第3話「保った男」
翔太郎は目の前の光景に唖然とした。
予想外の出来事すぎて、思考が停止してしまっている。
「え? え? え? え? どゆこと!?」
「オレさ、ヤッパリ理性アルヨネ? ネ?」
「はっ……? コレ……マジ?」
「ウン。マジ」
拓也は普通に話しかけてくるが、翔太郎は混乱していた。
(コイツなんで普通に喋ってるんだ!? さっき、ガッツリ化けモノに噛まれてたよな……? なのに流暢にペラペラと話してる……。いや、流暢ではないか。少しカタコトな化けモノっぽい口調になってる……。でも、話してる内容はまともだ。まさか、本当に、理性を保ってるのか……!?)
「拓也……お前、本当に理性があるんだな? 大丈夫……なんだな?」
翔太郎は恐る恐る拓也に近づいた。
外見は完全に化けモノになってしまっている。
しかし、よく見てみると、容姿も他の化けモノ達とは違う所があるようだ。
鋭利な爪や、口元から覗く野性的な牙は、他の化けモノ達と変わらない。だが、こちらを見つめてくる瞳は、赤色ではなく、青色に染まっていた。さらに額の角も、他の者達には二本生えていたが、拓也は左側片方に一本だけだった。
「拓也、なんだな? 本当にいつも通りの拓也なんだな?」
翔太郎は何かを確かめるように、静かに話しかける。
「アァ。ソウダ」
「本当にお前なんだな……。拓也……」
「アァ!」
「拓也……! おまっ……心配かけやがって……!」
“中身は”いつもの拓也だと分かると、翔太郎は喜びを爆発させ、拓也に抱き付いた。
「オイ! ナンダヨ! 翔太郎!」
「拓也! 拓也~!」
親友を失わずに済んだ嬉しさを噛みしめ、何度も名前を呼ぶ。
「翔太郎……ヤメロ……ヤメロッテ!」
しつこくワチャワチャしてくる翔太郎を、拓也はいつものノリで軽く突き飛ばした。すると……
スッパーン!!
ちょっとの力で押したつもりが、翔太郎は部屋の隅まで吹っ飛んだ。
「イダッ! イタタタタタ……」
打ち付けてしまったのか、翔太郎は腰をさすりながら、フラフラと立ち上がる。
「ゴメン! 翔太郎! 大丈夫……カ? 軽くアシラッタつもりだったんダケド……。マサカこんなにパワーが出るトハ……」
拓也はそう言って自分の手を見つめた。
化けモノになると、力の加減が難しい。
「いや、いいんだ。心配すんな……。ふざけすぎた俺の責任だ……。お前のパワー、ハンパねぇな……」
翔太郎のテンションが明らかにだだ下がっている。急に真顔だ。楽しくふざけていた時に、予想だにしないアクシデントが起きると、人はこうなる。痛みを伴うアクシデントの場合、なおさらである。
「それにしても、こんなことあるんだな……。アイツらに噛まれて、化けモノになっても、中身はフツーなんて……」
落ち着きを取り戻した翔太郎は、改めて、化けモノとなった拓也の姿をジロジロ見た。
「イヤー、お前がイナクナッタ後、大変だったんダゾ……」
そう言うと拓也は、これまでの経緯を語り始めた。
翔太郎が隣の部屋にこもり始めて、実は5分後くらいには、もう化けモノになっていたこと、そして、理性が残っていることに気づきつつも、時間差で理性がぶっ飛ぶ可能性も考慮し、一人、部屋でジッとして、翔太郎が出て来るのを待っていたこと……などなど、様々なことを話してくれた。
拓也から話を聞いた翔太郎は思った。
