ep.54 史上最悪の魔物
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「来てる……よな? どうだ、ジョニィ」
「お、おう。団体さんがお出ましだ」
「くれぐれも、私の足を引っ張るなよ」
「お前こそ、味方を薪にすんじゃねぇぞ」
オレ、ドロシー、ジョニィ。そろそろお馴染みとなってきた三名は、緊張の面持ちを並べ、声を潜めつつ、松明により照らされた薄暗い進路を見据えている。
洞窟内部は、意外にも音があまり反響しない。似た半円状の空間でも、下水道や高架下のトンネルなどとは構造が違うようだ。
ゴツゴツした天井。大蛇が這ったような溝が走る壁が、防音室に見る凸凹の働きをして、オレたちが立てた物音はすぐに吸収されているようだった。
そういった感じで、耳が痛くなるほど静寂に包まれていた洞窟内に、しかし先ほどからガサガサとした異音が混じり始める。
洞窟に潜む魔物が現れる予兆だ。
「場所を変えよう。この狭い通路で魔物と戦うのは危険だ」
ドロシーの提案に従い、オレたちは来た道を戻って、洞窟内でも比較的空間に余裕のある広場で待機する。
「ドロシー、頼む」
「明りだな。任せたまえ」
オレは手に持っていた松明を地面に置いて、例によってレンタル中の長剣を腰から抜く。
こうして冒険に出るのは二度目。
前回の冒険と、洞窟に到着するまでの道中、レフィエル(?)大平原の戦闘を経て、我ながら剣を構える姿も様になってきたと思う。
順調に経験値を貯めて、自分ではすっかり戦い慣れたつもりだが、やはり抜刀する瞬間は緊張する。
(たぶんだけど、この緊張は簡単には消せないし、失くさないほうがいいんだろうな)
勝敗を競うスポーツでもそうだが、これは命のやり取りをする戦闘であり、常に緊張感をもって臨むべし。人間、物事に慣れて油断しているときが一番危ないのだ。
「――よ、導となり我らの行方を照らしたまへ」
詠唱を終えたドロシーが発動させた魔法は、周囲一帯を明るく浮かび上がらせるというもの。
暗闇が支配する夜間の戦闘や、洞窟探検では非常に役立ち、両手が自由にもなるので重宝される魔法だ。
ただし、欠点もある。
光源らしい光源はないのだが、術者を中心に空間が照らし出されるので、自然と敵の敵対心を集めてしまうのが一点。
明りを保つためには、常に小魔力が消費され続ける点と、魔法にいくらか意識を割いていなければならない点だ。
(魔法も一長一短か……)
技術には体系と法則があり、それがあるから万人が学べるし再現が可能となる。
けれども、それは同時に限界や縛りがあるということ。
オレが元居た世界。現代世界の理を意図もたやすく超越する力、魔法。
素人からすると、ありとあらゆる願望を叶える万能の法に思えるが、少なくとも人々が扱う現状の魔法は、その域に到達していないと見える。
もしも魔法が万能ならば、この世のあらゆる苦労は取り払われ、悲劇は未然に防がれる。
魔物。戦争。飢饉。病。それらによる脅威は克服され、ついでにオレの金欠なんかも解決されているはずだ。
文明の発達も中世程度に留まらず、地上は人々が幸せに暮らすユートピアになっていなければおかしい。
(なんだか、覆面ヒーローの正体を知ってしまったみたいに、物悲しい気分だ……っと、悠長に浸っている場合じゃないな)
先ほどより異音が大きくなり、不穏な気配がより近づく。
オレたちは各々武器を手に、魔物が姿を現すのを待ち構える。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
果たして、広場に繋がる通路の奥、暗闇の向こうから姿を浮かび上がらせたのは――――虫だった。
小鬼でも、大鬼でも、醜妖精でも、その他魔獣でもない。
現われたのは現代世界にも存在していそうな見た目の虫。ただし、人間サイズの巨大な蟻だった。
日光に当たらないところで生息しているためか、全身は漂白されたように色が抜けている。
