ep.56 五十歩百歩の仲間割れ
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「おい、また遠くから妙な感じがするぞ……」
誰よりもいち早く、不穏な気配を察知したジョニィが、地面に這いつくばり耳を当てている。
一同、息を殺して周辺を警戒する。
静寂の向こうに微かな地響きが生じる。それは次第に大きくなり、こちらに近づいてきている。
「また魔物か!?」
「この感じは違ぇな……後ろ――いや、上か!」
――ズドォンッ!!
後方の通路にある天井の影。空洞になっている所から、鉄球のように丸い物体が落ちてきた。
「お、おぉ、ベタすぎるだろ……!」
あまりの事態に、呆気に取られた三人は固まる。
出現したのは、直径が人間の倍以上はあり、重さが数トンから十数トンはあろうかという大岩。それが愚かな盗掘者(?)を轢き殺そうと徐々に速度を上げて転がって来た。
「逃げろ!!」
悲鳴に似たドロシーの警告を合図に、皆一斉に駆け出した。
「うおおおぉぉぉ!? 嘘だろ、おいぃぃぃ!」
「どわあああああぁぁぁッ!! こンのマヌケザルがぁぁぁ! ワナを踏み抜きやがってぇぇぇ!」
「うぐっ、ジョニィに言われると腹立つがゴメン! とにかくゴメン! 悪気はないんだっ!」
「あってたまるか! ああ、コンチクショ――う? しめた! おい、あの通路の先に逃げ込むぞっ!」
広場で大岩に追い掛けられ、右往左往していたオレたちは、ジョニィに続いて通路に飛び込む。
「へへっ、どうよ! ここなら、あのデカブツは通れねぇだろ!」
サイズ的に大岩が入れない通路に逃げ込むことで、追跡を止める目論見らしい。
「おお! ジョニィにしてはナイスな機転だ!」
大岩から逃れるのに、これまたベタな手段だが、土壇場で思い付いたジョニィを、オレは素直に称賛する。
「……どうだろうな」
しかし、ドロシーはというと、表情を曇らせていてこの選択に懐疑的だ。
「なにぃ!? そんなバカなぁ!?」
素っ頓狂な声に釣られて視線を移す。したり顔を浮かべていたジョニィが一転、目をひん剥き仰天していた。
オレが振り返ると――なんと大岩が通路の中まで入ってきた。
「ジャストサイズじゃねぇか!」
ジョニィの狙いそれ自体は悪くなかった。しかし、大岩を押し止めるには通路が広すぎたのだ。
もはや一同には前進するしか逃げ場はなく、これでは広場で逃げ回っていたときよりも、状況が悪化してしまっている。
「チィ! 策士と謳われた俺様としたことが……まさか、こんな失態を演じるなんてよ!」
「策士だぁ!? どの世界線のジョニィだよ、そいつは! ――あぁクソッ! そもそも、こいつは坂でもねぇのに、なんで転がってきてるんだ!」
枝分かれした通路を右に曲がっても、左に曲がっても、しつこく追尾してくる大岩に、オレは当然の疑問を投げ付ける。
「大岩の表面に呪文が掘ってあるだろう! 魔力で自走しているのさ――って、呑気に喋ってる場合か! 今は脚を動かして逃げりゅ……あっ」
いつもの調子で解説に回っていたドロシーは、運動オンチも祟り、地面の段差に足を取られて盛大に転倒した。
一瞬、周囲一帯の明りが落ち掛けるが、そこはドロシー。同じ過ちは犯さない。
しかし、自分の活躍を闇に秘匿したいオレにとって、これは不都合な状況だ。
「ドロシー!」
「くっ……! 私に構うな、行け!」
地面に体を打ち付けたせいで、まだドロシーは立ち直れずにいる。心配して振り返るオレたちに、人生で一度は言ってみたい台詞トップスリーに入りそうなことを言った。
「そんなわけいくか!」
オレは踵を返して猛ダッシュ。戦槌を握り絞め、ドロシーへと迫る大岩に突進した。
「ジョニィ、ドロシーを――!」
頼む。と続ける間もなく大岩がオレの目の前に迫る。普段はチャランポランのジョニィだが、いざというときは出来る男だ。そこは大丈夫だろう。
(いけるか!? こんな大岩だぞ!)
