今日も快晴
人は、この感情になんて名前をつけるのだろう
ピピピピ……
朝の日差しと共に、甲高い電子音で意識が覚醒する。
重たい頭を緩く振り、スマートフォンの目覚ましを止める。
時刻は朝の7時45分。
月曜日、大学に行かなくてはいけない。
今日の講義は2コマ目から、ゆっくりでも平気だ。
目の奥が痛む感覚がする、でもそれを無視して冷水で顔を洗った。
痛むほどに冷たい水が眠気をゆるやかに吹き飛ばしていく。
今日もまだ、寒い日だ。
メッセージアプリの通知が溜まっている。
既読も見ることもできなかった、彼からのメッセージ。
怖くて中は見れない。
私は彼にあんな、あんな…ひどいことを言ってしまった。
謝りたい気持ちと怖い気持ちがぐるぐると心の中をかき乱していく。
心が重たい。
カーテンを開けると悲しいくらいの快晴だった。
白い雲が青空に浮かび、光る太陽は何気ない朝を知らせていた。
大学まで時間がたっぷり…とは言わないが、まだまだ時間がある。
何をしよう。
いつもは、何をしていたのだろうか。
昨日していたことも満足に出来ないくらい私の心は疲れているようだ。
二度寝をしようにも顔を洗ってしまったからもう眠たくもない。
数度思考を回して、ノートパソコンを開く。
──────…小説サイトのマイページへ飛ぶ。
メールがいくつか届いている。
───さんが貴方の小説を評価しました!
───さんからダイレクトメールが届いています!
DMを確認する。
小説への、感想のメッセージが届いているようだ。
『初めて感想を送らせてもらいます。
貴方の作品が好きです。何気ない日常風景に小さな色を滲ませるような文章でした。
風の音、雨の匂い、体温、何気ない全てが暖かいようで、少し冷たいようで
感情描写、というのでしょうか、丁寧で、心が温かくなります。
暖かく、優しいことばかりを書いていない小説は普段あまり触れないのでとても新鮮に思えました。
誰かに対する感情が必ずしも、良い方向へ行くわけではないと知っています。
善意での好意も、相手からすれば心に泥のように溜まってしまうこともある。そんな、当たり前で、誰も見たくない感情に、目を向けて書いていく。
とても、素敵だと思いました。最終回まであと少しですが、続きを楽しみにしています。
───…ここからは私事なのですが、先日友人と少し喧嘩…をしてしましました。
私も、文字書き…小説を書いています。
友人は私の成功をいつも心から喜んでくれていました。お祝いや、感想など、細かに配慮して私へ言葉を綴ってくれていました。
私は、それがとても嬉しく、喜ばしく、彼女の気持ちを知らないで、能天気に話していました。
…彼女の心を聞きました。
辛い、と。
私も、分からないわけではありません。
しかし、同時に嬉しかった。悔しい、と。私に対して彼女はそう言ってくれました。
私は、本を出している小説家です。他にも私の活動を知っている物書きの方はいらっしゃいますが、羨ましいなど、天才…とまでは言いませんが、才能があると手放しに私の作品を褒めてくださいます。
そんな中、彼女だけが、悔しい、と。真っ直ぐに伝えてきてくれた。
私は彼女に謝りたいです。彼女が私に向けてきた感情は、ただ、ひたむきに真っ直ぐでした。
悲しくなかったのかと言われると悲しかったです。
でも、それでも、控えめで抑えがちな彼女が私に向けてきた感情をしっかり受け取った上で私は話がしたいと思っています。
長くなってしまい、申し訳ありません。
…俺は海の小説が好きだよ。本当に』
視界が揺れる。
目の奥が熱い。
ひどい、こんなひどいことはない。
───…読者は、薄情だ。
───面白くなければ見ないし、評価もしない。
欲しい言葉や感想はくれない。
でも、こんな、こんなこと言われたら
書かないわけにはいかない。
言葉が足りないにも程がある、お互いに。
頭の中がぐるぐるする。文字が浮かび上がってはすぐに消えていく。
あぁ、気持ち悪い。早く全部、吐き出してしまおう。
『小説作成ページ』
開かれたページには何行か小説が書かれている。
…違う、これじゃない。私が書きたいのはこうじゃない。
全選択削除
真っ白なページに文字を打ち込む。
消えゆく文字と心を必死に拾って繋いで言葉を紡ぐ。
熱い、心臓が早くなっている。
早く書きたい。
早く、書き上げたい。
打ち込むペースがどんどん早くなっていく。
吐き出す言葉の全てが美しく、ガラス細工のように繊細であったらきっと、すごく素敵だ。
でも、私の小説は、泥の中で見つけるビー玉みたいなもの。
汚れたって、綺麗なものは、綺麗だ。
誰も見たくない感情も───…きっと、誰かに届けば綺麗なものになる。
どれだけ時間が経ったのだろうか、気が付けばもう昼だ。
…意図せずして初めて大学をサボってしまった。
スマートフォンにはいくつかの通知が来ていたようだが集中していて音が聞こえなかったようだ。