蠢く触覚に表情の一切がない三角形の顔。細い胴体に対して極端に膨らんだ腹部。そこから伸びるこれまた蠢く脚。巨大のせいで、普通なら気づかなかった体の細部まではっきりと見える。
「こ、ここは地獄……いや、蟻の巣かナニかか?」
どんな奴よりも、ある意味一番グロテスクな魔物の登場に、恐れおののくジョニィ。
「……来るべきじゃなかった。帰りたい」
オレの口から後悔の言葉が漏れた。自分でも表情が引きつっているのが分かる。
「何を言っている。魔物の巣窟だぞ、こんなのは序の口だろう」
尻込みする男性陣に比べて、ドロシー女史は強気だ。
「でも、ほら、だってさ、数が多いし……」
先頭の一匹が姿を現したのを皮切りに、ぞろぞろと後続がやって来る。狭い通路に巨大な蟻が密集している……肌が粟立つおぞましい光景だ。
「習性を考えれば、あんなものさ」
「お、おぉぉ……武者震いが止まんねぇ……!」
「そ、そうだなっ、まだ楽しい洞窟探検は序盤も序盤。尻込みしてる場合じゃないよなっ!」
オレは気を取り直して、挫けそうな心を奮い立たせて、洞察スキル〈千里眼・赤〉により巨大蟻を調べる。
主な能力は――
鋼鉄蟻(亜種) レベル5
生命力9 精神力2 体力10 筋力11 技術6 知性5
特殊能力:蟻酸 その他
――といったところか。
ビジュアルこそアレだけど、個々の能力は大平原に出現する魔物と大差ない。ジョニィでも対処可能なレベルだ。
敵が大軍というのは厄介だが、仲間と協力すれば十分切り抜けられる。
「くれぐれも火の扱いは気を付けてくれよ。蒸し焼きはごめんだぜ」
「無論だ。火の神ァシヤは高潔だ。不正を嫌い、天が隠れるところで魔法を扱うのを許さない」
屋根のあるような閉じた空間で火の魔法を使うと、術者に天罰が下るというのが、魔法使いの通説らしい。
一酸化炭素中毒などの科学的根拠を知らない彼らが、経験に基づいて得た教訓なのだろう。
同様に、発火を誘発する雷魔法の使用もよろしくないのだとか。
(夜に爪を切ると親の死に目に会えないとか、そんな類の迷信と同じかな)
身体能力強化スキル〈筋力増加〉発動。
「よし、やるか……二人とも後ろは任せた!」
オレは鋼鉄蟻の集団に先陣を切って突撃する。
仲間の安全を考慮すれば、敵を一挙に引き受けたいところだが、足場が悪いせいで動きが制限されてしまう。
無理を押して繰り出した全力の攻撃が、うっかり壁や天井を壊そうものなら、洞窟が崩れて生き埋めになってしまうかもしれない。
だから、オレは力をセーブして戦う。二人にも討ち漏らした何体かは相手をしてもらうことになるだろう。
『キシシシシ……』
鋼鉄蟻と接近したオレは(奴のテカテカと光沢のあるボディに吐き気を催し――じゃなかった)突き出された工具のニッパーのような顎を飛び越える。
「まずは一匹――!」
空中で体を反転させてクイックターン。天井を蹴り急降下し、渾身のジャンプ斬りを決める。
ガギィィィンッ!
硬質な金属音が上がる。
「あぎぎぎぎ……!」
オレが放った斬撃は、鋼鉄蟻の外骨格に弾かれた。刀身から柄を通して、激しい振動がこの身を襲う。
(うぅ……刃、こぼ、れとか、してないよな? 弁償は勘弁だぜ……)
このオレの攻撃を阻む鋼鉄蟻の強度には目を剥くが、それほど動揺はない。
(なるほど、こうなるのか)
なぜなら事前の洞察スキルにより、鋼鉄蟻には斬撃耐性があることを知っていたからだ。長剣が不利に働くことはある程度予想していた。
(とはいえ、実際に試してみたくなるがゲーマー(自称)……いやさ冒険者だ)
斬撃耐性なるものがどれほどのものなのか、後学の為に確かめておきたかったし、仮に普通の斬撃では歯が立たなくても、オレのスキルをもってすればあるいは、という期待もあった。
(耐性は絶対、か……純粋な強度云々というより、なんか、こう……概念に近い感じなのかな? 物理法則を無視する魔法のように……)
攻撃の結果はご覧のありさまだ。
鋼鉄蟻の外骨格に一応はヒビを入れられたものの、長剣にかなりの負荷が加わった。これでは鋼鉄蟻を倒し切る前に武器のほうがもたない。
さて、それではどうするか。
やはり武器を捨て拳で戦う?
