幕間~魔女の起源・ヴォルフガング=ホーソン著
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「――ねぇお父さま。……オトウサマ? おとーさまっ!」
「何だ?」
幼女による再三の呼び掛けに、机に齧り付いていた男が背を向けたまま返事をする。
「どうして、お父さま、はいつもご本を読んでるの?」
「それは私が魔法使いであり、魔法の探求こそが我らに課せられた使命だからだ」
「ふぅん……?」
男の簡潔な返答に、しかし首をかしげる幼女。齧りかけの林檎に目を落として、次に浮かんだ質問をする。
「どうして、リンゴ、は赤いの?」
「それは女神イドゥーナが、人間に許す林檎は赤と定めたからだ」
「イどぅ……だぁれ??」
聞きなれない名前に、今度は逆の向きに首をかしげる幼女。自身の胸に手を当て、次に浮かんだ質問をする。
「どうして、わたしの、名前はどろしーっていうの?」
「それはお前の母親、エルーシアがそう名付けたからだ」
「お母さまが? ……えへへ」
数年越しにもたらされた思いがけない贈り物に、幼女ははにかむ。
「どうして、うちには、お母さまがいないの?」
「それは二年程前、流行り病に罹って死んだからだ」
「し? はやくお母さま、に会いたいな」
死という概念を理解するには高度な知能が必要だ。一部賢い動物の中には表面的に感じ取るものも存在するが、完全に理解するのは人間に類する種のみ。
文字通りまだ幼く脳が未発達の幼女では、中々理解が及ばない。自分の母親は、どこか遠くに"お出掛け"しているのだろうと誤認している。
遠い記憶の中に居る母親が、いつの日か玄関の扉を開いて帰って来ると信じて心待ちにしていた。
林檎を実らせたように頬っぺたを染めて、ニコニコと明るい笑顔を咲かせている。
「それは不可能だ。なぜなら、死者を完璧な状態で蘇らせる魔法は、未だに確立されていないからだ」
「え……で、でも、でも、だって、いい子にしてたら、会えるって、きっと、ハン……おばちゃ……が…………」
「…………」
本が広げてある机の上。男の前に置いてある蠟燭の火が揺れる。
「ふぇ……お母さ、まに会いたいよぉ……」
無愛想な男の言葉は、まだ四歳にも満たない幼女にとってはどれも難解で、その半分も解らなかった。
けれど言葉のニュアンスから、恋しい母親とはもう二度と会えないのだろうということを察してしまう。
幼女を気遣った大人による、優しい嘘は暴かれてしまった。
とてつもなく悲しくて。どうしようもなく寂しくて。幼女は林檎を床に落とし、服の裾を掴んで俯きべそをかく。
「もういいだろう。私は魔法の研究で忙しいのだ」
いよいよ泣き出してしまった幼女を、男は慰めるどころか突き放す。父親失格どころか、およそまともな大人が取るべき態度ではない。
「ぐすっ……わかった……わたしもマホウのケンキュウする……お父さまをてつだうっ」
この場に寄り添ってくれる者は居ないのだ。そう悟った幼女は溢れる涙を拭い、健気にも父親の気を引こうとして、そのように提案した。
「ほう。お前が魔法を?」
幼女の目論見どおり、そこで男はようやく振り返り、自分の娘に関心を傾ける。
「ならば、まず私が書いたこの魔導書に目を通せ。この中でどれかひとつでもいい。魔法を使えるようになれ。話はそれからだ」
「うぅ……」
痩せている幼女は、手渡された分厚く重たい本を抱えてよろめく。
「読めない文字があれば、隣に住むハンナを尋ねるといい。彼女は元教師だ。子供にものを教えるのは得意だろう」
最後まで言葉を言い切らないうちに、男はまた机に向かう。
それからは、もう幼女が何を言ってもまったくの無言を通したのだった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
幼子の涙は涙腺にくる




