第11話
宿営地に到着したのは日没にはまだ早い時間だった。
次の宿営地まで足を伸ばすほどの時間はない。
今日はおとなしくこの宿営地で一泊だ。
べつに急ぎの旅ってわけでもないからな。
ジュナの人々は荷物を待ってると思うけど、夜を徹してまで急ぐことはない。
リーシュカも初めての運転だし、しっかり休みを取るべきだ。
ジュナへの街道が不人気なこともあって、宿営地は貸し切りだった。
「よし、今日はキャンプをするよ」
「きゃんぷ……ですか?」
前世でキャンパーだったわけではない俺に、キャンプの専門的な知識はない。
キャンプへの憧れはあったから、キャンプを題材にしたアニメは見ていたが、それだけで同じことができるかというとな。
だが、俺には女神様からもらったギフトがある。
「『置き配』!」
俺がギフトの名前を唱えると、手元にタブレットが現れた。
「その不思議な光る板、クルマの中でもずっと見てましたよね」
「これが僕のギフトの秘密だよ」
タブレットには、二件の通知が残っている。
ひとつは、『配達クエストを達成しました!:配達人ギルドに推薦状を届けよう!』。
報酬は3000配達ポイントとある。
もうひとつは、『初回限定ポイントを獲得しました!』で、こっちは50万配達ポイントだ。
配達クエストの報酬が少なめなのは、同じ街の中の配達で簡単だったからか。
逆に、初回限定ポイントが多いのは、このポイントで最低限の支度をしてねという配慮なんだろう。
「ええと、BANBTSUのアイコンは……これだな」
俺はなんでも通販アプリを立ち上げる。
通販アプリのメニューバーに『保有ポイント 503,000』と表示されている。
その使い道は、ドライブ中にじっくり考えた。
ここまでの道中はリーシュカが運転してくれていたからな。
「フードデリバリーで済ませてもいいけど、ひさしぶりにあれが食べたいんだよな」
俺はBANBTSUをブラウズして目当てのものをカートに入れると、
「注文っと」
注文ボタンをタップすると、注文確認画面に遷移した。
そこで確定ボタンを押そうとして、気になる注意事項を見つけた。
「……ん? これは?」
『BANBTSUで購入された商品には以下の保証がつきます。
①動作保証 電気やガス、燃料、通信環境がなくても正常に動作します。
②盗難保証 盗難されると消滅します。
③下取り 不要になったら回収します。
神様各位におかれましては、地上の文明への悪影響なきよう、節度を持ったご利用をお願い申し上げます。
愛と絆の神エルフィアナ 拝』
女神様、やっぱり苦労してそうだな……。
いや、それより、
「この保証はすごく助かるね! それならあれも買っちゃおう!」
俺はBANBTSUの検索窓に「電子レンジ」と打ち込み、めぼしい商品を見つけてカートに突っ込む。
そして今度こそ注文を確定する。
お届け先は現在地、お届け日時は今すぐだ。
ぽん、と軽い音がして、俺の目の前の空中にかわいらしい小動物が現れた。
ふよふよと宙に浮いてるそいつは、
「クルル……だっけ」
女神様に紹介された配達役のカーバンクルだよな。
「わっ、かわいいです!」
リーシュカが歓声を上げるが、クルルはびくっとしてスルー。
クルルは顔を地面に向けると、額の透明な宝石を輝かせる。
ぶうん、と空間の振動する音とともに、俺の注文した電子レンジと今晩のメシが現れた。
「ただの空間魔法じゃないな。異世界から直接召喚しているのか?」
俺も空間魔法は得意だが、さすがに異世界からものを召喚することはできない。
それはもう神の領域だと俺が勉強に使っていた本には書かれていた。
「ありがとう、クルル。君ってすごいんだね」
頭を撫でようとそっと手を伸ばしてみるが、クルルは俺の手をひらりとかわすと、慌てた様子で虚空に消え去ってしまった。
……そういえば人見知りだって言ってたっけ。