耐久値を気にせず振るえる拳なら、存分に暴れられる。鋼鉄蟻は打撃に対して斬撃ほどの耐性がないらしく、滅ぼすなど造作もないだろう。
その代わり、仲間から奇異の目で見られ、恐れられることになるが、まあ、二人を守れるならそれも手だ。
(だけど、それは最終手段。だって、こんなこともあろうかと……)
オレは長剣を鞘に納めると、背中に背負っていたもう一つの武器、戦鎚を構える。
主な性能は――
筋力補正D+ 斬撃+1 刺突+1 打撃+12 重量C 付与:気絶効果
――といったところか。
(さっそく役立つとは、ドロシー様様だな)
度々、武器の強度に不安を漏らすオレは、ドロシーの助言に従い、予備の武器を用意していた。二つも武器をレンタルするとなるとお財布には厳しいが、背に腹は代えられない。
「せーの……どぅりゃぁぁぁああ!」
オレが戦鎚を振り下ろすと、鋼鉄蟻の体は卵の殻より簡単に砕けた。
(おお! こりゃあいい!)
ただ振り回して殴るという単調な攻撃だけに、戦槌は剣より技術が要らず扱い易い。
無論、剣術のように、戦槌にもちゃんとした型があるのだろうが、異世界にやってきてこの方、戦闘技術を指南してくれる師匠などおらず、脳筋スタイルで勝利を収めてきたオレは知らない。
「長剣に比べ強度も高い……うん、いけるぞ! 今回は待ったなしだ!」
次々と湧いてくる鋼鉄蟻を、前から順番に叩いてやっつけていく。
一か所に留まっていると、群がる鋼鉄蟻とその死骸に埋め尽くされそうになるので、考えて動く必要がある。
(あるんだけど……それにしても動きづらい……)
冒険者組合にあった訓練場のように、地面が整地されていないので、いちいち大変だ。
突き出した岩を避け、足元の溝を越え、前後左右の地形に注意を払いながらの戦闘に消耗を強いられる。
ここを住処としている鋼鉄蟻は、当然この環境に慣れているのだが、人間は違うのだ。
「くっ……負けるか!」
アウェー戦の不利は、持ち前の身体能力の高さで補う。壁や天井を足場にして、三角飛びの要領で立体的に動いて戦った。
「よし、次だ!」
通算五匹目の鋼鉄蟻を潰して、次の標的へ向かう。
狂熊を殺すときはあれほど躊躇っていたくせに、相手が虫となると駆除をよしとするのだから、人間というやつは業が深い。
身内よりも他人。
ペットよりも家畜。
哺乳類より魚類。
爬虫類より虫――昆虫。
自分の種族より遠い生物に対して残酷になれるのは、種の存続と繁栄の観点から正しい反応だ。
そこに感情論やエコだかエゴだかを挟むから、ややこしくなっているだけ。
「よいしょぉぉぉ!」
(まあでも、動物を虐待する奴は、エスカレートして人間に危害を加えるらしいから、愛護精神は大事だ)
「っせいやあぁ!」
(でも、魔物が居る世界では、また話が別だよな。食うか食われるか。弱肉強食の世界においてオレたちは対等だ)
「うおりゃ!」
(今回は、鋼鉄蟻の住処に侵入してきたオレたちが悪かもだが、正しさなんてものは人間が定めたもの)
「……やっ!」
(この世界では、魔物によって滅ぼされた村の話なんて珍しくない。だから……)
「――悪いな、鋼鉄蟻」
やがて仕留めた数が二桁を超え、周囲が鋼鉄蟻の死骸で埋まり始めた頃。ようやく鋼鉄蟻の行列が途切れた。
(…………さて、後ろの戦闘はどうなったかな)
担当していた鋼鉄蟻をすべて片づけたオレは、後方のドロシーとジョニィへ振り返る。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