今まで戦ったどの魔物よりも、重量のある物体だ。果たして、オレのスキルが通用するだろうか。
(ええい、ままよ! 強化スキル以下略――!)
血流が増し全身が熱を帯びる感覚。筋繊維が膨れ上がり、質量が何倍にも増大する錯覚。とにもかくにも、スキルの効果によりオレの全身に力がみなぎる。
踏み込んだ足が地面に埋まる。走力を活かし、戦槌をテニスラケットに見立てて、フォアハンドストロークの要領で大きく振るかぶる。
「ぉぉおおおらァあああああーーッ!!」
戦槌と大岩が激突!!
オレの怪力が炸裂し、力負けした大岩は砕けながらピンボールのように弾け飛ぶ。暗闇の向こうへ消え、程なくして凄まじい衝撃が走り洞窟内が揺れた。
「ス、スンゲェー……!」
「し、信じられない……あの大岩をたった一人で……魔法が使えないというのに……」
「き、鍛えてるからな! ほら、筋肉はなんとやらって言うだろ?」
瞠目する二人に振り返り、オレは筋トレ万能説を推す。けれど、やはりすべてを解決するとはいかず、我ながらかなり苦しいい訳だった。
「はーん、そんなもんか」
さして気にするふうでもなく聞き流すジョニィ。一方でドロシーの胡乱気な視線が刺さる。
「…………君はいったい」
(あ、怪しまれてる……まずい……非常にまずい状況だ……)
「そ、それよりも、怪我はないか? ドロシー」
「あ、ああ。私のほうは大丈夫だが……」
ドロシーの顔色を窺っていると、彼女の視線がとある一点に注がれていることに気づく。それに誘われるようにして、オレも視線を落とした。
「――え? あ……んなあああぁぁぁーー!?」
洞窟の防音効果を破り、オレの絶叫がこだまする。
「あ……あ、あぁ……」
わななくこの手には、柄の部分が折れ曲がった戦槌があった。
(最悪だ! 悪夢の再来……恐れていた事態がついに現実に!)
「え、衛生兵……だ、大丈夫だ……大丈夫……まだ致命傷だ……助かるぞ……」
支離滅裂な言葉を呟きながら、往生際の悪いオレは、曲がったのとは逆の方向に力を加えて、真っ直ぐに戻そうとする。
「ふんっ」
「あ」
折れた。応急処置のつもりが、余計なことをしたせいで、ついにはポッキリと折れてしまった。
こうなってしまったら、素人の手では手の施しようがない。鍛冶屋だって元の状態に直せるか不明だ。
この瞬間、レンタル料の他に弁償代金を支払うことが確定した。我がサブウェポン。新米軍曹は戦場へ投入されて早々に戦死である。
「……………………」
オレはショックのあまり言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
折れた戦槌を前にして地面に蹲る。ゴツゴツした岩肌が肘や膝に刺さりまあまあ痛い。
「そ、その……」
視界の隅で、なにやらドロシーがまごついている。それを押し退けてジョニィが前に出る。打ちひしがれるオレを慰めるように、肩に手を置いてきた。
「災難だったな。わかるぜその気持ち。まぁ元気出せよ、な?」
あのジョニィが、いつになく優しい言葉を掛けてくる。負債を抱えて弱ったオレの心に染み渡り、不覚にも涙が零れそうになった。
「ジョニィ…………」
(そうだよな、仲間だもんな……オレは、まだこいつを誤解していたのかもしれない)
そうとも。普段はチャランポランのジョニィだが、いざというときは出来る男だ。
人間は多面性を持つ。誰しも完璧ではなく、いい面があれば悪い面もある。
きっと委員長だって、気の緩みからちょっとした悪事を働いてしまうこともある。
きつと不良生徒だって、気まぐれで捨て猫を拾うことだってある。
非の打ちどころのない聖人や、徹頭徹尾どうしようもない屑なんてそうはいない。
ジョニィだって、ただ喧嘩っ早いだけじゃなく、傷付いた仲間に寄り添う心だって持ち合わせているのだ。
普段は横暴だが、ここぞというときは情に厚い、そんな映画版の某ガキ大将のように……。
そうして――。
当初はいがみ合っていたものの、数多の冒険を共にし、数多の困難を共に乗り越えてきた男たち。
そんな彼らの間には、対抗心だけではなく、いつしか友情と呼べるものが芽生え――……。