対面での対応になってしまって悪かったかもしれない。
「今の子も気になりますけど、これ、なんですかぁ?」
リーシュカが電子レンジの箱の前にしゃがみこみ、箱を指でつつきながら言ってくる。
「実際に使ってみればわかるよ。僕はレンジの箱を開けるから、リーシュカはそっちの箱を開けてくれる?」
「この茶色い紙の箱ですかぁ? ……わっ、おいしそうな料理の絵が描かれたものが入ってます。開けてよそえばいいんですかぁ?」
「いや、レンジでチンしてからだからまだ開けないで。って、重いなぁ」
「あ、手伝いますよぉ」
重いレンジを箱から取り出すのに苦労する俺を、リーシュカがすぐに手伝ってくれる。
梱包から取り出したレンジは、宿営地に据えられた木のテーブルの上に置く。
テーブルは丸太を切って組み合わせただけの頑丈そうな作りだ。
前世でも自然公園とかでよく見たやつだな。
「電源はいらないんだったね。このレンジに、ご飯のパックを入れて……二分、と」
「わっ、なんか低い音がしますよぉ。中に入れたものが回ってますぅ!」
待つこと二分、チン!と軽快な音がした。
「リーシュカ、スープ用のお皿はある? これをよそってほしいんだけど」
「はい、これでいいですかぁ? わ、熱々になってます! どんな魔法なんですかぁ?」
「後で説明するよ。次はレトルトのカレーを……」
といった具合で、俺は用意したレンチン食材を次々にレンジで温めていく。
「これで完成だね」
「す、すごい……温かい料理がこんなに短時間でできちゃいました!」
と褒めてくれるリーシュカには悪いんだが、今夜のメニューは手抜きである。
疲れてるからカレーでいいか、という後ろ向きな発想からはじまり、せめてもの健康意識で米パックは玄米のものに。
サラダを作る気力もないから糖質オフの野菜ジュースでごまかすことに。
とはいえ、せっかくの初「置き配」メシなので、レトルトのカレーはちょっとお高いものにした。
「明日からはもうちょっと考えるよ」
「い、いえ、とてもおいしそうですけど!」
「じゃあ、冷めないうちに食べようか」
俺はスプーンで目の前にあるグリーンカレーをひとすくい。
「……なつかしいな」
このグリーンカレー、前世で好きだったやつなんだよな。
仕事に終われ、事務所兼自宅に縛られっぱなしの毎日だった。
そんな毎日のささやかな癒やしのひとつがこのグリーンカレーだったのだ。
もちろん、ただのカレーもおいしいんだが、普通のカレーは日本に根づきすぎていて、非日常感があまりない。
それがグリーンカレーになると、異国情緒がぐっと増してくる。
家にいながら海外に行った気分になれるのだ。
いつか海外旅行に、とも思っていたが、やっぱりいろいろ面倒だし。
仕事で頭がいっぱいの時に旅行の段取りを考えるのは正直しんどい。
でも、海外旅行みたいな大きな楽しみがなくても、小さな楽しみを刻んでいければ人生それなりにハッピーだ。
なにも、もらったギフトで俺TUEEEしたりハーレム築いたりしなくてもいい。
その意味で「置き配」はまさに俺の望んだ通りのギフトである。
「ふわ、おいしいです、これ!」
リーシュカが食べているのは普通のカレーだ。
リーシュカにはグリーンカレーだと冒険すぎる気がしたからな。
辛さもいちばん甘いのにしておいた。
二度目の人生で俺が生まれたあたりには香辛料を使った料理がないんだよな。
「ノエル様のは違うものなんですかぁ?」
「食べてみる?」
俺とリーシュカは一口ずつカレーを交換する。
「うん、こっちもおいしいね。ちょっと辛さが物足りないけど」
「わわ、独特な風味ですね……。私は最初のやつのほうが好きかもです」
「だと思った。食べ終わったら、食器の片付けはお願いするね。僕は別のことをやるから」
「もちろんですけど……何をされるんです?」
「お風呂を入れようと思って」