“自分って、何をやってたんだろう……”
拓也を殺せず、一人、部屋にこもって、苦悩していたが、その時にはもうすでに拓也は化けモノになっていたのだ。なのに、一人で何を悩んでいたのだろう……。ましてや、化けモノを待たせていたなんて……。
「じゃあ、お前は、俺があーだこーだ悩んでた時には、もう化けモノになってたってことなんだな……。変に悩んで損した……」
翔太郎が一人で苦悩していた時、扉一枚を挟んだ先では、化けモノ拓也が、体育座りをして、翔太郎の出待ちをしていたのだ。その様子を想像した翔太郎は、あの時の自分の滑稽さに、笑えてきた。
すると、拓也も何かを思い出し、笑い始めた。
「ソウイエバ、部屋カラ出テ来タ時の、お前の顔! あのキョトンとした表情、最高ダッタナー! 思い出シテモ、笑えてクルワ! ヴァーッハッハ! ヴァハハハ! ヴァハハ!」
拓也はいつものようにケラケラと笑っているが、どうやら笑い声さえも、怪物化してしまっているようだ。アハハに濁点がついたような、ヴァハハという重低音が、部屋にこだましている。彼の笑い声は、もう、アハハではない、ヴァハハだ。フランケンシュタインを笑わせたら、こんな感じだろうか。
(絶対、お前の笑い声の方が変だぞ……)
翔太郎は、そう思ったが、そのことはスルーし、話を進めることにした。
「そういやぁ、忘れてたけど、お前、右手の傷、どうした?」
翔太郎が心配そうに、問いかける。
「ア~、アレ? 治ッタ」
「え!?」
驚く翔太郎に、拓也は右腕を見せた。
そこには、先ほどまであったはずの痛々しい傷はなく、きれいさっぱり治っている。
「傷も治んのかよ! スゲぇな化けモノって………」
翔太郎は目を丸くしている。
「まあ……でも、あれか! 拓也、お前も元気になったことだし、俺も無事だし、結果オーライってことか!」
爽やかに笑みを浮かべながら、拓也の肩を叩く翔太郎。
「ソウダナ! ヴァハハ! ヴァハハ!」
拓也も明るく笑っている。
拓也の化けモノ問題が解決し、笑い合う二人だが、ふと、冷静になると、まだ何も解決していないことに気づく。二人は依然、危機的状況にいるのだ。町には化けモノが溢れ、そこから命からがらここまで逃げ出してきたことを思い出す。
「ナァ、翔太郎……。コレからドウスル?」
拓也が問いかける。
「うーん……」
翔太郎はここで一度、これまでの状況を整理することにした。
「とりあえず、今までのことを整理すると、俺達が旅行から帰ってきたら、町には化けモノが溢れていて、俺達は何とか命からがら、化けモノがわんさかいる地上から、この写真館に逃げて来たと……」
「ソモソモ、ナンデ町がこんなコトニ……?」
拓也が首をかしげる。
「分からない……。これは俺の憶測だが、町に異変が起きたのは、あの白衣の男性が言ってた“怪人化計画”が原因だと思う」
「イカにも怪しソウな名前ダモンナ」
「あぁ。あの男性は他にも気になることを言ってた。『どうせこんなことになる』とか『実験は不完全』とか……。もし、あの男性が言うような、危険な実験がこの町で行われていたとしたら……」
「町にアフレル化けモノは、その実験によるモノ……?」
「だろうな。きっと。怪人化計画という名前を考えると、あの化けモノ達は、何らかの実験によって生み出された“怪人”なのかもしれない。そして、今まで俺達が見てきたことから推測すると、恐らく、あの怪人達の正体は……」