「そのニヤケ面をやめろ」
――――なかった。友情は、芽生えなかった。
「……ひひっ、くくく…………」
優しい言葉とは裏腹に、ジョニィは嗜虐的な実に嫌らし~い笑みを浮かべていた。
他人の不幸は蜜の味、とでもいうように愉悦に浸っているようだ。
どうしようもない屑がそこに居た。
思い出を捏造し、言葉を盛って好意的に解釈しようとしたところで、所詮は昨日今日行動を共にしている程度の浅い仲だったということだ。
「くく、ぷっ……ぶわぁーっはっはあ! ザマァ、ザマァミロだ! 俺様のヴァレン……ホニャララをへし折ったヤツが、今度はテメェの得物を折るなんてなア! いい気味だぜ!」
「こいつ、いつまでも過去のことをネチネチと……! みみっちいぞ! ちゃんと代金も弁償しただろうが!」
名前を忘れられて久しい、哀れヴァレンティーヌの弁償金のせいで、今のオレは貧乏まである。
ジョニィの愛剣を折ってしまったのは、不慮の事故みたいなものだったし、こちらは誠意を見せたのだから、過去に流すのが男というものだろう。
「ぅるせぇ! 恩はいつか返す! 恨みは百倍にして返すのが俺様のモットーだッ!」
「おまっ――最低だな! 次の魔物を成敗する前に、まずその捻くれた性根を叩き直してやる!」
「ハンッ、言うじゃねえか。曲がった武器ひとつ直せなかったくせによぉ」
「あ? お前、今ライン越えたぞ。覚悟はできてるんだろうな……」
「上等だ! かかってこいや!!」
「ぶっ潰す!!」
オレとジョニィはギャアギャアと喚きながら、小学生さながらの取っ組み合いを始める。
ジョニィの奴には頭にくるが、こんなことには、もちろん強化のスキルは使わない。
「ッシャアコノヤロー! どうだ! ギブするか、オラァ!」
「あでででで……ぎ、ぎぶ? ぎぶってなん――うぎゃああ! わぁーった! まいった! 降参だ降参ッ!」
ジョニィとプロのレスリングを繰り広げるうちに、なんだか楽しくなってきて、顎をしゃくれさせたオレが、コブラツイストから卍固めを仕掛けているときだった。
「すまない」
「へ?」
掃除の時間にじゃれ合う男子に、呆れた委員長女子が注意を――じゃない、不意にドロシーが謝罪の言葉を口にする。
「私のせいで、君に負担を掛けてしまって……」
自信家のドロシーにして、いつになく殊勝な態度だ。どっかのバカも見習って欲しい。
(あのドロシーだからこそ、自分のミスを許せないのかもしれない。危うく大岩の下敷きになる大事だったしな……)
「いや、そんな……ドロシーは悪くないだろ」
「うぐぐぐ……げっ、ギブ、ギブゥ!」
呆けていたオレは、土気色の必死な形相でタップするジョニィを開放してやる。それから、ばつが悪そうに肩を縮こませているドロシーへ静かに向き直った。
「補填してやりたいが、今は……て、手元に金が……」
金欠で弁償がままならず、悲痛な面持ちを浮かべているドロシー。それは、いつかのオレ……いつものオレのようだ。その気持ちは痛いほど解る。
そんな彼女を労わるように、オレは優しく肩に手を置いた。
「武器よりも仲間のほうが大切だ。ドロシーのためと思えば安いもんさ」
「…………そ、そうか」
「フッ……」
決まった。女子の前で最高にキメてしまった。
レンタル品を壊してしまったのは痛手だが、男気を上げたということで慰めとしよう。
「まあ、その、なんだ………」
(ドロシーだって、ほら……感動して言葉を詰まらせてるぜ?)
「涙目で言わなければ、恰好良かったんだがな」
ひとり格好付けていたオレから、気まずそうに目を逸らして、ドロシーはそう呟いた。
このとき、オレは頭の片隅で今回の洞窟探検で得られる報酬と、戦槌の弁償代金を概算していて、どうやらそれが顔に出てしまっていたようだ。
「うぅ……元はと言えば、オレのドジが招いた不幸だしな……」
大岩の罠を踏んだのは他ならぬオレであり、言うなれば自業自得だ。
洞窟探検もまだ序盤だというのに、早くもオレの心は折れそうだ。見るも無残なこの戦槌のように……。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




