第1話「町と怪人」
蛯名翔太郎は、親友の広瀬拓也を助手席に乗せ、車を飛ばしていた。
お互い、仕事の休みを合わせ、日帰り弾丸旅行をした帰りである。
「すっかり遅くなっちまったなー。さっきの渋滞ハマんなかったら、イケたんだけどな」
翔太郎はチェッという顔をした。
先ほど見事に渋滞にハマり、二時間ほどロスしてしまった。
「まあ、しょうがないだろ。俺とお前だけなんだから、気楽にいこうぜ」
イラつく翔太郎に対し、助手席の拓也はお気楽だ。
のんきにお土産に買ったスナック菓子を頬張っている。
「明日仕事で早いんだよ。仕込みさっさと終わらせとかないと、うちの料理長、目ん玉飛び出るほど怒るんだわ……。お前だって明日仕事だろ?」
「まあなー」
「それにしても、お前が親父さんの写真館を継いで、もう二年か……。こんな能天気なお前が、立派な店主様だとはね。まあでも、カメラの腕前だけは確かだもんな~」
「だけって……」
二人は、桃栗町というのどかな町で生まれ育った幼馴染だ。小さい頃から本当に仲が良く、大人になった今でもその関係は変わっていない。二人とも故郷の町で働き、暮らしている。
翔太郎は一流料理人を目指す26歳。
将来、自分の店を持つことを夢に、地元の有名店でシェフとして働いている。
拓也も同じく26歳で、今は亡き父親から受け継いだ写真館のオーナーをしている。
見晴らしの良い丘の上に建てられた、レトロな写真館を守る、腕利きカメラマンだ。
そんな二人は忙しい日々の中に癒しを求め、強行スケジュールで旅に出た。
男二人で旅行なんて、なんと味気なく、虚しいものかと翔太郎は思っていたが、唯一気の許せる相手である拓也との旅行は、思いのほか楽しく、あっという間に時が過ぎていった。
気づけば、お土産もたくさん買ってしまい、後部座席には雑多なモノが山積みにされている。
「お土産の量ヤバいな。絶対買いすぎたわ。てかさー、お前が買ったあの木刀……どうすんの?」
後部座席にドサッと積まれている木刀。
これは、修学旅行以来の温泉街にテンションが爆上がりした拓也が、ノリで買ってしまった代物である。
「もちろん持って帰るよ。やっぱああいうのって、テンション上がるな~! お前の分まで買ってあるから」
「ゲッ! いらないよ。どう考えてもジャマだろ! 木刀買うのって中学生までだからな?」
翔太郎は顔をゆがめた。
「イイだろ、伝統じゃん。それに、何かの役に立つかもしれないし……」
拓也はまだスナック菓子をボリボリつまんでいる。
「お前、食べカスあんまりこぼすなよ。コレ、兄貴の車だから、汚すと俺が怒られる」
「ゲフッ! ゲフゲフゲフ……」
「あっ! お前!」
翔太郎が注意した矢先、スナック菓子を詰め込みすぎた拓也が、豪快に咳き込んだ。口から粉々になったスナック菓子をまき散らしている。
「言ったそばから汚すなよ……。水飲め、水」
「ワリぃ……」
水を飲み、事なきを得た拓也。
拓也は昔から少し抜けてるというか……マイペースな所がある。時に言動に驚かされることもあるが、翔太郎は拓也の抜けた所も嫌いではなかった。むしろ楽しんでいた。
拓也の食べカスビッグバン騒動から少し後、ハンドルを握る翔太郎が口を開いた。
「それにしても変だなー。ここら辺はやけに車が少ないな。いつもはもっと車通りなかったっけ?」
「確かに。全然車通ってないな」
拓也も共感した。
二人の言う通り、二人が暮らす桃栗町の方に近づけば近づくほど、車通りが少なくなっている。もうすぐ町に到着するが、ここまで来ると、すれ違う車は一台もなくなっていた。
「なぁ……何か……人、全然いなくないか?」
外の様子を見ながら、拓也が訝しげに言った。
「おう……ちょっと変だな……」
翔太郎も辺りを見回す。
もうすでに町へと到着したが、人っ子ひとり見当たらない。まるでゴーストタウンである。
どこかおかしい町の様子に、翔太郎と拓也は違和感と底知れぬ恐怖を感じていた。
「絶対おかしいよ、コレ。こんなに人がいないことないもん。建物にも明かりついてないし。俺達、ヤバい世界線にでも迷い込んだんじゃないの!?」
変なことを言い始める拓也を、翔太郎が諭す。
「落ち着け、そんなことありえないだろ。映画かアニメの見すぎだ。たまたま停電でも起きてたんじゃない?」
「でも、チラホラ明かりがついてる建物もあるぞ? 停電だったら変じゃん」
「あーもう、うるさいな。たまたまだよ、たまたま。全部たまたま!」
翔太郎が大きな声を出した瞬間、車に衝撃が走り、急停止した。
バシュン!! キキーッ!