「マサカ……!?」
拓也はゴクリと息をのんだ。
「あぁ……そのまさかだ。“この町の住民達だ”」
翔太郎は探偵が犯人を見つけたような物言いで、ビシッと言い放った。
「拓也、お前も……その……やられた張本人だから、分かるだろうけど、怪人に噛まれると、噛まれた人も怪人になっちまう」
「オウ」
「実験によって作られた怪人が、住民を襲い、その住民も怪人となって、また他の住民を襲う……。きっとその負のスパイラルによって、この町は怪人が溢れる異常事態になっちまったんだ……」
「ソンナ……。じゃあ、オレ達を襲ッタのは、ミンナこの町の住民……」
「そういうことだな……」
「モシ、本当に実験が原因ナラ、ダレがソンナコトヲ……」
拓也がボソッと呟いた。
「今は何も分からねぇ。実験のことも、怪人についても、それに、なんでお前だけ理性があるのかも気になる……。あと……町中に怪人が溢れてるなら、家族とか、他の人のことも心配だ……」
翔太郎の言葉に、拓也もそっとうなづく。
「まあ、とにかく今は、俺達が生き残る方法を探さねぇとな。ヨシッ! 作戦会議だ!」
翔太郎はそう言うと、近くにあったお客様用のソファに座り、真剣な表情で何やら考え始めた。
こういう時、翔太郎は作戦を立てたがるタイプである。知性的なキャラに憧れがあるのか、何かと作戦を立てては、それを実行しようとする。しかし、グイグイとリーダーシップを発揮できるタイプではないので、周囲の人の意見にいつも流され、翔太郎の作戦はいつの間にか消え失せていることが多い。今回の弾丸旅行も、翔太郎が立てた当初の予定は、テンションが爆上がりした拓也によって、すべて崩された。まさか、温泉に入るカピバラを二時間見させられるなんて、思ってもいなかった。すべてぶち壊しである。
ゆったりとしたソファに腰掛け、生き残るための作戦をジックリと考える翔太郎。そこに、拓也が何かを持ってやって来た。
「オーイ! コーヒーいれタゾー」
「は!? お前、いつの間に!?」
翔太郎が一人、これからのことを考えている間、なんと拓也は奥にあるキッチンスペースで、コーヒーを淹れてきたのだ。
「オレ、普段お客さんに出シテルカラ、コーヒーいれんの慣レテンダヨ」
「今コーヒー飲んでる場合かよ!? 俺達、ヤバい状況にいるんだぞ!」
「マアマア、ソウイウ時こそ、コーヒーブレイクでもシテサ。アッ! シュガー忘れた。取ってクル」
拓也はニコニコしながら、砂糖を取りにキッチンスペースへ戻った。
(ったく……。アイツどこまで能天気なんだよ……)
こんな時でも変わらない拓也のマイペースぶりに、翔太郎は少し呆れている。
ジュルッ……
(コーヒー……美味いのかよ……)
翔太郎が思いのほか美味しかったコーヒーに感動していると、突然、ガシャンッ! と大きな音が鳴った。
(なんだ!?)
音が鳴った方を見ると、拓也が砂糖が入った容器を床に落とし、呆然と立ち尽くしている。
「拓也? どうした……?」
拓也はどこか一点を見つめたまま、動かない。拓也が見つめる先を確認すると、そこには全身が映る大きな鏡があった。この鏡は、写真館のお客さん用に、置いてあるものだ。
「コレが……オレ……?」
鏡に映った自分の姿を、拓也はジッと見つめている。
(ハッ!! そうか……コイツ……!!)