大学の友人に「ごめん、寝坊しちゃった」っとメッセージを入れる。
ノートパソコンに目をうつせば、真っ白だったページは文字だらけ。
吐き出した文字はひどいものだ。
稚拙で、欲ばっかりのもの。綺麗なんて言えたものじゃない。
文字を指でなぞる。
でも、今まで一番、熱い言葉が並んでいる。
小説の二人の話は無事に完結した。
男女二人は、陳腐にも永遠の愛を語って結ばれた。
ありきたりで、王道の結末。
…これが、見たかったからいい。周りの言葉よりも私はこの気持ちを優先させた。
鼓動が早い。
スマートフォンに手をつけて、電話をかける。
彼に
3コールもしないうちに通話が繋がる。
躊躇うような息が聞こえた。
そんなこと気にしていられない、私は伝えたくてたまらない。
「───…今から」
「え?」
「今から最終話、アップするから一番に読んで欲しい」
「…わかった」
返事を聞くと急いで、小説を更新する。
「更新したよ」
「読むけど繋げとく?」
「繋げて」
「ん、わかった」
しばらくの間沈黙が流れる。
たまに、息を呑むような音が聞こえる。
しかし、静かだ。
チクタク、と家の時計の音がやけに響くような気がする。
もう、内蔵が痛い。
心というよりも、もうシンプルに緊張してる。
「───…ふぅ」
一区切りついたような声が聞こえた
「よんだ?」
「うん」
「…どうだった?」
「正直、いつもよりも文章が荒っぽい?っていうか勢い任せって感じがしたかもな。海の小説は丁寧で、透明な水みたいだったから」
「ぅ…」
確かに今回はもう、早く書きたい思いで書いた。
荒っぽい、確かに…そう、かも
「でも、面白い。結末は王道だけど、そこに至るまでの過程があるじゃん。まるで二人のことずっと応援してる親みたいな気持ちになれた。頑張って欲しくて、応援して、結ばれて…嬉しい気持ちになった。
…俺には、こういうのは書けない。俺は、自分の書ける小説がどんなもんかまぁ、なんとなくわかってるし、どういうのが俺の読者に読まれてるのかもわかってるつもり」
「空くんらしい」
「っしょ?だからさ、俺は海のこういう、一人だけに対して深い感情を注げる文章が好きだ」
「照れるやばい」
「俺もね、感想貰うとき同じ」
…同じ、そっか。同じなのか…。
ストンと胸に落ちる。同じ。
「…あのね、私、空くんに謝りたかった。言った言葉の全部は確かに本当だった。悔しくて、成功してなんていうかうん、劣等感…を抱いてたのかな。でも、それ悪いことだと思ってた。空くんの成功は喜ばしいことだったのに素直に祝って上げられなくて私、嫌な奴なんだと思ってた」
「いやお前はいいやつですよ」
「まぁ、聞いてよ」
ふふっと少し笑みがこぼれ落ちる。
私がそういうと彼は小さく返事をして黙ってくれた。
「でもさ、DMくれたじゃん?」
「はい、恥ずかしながら」
「照れてるんだ…」
「そりゃーな!!」
「なんというかねー…うん、シンプルに言うね。空くんっぽく」
「はい、どうぞ」
「バカバカしくなった」
「すげー言い切るじゃん」
「なんというか、自分が子供っぽくて呆れた」
「そうか?いいじゃん、可愛くて」
「そういうんじゃないけどね…まぁ、なんていうかさ、空くんが私のあの言葉を嬉しいって、真っ直ぐな言葉だって受け取ってすっっっごくもう、悩むのが馬鹿になった」
「うん?」
「言葉お互い足りないし…」
「いや俺はそこまでじゃない?」
「そうでもないよ~…、それに、好きって言われてもう、どうでもよくなった。空くんが私の作品を読んで、好きって言ってもらえて嬉しかった。あんなこと言った後だったのに」
「前も言ったんだけどな」
「お世辞だと思ってた」
電話越しにふかーーーいため息がこぼれ落ちたのが聞こえたが聞こえないふりをした。
なんというか、すっきりしたのだろうか。
もう、苦しくない…といえば嘘になるだろう。
きっと、これから小説を書いていくたびに、空くんが成功していくたびに悔しくてたまらない気持ちになっていく。
でも、それはそれでいい。だって悔しがったって嬉しがる。真っ直ぐな気持ちだと受け取られたらもう毒気も抜ける、毒があったわけではないけども。
力が抜けた。いい意味で。
彼は結局私よりも前を進んでいくだろう。
でも、そんな彼に言葉をかけ続けて、振り返って、追いついて。
それでいいことにした。
「ねぇ」
「んぁ?」
不意にかけた声に電話越しから気の抜けた声が聞こえてきておかしくなった。
「私も、空くんの作品好きだよ」
「………はい」
「照れてる?」
「静かにしてくださーーーい」
おかしくなって笑ってしまう。
窓を見上げる。
嬉しいくらいの快晴だった。
きっと私はこれからも、こうやって空を見上げていくんだろう。
そう思った。
『私のこの気持ちに感情をつけるとしたら』
わたし的にはもう、友情でいいかなって思ってるよ。