「うおっ!」
「うわ! 何だよ!」
突然のことに二人は大声を上げる。
「おい、翔太郎大丈夫か? どうしたんだよ?」
「んん……あぁ……大丈夫だ……。突然、何かにぶつかったような感覚が……それで、車が動かなくなって……」
その言葉を聞いた拓也は、不安げな顔で翔太郎に問いかけた。
「まさか……人……轢いてないよな……?」
「え……!? ちょ、お前、何言ってんだよ。そんなわけないだろ!」
今度は翔太郎が焦り出す。
「俺が人轢いたってのか!? ちゃ、ちゃんと前見てたし、絶対安全運転だったって……! それに、さっきまで人いないトークで一緒に盛り上がってたろ!? 人なんていなかったって!」
動揺からか、矢継ぎ早に言葉を並べる翔太郎。
それに対し、拓也は冷静に返す。
「今度はお前が落ち着け! お前を責めるつもりはないよ……。ただ、ここは暗い道だし、気をつけてても万が一ってこともある。それに人じゃなくて、動物かもしれないし……。一応、車降りて、確認した方が良くね?」
「ああ、確かに。車を降りた方が良いだろう……だけどな……」
翔太郎は少し間を置いて、真剣な表情でこう言った。
「怖いんだよ、ここら辺、さっきから。何か、車が急停止してから不穏な空気が増してる気がするんだよ! 車から降りたくない……」
翔太郎の発言に、拓也も静かにうなずく。
「俺も薄々感じていたぜ……。ヤッバい空気がビンビンと強まっているのを……。俺も降りたいわけじゃない、だけど命に関わる事態だったらマズいだろ……」
「あぁ……そうだよな……。しょうがねぇ……。ワンチャン、こっから見えないかな……」
翔太郎が運転席からボンネットの方を覗き込もうとした……その時!
バチャンッ! ドン!!
「グアアァァ……!!」
車のフロントガラスに人……いや“人のようなモノ”が突然張り付いてきた。
「うわぁぁぁ!」
「うわっ! な、何だぁ!」
翔太郎と拓也は思わず身をのけぞった。
心臓はバクバクし、恐怖と驚きで一気に変な汗が溢れ出す。
「ヴヴァァァァ……」
バンバンバン!
人のようなモノは、うめき声を上げながら、フロントガラスを両手で叩いている。
まさかの事態に、二人はパニックだ。
「うわぁっ……! 何だよ、コイツ! お前が轢いちゃったヤツ?」
「バ、バカ! 轢いてねーよ! どう見ても化けモンだろ! 人じゃねぇ! ゾ……ゾンビ!?」
「いや、ゾンビではないだろ。傷ひとつ無いし、血も流してない。ゾンビにしちゃキレイすぎる」
なぜが急に冷静になった拓也が、正確に指摘する。
「お前急に冷静になんなよ! そんなこと今どーでもいいんだよ! 逃げねーと!」
翔太郎は焦ってアクセルペダルを踏み込む。しかし、車が上手く動かない。
「あれっ!? クソッ! アクセル踏んでんのに! 動かねぇ……!」
バンッ バンッ バンッ!
「グゥァァァァ……!」
人のようなモノは、強い力で威嚇するように、何度もフロントガラスを叩いてくる。
「ヒィッ! コイツ何とかして、どかなさいと!」
「どうやって!?」
「分かんない! 何でもいいからどかせ!」
「あー、もう!」
翔太郎は必死にクラクションを鳴らすが、人のようなモノは動じない。
「何だよコイツ! しぶといぞ!」
「クソッ……! そうだ! これならどうだ!」
翔太郎は車のワイパーを作動させた。
シュインッ! シュインッ!