翔太郎があることに気づく。
(コイツ、鏡で初めて、怪人になった自分の姿を見たんだ! 変わり果てた自分を見て、ショックを受けてるんだ……!! かわいそうに……そりゃあ、角がニョッと生えて、牙がニョッと出てたら、誰だってショック受けるわな……)
拓也の気持ちを考えると、翔太郎は胸が締め付けられるような思いだった。
「ナァ……翔太郎……」
拓也が静かに問いかける。
「ん……ん?」
かける言葉が見つからない。
「オレサァ……」
二人の間に流れる少しの静寂。
その静寂を破ったのは、拓也の底抜けに明るい声だった。
「チョーーーカッコよくナイ!?」
「拓也……気にすんな……お前は……って……えぇ!? えぇ!? えぇ!?」
予想外の答えに、驚く翔太郎。
「オレ、スゲぇカッコイイ! オレの目、青ジャーン! ミンナと違うジャン! 青ってサ、正義の色ジャンね!? イイヤツの色ジャンね!? ネ !?」
「ん……? あぁ……そうだな……」
鏡に映った自分の姿に惚れ惚れしている拓也。
拓也のポジティブさに、翔太郎はついていけない。
「待ッテ! 角も違うジャン! 一本だけトカ……アシンメトリィッ! カッコイイー!! キバもワイルドでイイワー! ゲームキャラだったら、オレ、絶対コイツ使うわ! ナッ! 翔太郎!!」
「あぁ。良かったな」
(そうか……コイツ、変なヤツだった……)
拓也はすっかり自分のビジュアルを気に入ったようだ。翔太郎はそんな拓也の様子に、若干引き気味である。
拓也が鏡の中の自分を見て、キャッキャッしていると、奥のキッチンの方から、バァァッリンッ!! という大きな音が聞こえてきた。はしゃいでいた拓也の動きが止まる。翔太郎にも緊張が走った。砂糖の容器か落ちた時とは、比べものにならないほど、物騒な音だ。
二人は用心しながら、キッチンへ向かう。
すると、キッチンの窓が割られ、ガラスの破片があちらこちらに散らばっていた。
「これは……!?」
翔太郎が窓の方を見る。
「アッ! アブナイッ!」
拓也が声を発した後、窓から“何か”が入り込んできた。そう、凶暴な怪人である。
「グアァッ!」
怪人は翔太郎に襲いかかろうとしたが、拓也がとっさに庇い、振り払った。バランスを崩した怪人は窓の外に落ちる。
「ありがとう。拓也……」
「オウ。怪人には怪人ダ!」
「お前、自分が怪人なのは、認めんだな……。それにしても、ここにまで怪人が……」
「グガァッ!」
「うわあっ! コイツまた!」
「シツコイナァ……」
倒したと思ったのも束の間、窓から落ちた怪人は、すぐさま回復し、再び入り込もうとしている。
「グアァッ! グアァッ!」
窓枠に座り、威嚇してくる怪人。
「モウ一回落トサレネェト、分かんネェのか? お前ハ……」
拓也は強く拳を握り締め、怪人に睨みをきかせている。自分も怪人になっているからか、強気だ。
「コッチはナ……“コンナコト”されて、ブチ切れてんダヨ……」
拓也の一言を聞いた翔太郎はハッとした。
(コイツ……俺が襲われたから、怪人にこんなにキレてんだ! フフッ……健気なヤツめ……。まあ、そうだよなー、親友が襲われたら、誰だってキレるよなぁ。拓也ったら、普段、全然キレないのに、俺の為にはこんなに……フフッ)
珍しくブチ切れている拓也を見て、翔太郎は少し優越感に浸っている。
「オイ、翔太郎、“アレ”貸セ」
「え?」
「持ッテタダロ……“拳銃”」
「えぇ!? さすがにお前、それは……」
拓也の要求に、腰が引ける翔太郎。
「イイから、貸シテ」
「えー……」
翔太郎は拓也に言われるまま、ポケットに入っていた拳銃を渡した。
「飛び道具は飛び道具ラシク、使ってヤルヨ……」
「拓也……本気か……?」
柄にもなく拓也は殺気立っている。
窓枠にいる怪人に向けて拳銃を構えると、大きく「フゥ~」と息を吐いた。
そして……
バァンッ!!
拳銃の引き金を引いた!……と思いきや、拓也は「ウリャァッ!」という雄叫びと共に拳銃本体をブーメランのように勢い良く投げつけた。
ブンッブンッブンッブンッ!!
