汚れるから」


「なっ……な、何を仰る! ここは子爵閣下が陛下より賜った領地……!」


「無知とは罪ね、カシム」


 夫人の呼びかけに応じるように、馬車の陰から一人の男が歩み出た。


 カシムだ。


 彼は、これまで見たこともないほど高級な仕立ての服に身を包み、完璧に「勝ち誇った顔」でバシムを見下ろした。


「……バシム殿。お家様に触れるなど、不敬が過ぎますぞ」


 カシムが懐から取り出したのは、真っ赤な蝋で封印された、重厚な羊皮紙の公文書だ。


 そこにはローゼルス伯爵の署名と、領主連合の承認印が、これでもかと並んでいた。


「本日付をもって、この建物および周囲一帯の森林は、ローゼルス伯爵家の『永久直轄保護区』に指定された。以後、当家の許可なき立ち入りは、たとえカミール子爵本人であっても伯爵家に対する『宣戦布告』、および反逆罪と見なされる」


 カシムの声が、バシムの頭上に雷のように落ちた。


 反逆。その二文字の重みに、バシムの膝が、生まれたての小鹿のようにがくがくと震え始める。


「そ、そんな……手続きには、数ヶ月はかかるはず……! こんなのは捏造だ! カシム、貴様、夫人に何を吹き込んだ!」


「あら、私がこの肌で感じた奇跡を、捏造だと言うの?」


 夫人が一歩、バシムの方へ歩みを進めた。


 バシムは、その美しすぎる肌の質感にようやく気づき、絶望に目を見開いた。


「……この『神殿』は、私の美と健康を守るための、大切な聖域なの。それを叩き壊そうとした罪……。バシム殿、その斧を握った腕、もう必要ないのかしら?」


 背後で、三十名の重装騎士たちが一斉に槍を構えた。


 ガシャンッ! という鋭い金属音が、バシムの死刑宣告のように響く。


「ひ……っ、ひぃぃぃっ……!! お、お許しを! 我々はただ、閣下の命令でっ!!」


 バシムは、もはや鼻水を垂らしながら、地面に額をこすりつけて命乞いを始めた。


 だが、その恐怖が、絶望のあまり極限の狂気へと反転した。


「……狂っておる、どいつもこいつも狂っておるわ! 伯爵家がなんだ! この家さえ、この化け物屋敷さえなければ!!」


 馬上で泡を吹いたバシムが、狂乱のままに叫んだ。


「放て! 火矢だ! 石でも何でもいい、投げつけろ! 跡形もなく焼き尽くし、叩き潰せ!!」


 動揺した兵士たちが、数本の火矢を放ち、足元の石をヤケクソ気味に投げつけた。炎の尾を引く矢と、不揃いな石が俺の壁へと殺到する。


(……やれやれ。煤で汚されるのも、庭に石を転がされるのも勘弁だぞ?)


 俺はランクアップで解放された【買い取り】を起動した。



【鑑定:火矢(粗悪な鉄の鏃を含む) × 12 ―― 査定価格:1 BPキャンペーンおまけ

【鑑定:その辺の石ころ ―― 査定価格:0 BP(価値なし)】



(……1BP!? あれだけ飛んできて、缶ジュース一本分にもならねぇのかよ! あぁ、鏃の鉄くず分だけは認めてやるってことか……世知辛いねぇ)


 俺の壁に触れる直前。火矢も、そして投げつけられた石も、空間の歪みに吸い込まれるようにして「ヒュン」と音もなく消えた。物理法則を無視した、あまりに不自然な完全消失。


「な……っ!? 矢も、石も……消えた……?」


 バシムが呆然と呟き、持っていた鞭を落とした。


(……チッ、本当にただの端た金だな。どうせ飛ばしてくるならもっと、こう……『素材そのものに希少価値があるような代物』を飛ばしてこいよ。そうすれば、こっちもニコニコで査定してやるんだがな)


 もちろん、そんな強欲な言葉が彼に届くはずもない。


 だが、俺のコアの隅っこに、ある「確信」が刻まれた。


「連れていきなさい。カミール子爵には、私から直接『お便り』を差し上げておくわ。領土侵犯の慰謝料として、あの鉱山の一つでも頂戴しようかしら」


「は、ははぁっ!!」


 バシムは立ち上がることもできず、四つん這いのまま馬に飛び乗ると、自分の兵を突き飛ばしながら、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。残された兵士たちも、ひしゃげた武器を放り出し、我先にとその背中を追いかける。


 俺の壁に、指一本触れることもできず。住人を一人も傷つけることもできず。ただ無様に恥を晒し、すべてを失って逃げ帰る。


 ――ざまぁ、見やがれ。


 俺は、走り去るバシムの馬の足元だけ、【床暖房を瞬間的に100度】まで引き上げた。


「ヒヒンッ!」


 馬が跳ねた。鞍が浮いた。


「うわっ――」


 バシムはずり落ち、転がった先の地面に尻をつく。


「アチッ!? アチチチチッ!!」


 一人が笑うと、それは一気に伝染した。


「見たかよ! あの役人のケツ、真っ赤だぞ!」


「勝った……俺たち、勝ったんだ!」


 男たちは互いの肩を抱き合い、ある者は涙を流しながら、俺の柱をそっと撫でた。


 ミアはルカを強く抱き寄せ、何度も、何度も頷いた。


「……もう、大丈夫だよ、ルカ。お家様が、守ってくれたんだよ」


 俺は返事の代わりに、換気窓をパタパタと鳴らした。


 カシムが馬車を振り返り、優雅に頭を下げる。


「お家様、最高の客人を連れて参りましたぞ。……さあ夫人、ここからは『神殿』の真骨頂にございます」


 エレノア夫人は、期待に目を輝かせながら、俺の玄関へと足を踏み入れた。

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