「ヌ、ヌアァァァ……」
ワイパーによって、人のようなモノは、ヌルッとフロントガラスからフェードアウトする。
「よっしゃ! ナイスワイパー!」
拓也は思わずガッツポーズをキメ込んだ。
「おっし! 逃げっぞ!」
翔太郎はアクセルを力いっぱい踏み込む。
車は先ほどとは違って、勢い良く走り出した。
「逃げろ! 逃げろ! 翔太郎! 飛ばせ飛ばせ!」
拓也が煽る。
「分かってるって! これでも全速力だ! もうすぐ町のひらけた所に出る。そこなら、さすがに人もいるはず……こんな気味の悪い状況とも、おさらばだ!」
翔太郎は額に汗をにじませながら、車を飛ばす。
車はビュンビュンと町の中心部へ突き進んでいく。
拓也は恐る恐る後ろを振り返り、人のようなモノが追ってきていないか、確認した。
人のようなモノの姿は見えない。
「さっきのヤツは振り切ったっぽいぞ」
拓也の報告に、翔太郎は胸をなで下ろす。
「よ~し。何とか上手くいったな。アイツ一体何だったんだ……。でもまあ、ここまで来れば……」
車は暗く人通りのない道を抜け、町の中心部に出ようとしていた。
二人がようやく、この恐ろしい状況から抜け出せる……そう思った瞬間、目の前に広がったのは“衝撃の光景”だった。
「おいおいおい……ウソだろ……」
「マジか……」
翔太郎は驚いて、車を止める。
二人が見たのは、町で彷徨うたくさんの人……いや、人だったもの……。
「確かに、人通りは多くなったよ……。人もどき……だけどな……」
拓也が引きつった顔で言った。
町は人のようなモノで、溢れ返っていた。
ただだだ力なく歩いている者や、中には暴れている者もいる。
町はそんな彼らによって、荒らされ放題だ。
「一体どうなっちまってんだよ、この町は!」
わずかな希望を打ち砕かれた翔太郎は叫んだ。
「おい! ヤベぇぞ! 化けモンに囲まれてる!」
拓也が辺りをキョロキョロと見回す。
人のようなモノは二人の車を見つけると、うめき声を上げながら、近づいてきた。
「クソッ! また振り切るしか……」
翔太郎は再びアクセルを踏み込んだ。
しかし、またまた車が動かない。
「ハァ!? 何でだ!? またかよ! 動け!」
翔太郎は何度もペダルを踏み付ける。
だが、車はびくともしない。
そうこうしているうちに、二人が乗る車は、人のようなモノ数体に取り囲まれてしまった。
バンッ バンッ バンッ!
人のようなモノはサイドガラスを何度も叩きつけ、さらに、車をグラリと揺らしてきた。
「うわっ! コイツら力強すぎ! ヤバいって」
「動け動け……! クッソー! このポンコツ車! 大事な時に役に立たないのは、兄貴と一緒だ!」
翔太郎が捨てゼリフを吐く。
それと同時に車が大きく揺れた。
横転してしまいそうな勢いだ。
二人は自分達が置かれている状況を、理解し始めていた。彷徨う化けモノ……荒らされた町……動かない車……。かなりマズい状況だ。何とか助かる方法はないか……考えを巡らせる。
すると拓也が「あっ、あそこ!」と言って、窓の外を指差した。指差した方を確認すると、そこには明かりのついた建物がある。よく見ると、そこは交番のようだ。
「なぁ……最悪、あそこまで走る?」
「えっ……? この状況で?」
拓也の大胆な提案に驚く翔太郎。
「俺ら、このまま閉じこもってても、車が横転して潰されるか、化けモンにやられるだけだろ? だったらイチかバチか、走って逃げ出す方が良いんじゃないかなって……」
拓也はすでに覚悟を決めた顔をしている。
(拓也の言う通り、あの距離なら……)
翔太郎は交番の方を見た。ここから交番までは少し距離があったが、全速力を出せば、何とか走り切れるかもしれない。
車内に閉じこもるか、リスクを承知で飛び出すか……。考えている間にも、人のようなモノは攻撃の手を緩めない。車内は激しく揺れている。
「ヨシ! お前にノッた! いいか、イチニのサンでドアを開ける。そしたら死ぬ気で交番まで走れ! 準備はいいか……?」
「あぁ!」
「行くぞ……イチニの……サンッ!」
翔太郎はドアを開け、勢い良く飛び出した。それに続いて拓也も飛び出す。
二人は変わり果てた町の光景に、ショックを受けつつも、一目散に交番へと走った。人のようなモノの注意を引かぬよう、素早く走り抜ける。