投げられた拳銃はものすごい勢いで真っ直ぐに飛んでいく。
「グアッ……!」
拓也の投げた拳銃は怪人のみぞおちにヒット! あまりの威力に怪人は白目をむいて、意識を失う。
怪人のみぞおちにめり込んだ拳銃は、そのまま勢いを失わず、窓の外へと怪人を連れたままブッ飛んでいった。
ブーメラン拳銃と怪人は空中に放り出され、写真館から離れていく。怪人の姿は次第に小さくなり、ものすごい勢いで飛んだブーメラン拳銃と一緒に、消えていった……。
「えぇー!! お前、拳銃ってそういう使い方なのー!? それに、めっちゃ遠くまで飛んでいったけどー!? お前のパワーどうなってんだよ!?」
翔太郎は驚きを隠せない。
「ヤッパリ、飛び道具ッテいうだけアッテ、拳銃はよく飛ブナー」
拓也はあっけらかんとしている。
「いや、飛び道具ってそういう意味じゃないからな……。まあでも、本当、ありがとな」
「エ?」
「やっぱり、あんなことされたら、許せないよな……。あんなに怒ってるお前、久し振りに見たぞ……」
自分の為に感情的になってくれた拓也に、礼を言う翔太郎。
「アァ。ソリャ、ダレだってアアなるダロ。“家の窓、割ラレチャ”」
「ええっ!? あっ、そっち!?」
(俺のことじゃなかったのか……)
翔太郎は勝手に期待していた自分に、恥ずかしくなった。
「ン? そっちッテ……?」
「あっ……いや、何でもない」
そう言うしかない。
「ん……? なんか、外が騒がしいな」
翔太郎がそう呟くと、拓也も耳を澄ませた。
確かに、先ほどまで静かだった丘の上が、ザワザワと騒がしくなっている。
二人は割れた窓から外の様子を見た。すると、なんということだろう、数十体もの怪人達がぞろぞろと丘を登ってきているではないか。
「ヤバいぞコレ! 怪人達がノボってキテル!」
「クソッ! とうとうここにまで怪人が……! このままじゃ俺達囲まれるぞ!」
「ヤベェナ……」
あらゆる方向から丘の頂上を目指して登ってくる、大量の怪人達。玄関の方からもザワザワという不気味な音が聞こえてきた。ものすごい勢いで丘を駈け登る怪人達の足音だ。安全だと思っていた写真館が包囲されるのも、時間の問題だろう。
(マズいな……)
翔太郎は迫り来る怪人達を見下ろしながら、考えを巡らせていた。
(きっともうすぐ、この写真館は怪人達に囲まれる……。そしたら俺達は間違いなくピンチだ。拓也が怪人になってるとはいえ、あの量の怪人を一気に相手にするのは、あまりにも無茶だ。それに、建物の中に流れ込んで来たら、拓也は生き残れたとしても、俺がもたない……。とにかく、怪人達が登ってくる前に何とかしないと……)
様々な場合を想定し、熟考した結果、翔太郎はある一つの結果を導き出した。そう、それは生き残るための、“最良”であり、“最凶”の選択……。
「拓也……」
「ン?」
「“外に出よう”」
「エェッ!? イイノカ!?」
翔太郎の大胆な提案……。
このカオスな状況で生き残るための、イチかバチかの賭けである。
「たぶん、ここにいるより、今は良いと思う。あれだけ大軍の怪人達が写真館になだれ込んで来たら、いくらお前が強くても、俺達ジ・エンドだぞ。少なくとも、俺は死ぬ。それに、なんかイケる気がするんだ……。“お前がいたら”」
「エッ?」
「さっきの戦いぶりを見て、思ったんだよ。お前の強さがあれば、怪人と戦えるって。お前の“強さ”と、俺の“頭脳”があれば、怪人が溢れる町でも、生き残れると思うんだ!」
「オマエッテ、頭脳ダッタッケ?」
拓也の鋭い指摘。
「イイだろ! そこはツッコまなくて! と・に・か・く! ここを出る! 何となくさ……ここにいても、なんの解決にもならない気がするんだ。町に異変が起きてるなら、ジッとしてるわけにはいかねぇ……。家族とかのことも気になるしな」