すると突然、翔太郎が「あっ!」と声を上げ、立ち止まった。
「どうした?」
「あそこに人がいる! 普通の人間だ!」
翔太郎の視線の先には、白衣姿の一人の男性が、人のようなモノから逃げ惑っていた。
「た、助けてぇ……!」
「おーい! 大丈夫ですか!?」
男性の元に駆け出して行く翔太郎。
「あっ! おい! 翔太郎!? そっちは……」
拓也が呼び止めるが、正義感でひた走る翔太郎を留めることは出来なかった。
「大丈夫ですか?」
「ハアッ……ハァ……も、もう終わりだ……」
白衣姿の男性はパニック状態に陥り、周囲を見られなくなっていた。翔太郎の声も聞こえていないらしい。
「あの! 大丈夫ですか!?」
もう一度、大きな声で話しかける。しかし、男性には届かない。
「だから……俺は実験に反対したんだ!」
「え……?」
男性はボソボソと一人でしゃべり始めた。
「どうせこんなとこになるって、俺は思っていたのに……“ワンダー”は……“怪人化計画”は……まだ不完全なものだと言ったのに……!」
「アンタ……ちょっ、何を言って……」
翔太郎が男性に近づこうとした瞬間、死角から突然、人のようなモノが現れ、男性を襲った。
「うわあぁ!」
「グアァオォ!」
人のようなモノは男性を押し倒し、男性の左肩に噛み付いた。
「やめろぉ……うわぁぁぁ!」
男性の断末魔が響く。
その叫び声は翔太郎の耳に、嫌というほど突き刺さった。
翔太郎は、呆然としている。
間近で目の当たりにする、人のようなモノは、想像以上に恐ろしかった。
月に照らされたその姿は、一見普通の人間のように見えるが、額からは禍々しい角が生え、手からは人のものとは思えないほど、鋭利で長い爪が伸びている。瞳は赤く染められ、理性を失っていた。
人のようで人ではない……モンスターと化している。
男性を襲った人のようなモノは、翔太郎の存在に興味を示すことなく、どこかへ颯爽と去っていった。
翔太郎はハッとして、倒れている男性の元に駆け寄った。
「あ、あの……」
男性はグッタリとしていて、返事はない。
翔太郎が男性の顔を覗き込む。すると!
「グアァァオォォ!」
男性が急に襲いかかってきた。男性の瞳は赤く、額からは角が生えていた。モンスターになり果ててしまっている。
「おいっ……ウソだろ!」
掴みかかろうとしてくる男性の手を振り払い、逃げ出す翔太郎。
無我夢中で走っていると、視界に先ほどの交番が入ってきた。わらをも掴む思いで、一目散に駆け込む。交番の中では一人の警官が、入口に背を向けるようにして、デスクのイスに腰掛けていた。
「ハア……ハア……お巡りさん、助けて下さい! 今、変な化けモノに襲われて……」
息も絶え絶えに、助けを求める翔太郎。
しかし、警官の反応がない。
「あの、ちょっと……お巡りさん?」
翔太郎が肩を叩くと、警官はゆっくりとこちらに振り向いた。振り返った警官の顔を見て、翔太郎はゾッとした。
「マジ……かよっ……」
赤い瞳に二本の角、おまけに口元からは鋭い牙を覗かせている。モンスター化していた警官は、翔太郎の顔を見るなり、飛びかかってきた。
「グガアァッ!」
耳障りな声を響かせながら、何度も噛み付こうとしてくる。そんな警官の攻撃を、翔太郎は何とかかわし、必死に抵抗した。激しい揉み合いとなった二人は、アチコチに互いの体をぶつけ合う。その衝撃で、警官が身に付けていた拳銃が、床に転がり落ちた。
「うぐっ……クソッ!」
防戦一方だった翔太郎は、そのことに気付くと、一瞬の隙を見て拳銃を拾い、警官の顔を拳銃で力いっぱい殴った。
「グアッ!」
思わぬカウンター攻撃に、よろめく警官。
翔太郎は今だ!と思い、警官に背を向け逃げ出す。しかし……
「がはっ!」
警官は一瞬で持ち直し、背後から翔太郎の首根っこを掴むと、そのまま床に思いっきり打ち付けた。
とんでもないパワーだ。
「うっ……」
打ち付けられた翔太郎は、あまりの痛みに、すぐには起き上がれない。そんな翔太郎の上に、警官は馬乗りになった。赤い瞳は、翔太郎の喉元を見て、爛々と輝いている。まさに獲物を捕らえた獣といった感じだ。
(もう……ここまでか……)
翔太郎が死を覚悟し、迫り来る牙から思わず目を背けた、その時!