「ソウダナ。行コウ!」
「ヨシッ! そうと決まりゃぁ、荷造りだ!」
二人はすぐに外へ出る準備に取りかかった。
拓也の家でもある写真館を駆け巡り、サバイバルで使えそうな物を集め、リュックに詰め込む。
リュックはキャンプ用のものがちょうど二つあったので、それを使った。
「このラジオも持ッテクカ? 古いケド」
「一応頼む。ワリぃな。お前んちの物なのに」
「イインダ。ドンナものデモ、イッパイ持ッテケー」
懐中電灯に水筒などなど、サバイバルで必要そうな物は手当たり次第詰め込んだ。もちろん木刀も忘れずに。
サバイバルに欠かせない食料も、もちろんリュックに詰めたが、こんな時に限って冷蔵庫の中には食材があまり無く、ストック用の食料もほとんど切らしていた。
食料は十分とは言えない量だったが、今はつべこべ言っている場合ではない。怪人がすぐそこまで迫っているのだ。二人は急ピッチで荷造りを終えた。
重くなったリュックを背負い、玄関の前に立つ二人。
「ヨシ。準備はOKだな」
「アァ」
「ところで、お前、“それ”はいるのか?」
翔太郎が疑問を投げかける。
「ン? アァ、コレのコト?」
そう言うと拓也は、首からぶら下げている、古いフィルムカメラを指差した。
「コレ、父さんの形見ナンダヨ。父さんが若い頃、ずっと使ッテタラシクテサ。大切なものダカラ、持ってイコウと思ッテ」
「そうだったのか……」
「まだ全然使エルカラ、記念写真も取レルゾ」
「いやいや、なんの記念だよ」
二人がそんな会話をしている間にも、怪人達の忍び寄る音は、どんどん大きくなっている。
「拓也、行くぞ……いいな?」
「オシッ! イツでもイイゼ!」
「ヨシ……」
翔太郎が玄関の扉のドアノブに、手をかける。
この先には、一体どれほどの危険が待ち受けているだろう。それでも、己の直感が叫んでいる。
“外へ出ろ”と。
翔太郎が扉を開けようとした瞬間、拓也が止めた。
「アッ! 翔太郎、チョットイイ?」
「なんだよ?」
「オレ、コウいうシチュエーションで、やりたかったコトがアルンダケド、ヤッテイイ?」
「ん? まあいいけど」
「ヤッタァ。じゃあ、チョット、ドイテドイテ」
「え? 何するつもり?」
拓也に促されるまま、翔太郎は扉から離れた。
「オーシッ! イクゾ……ウリャァッ!」
バッシューン!!
何を思ったのか、拓也は突然扉に向かってキックをお見舞いし、吹っ飛ばした。
「ええっ!?」
拓也の突拍子もない行動に、翔太郎は口をあんぐりとさせている。
「コレ、やってみたかったんダヨネ。キックでドアごと吹っ飛バシテ、開けるヤツ」
「お前マジかよ……。映画とかでよく見るけど、お前の場合、ドア吹っ飛ばすというより、壊しちゃってるよ」
拓也の強烈なキックを食らった玄関の扉は、枠ごと外れるどころか、木っ端微塵となり、ただの木片と成り果てている。
「ヴァハハ! 夢が一つカナッタワ! ヴァハハ!」
拓也は元・玄関扉の木片達を前に、ケラケラと笑っている。
「アハ、アハハハ……」
翔太郎の顔は引きつっている。
(コイツ、本当に理性保ってるよな……? なんか心配になってきたぞ……。こんなこと、自分の家でやりたいヤツ、いるかよ……。それに、これがOKなら、さっきの窓ガラス割った怪人があんな仕打ちにあうの、理不尽だろ。なぜ、あんなにもブチ切れた? お前は……。あー、ヤバい。理性保ってて、お願いだから……)
翔太郎に一抹の不安が誕生したことはさておき、二人はいよいよ、写真館から、外の世界へ。
「拓也、行くぞ」
「オウッ!」
こうして二人は、不安と恐怖、そして少しばかりの勇気を胸に、写真館を後にした……。