「おりゃあぁぁぁあ!」
木刀を持った拓也が、ものすごい勢いで駆けつけてきた。
勇ましい雄叫びと共に、渾身の力を込めて振り下ろされた木刀は、警官の後頭部に直撃した。
拓也の会心の一撃を食らった警官は、頭を押さえ、うずくまる。
「拓也……」
「やっぱりコレ、役に立つって言ったろ」
拓也は翔太郎が無事なのを確認すると、安心したように笑った。
「拓也……ありがとう。本当に助かったわ」
「まったく……お前はいつも一人で突っ走っちゃうんだから……お土産屋ではしゃいでた俺に、感謝しろよ。ホイ! コレお前の分!」
拓也はそう言って、二本持ってきていた木刀の片方を、翔太郎に投げ渡した。
「おお。 サンキュ!」
「よし、逃げようぜ」
拓也の活躍もあり、二人は無事に交番から逃げ出した。
交番から出た所で、翔太郎が「あっ!」と声を上げた。
「お次は何だよ?」
「俺、拳銃持ったまんまだ……」
翔太郎は自分の右手を見た。
警官を殴った時から、拳銃を握り締めたままだったことに気付く。
「どうしよ、コレ、一般人が拳銃とか、ヤバいよな……」
自分の右手の物騒さにビビる翔太郎。
右手には拳銃、左手には木刀という、かなりバイオレンスな、カチコミ切り込み隊長スタイルが完成してしまっている。
「拳銃か……もらっとけば?」
拓也の軽い発言。
「えっ!? イイのコレ?」
「いいだろ。こういう時は例外だ。それに、パニック映画ものでは、絶対に一人は銃持ったキャラいるしな」
「お前、そんな理由かよ! でもまぁ……こんな状況だしな……。あの化けモノ警官が持ってるよりは、俺の方が安全か……」
翔太郎は拓也の軽い発言に流され、あまり深く考えないことにした。拳銃を上着のポケットにしまい、先を進む。
あてもなく歩いていた二人だったが、パニック映画に詳しい拓也の提案で、拓也の実家でもある写真館に避難することにした。
丘の上に建つ写真館なら、人のようなモノで溢れている地上よりは安全なのではないかという、拓也の予想だった。
(今日の拓也は頼れる……!)
今日の拓也はいつもと違う。何だか冴えている! 翔太郎はそう感じていた。黙って拓也の後ろについて行く。
写真館に向かう途中、人のようなモノの大群に襲われた。二人は必死に木刀で振り払う。
「おりゃ! うりゃ!」
木刀をこんなにも頼もしく感じたことはない。
翔太郎が目の前の化けモノをなぎ倒し、拓也の方にパッと目をやると、化けモノ数体に取り囲まれていた。
「うわぁ……っ! んぐっ……」
かなり苦戦している。翔太郎は慌てて援護に向かう。
「おりゃあぁ!」
拓也に張り付いてた人のようなモノを引き剥がし、木刀で殴り倒す。
「サンキュー! 翔太郎」
「さっきのお返しだ」
二人は共闘し、人のようなモノを追い払った。
その後も人のようなモノに遭遇する度、木刀で追い払い、やっとの思いで、丘の麓にたどり着いた二人。写真館へ続く、長い階段を上っていく。
階段を上る最中、翔太郎は自分が見聞きしたものを拓也に洗いざらい話した。白衣の男性が話したことや、噛まれた後のことなど全て……。
翔太郎が話し終えるまで、拓也はジッと黙って聞いていた。
「つまり……お前の話だと、あの化けモノに噛まれると、自分も化けモノになっちまう……ってことだな?」
「あぁ……。あの男の人は、噛まれた後に、化けモノになってた……」
「そうか……」
拓也は少しうつむいた。
「この町で、何かマズいことが起きてるのは、間違いない……。“怪人化計画”とか、“ワンダー”とか、変なこと言ってたけど、絶対にそれが町の異変に関わってるはずだ!」
翔太郎はぶつくさ言いながら、力強い足取りで、階段を上っていく。
「あぁ……そうだな……」
拓也も翔太郎の後に続き、階段を上った。
ズキズキと痛む、歯型のついた右腕を、押さえながら……