第48話 ダリウス視点3
セピア色から灰色に変わった世界は、酷く醜く映った。
天に届く勢いで建てられている建造物は、摩天楼を彷彿とさせた。雑踏の人込みの中で、龍神族が通るとみな敵意と恐れを抱いた視線をぶつける。
彼らは白い衣を纏い、人々の中を歩く。
「やっと魔物がいなくなったというのに、いつまでこの国に居るつもりなんだ?」
「さっさと国を出ていってくれないかな?」
「暴れ出したら誰が止まれられるというの?」
それは人間たちの罵声だった。
救われた者たちが救った者を非難する。
けれど龍神族たちは誰一人反論せず、歩き続けた。次の目的地に向けて。歩き続ける。その中にユヅキの姿があった。フードを被って、下を向いて歩いている。
また魔物の被害に襲われている国に行くと、国を挙げてのパレードや歓迎を受けた。けれど、それも魔物退治が終わるまでだ。
人間は龍神族を神の遣いと崇めつつも、問題が起こった時の便利な道具だと思っている者が多かった。だからこそ、龍神族たちの中には怒りをあらわにする者たちが増えた。
「人間め……! 我々を何だと思っているのだ!?」
「粛清が必要なのでは?」
「いっそ、魔物退治を一時中断してみるのを、龍神様に進言してみるのは?」
「いや、それよりも西の国を治めている陽善様のもとに行くのはどうだろうか?」
「あそこならば、我らも歓迎されるだろう」
「ああ。どちらが優れているかわかるだろうよ」
龍神族の魂の色が人間に感化されて、魂の輝きが鈍くなっていく。それを敏感に察知していたのはトーヤだった。そのカリスマで龍神族のフォローや相談に乗る。そうやって暴走をとどめていた。
俺は自分が想像している以上にユヅキの生きてきた道が、険しく壮絶なものだったと知る。龍神族と人間の確執。開き続ける溝。
だからこそ彼女は人間を──俺を信じるのに、あれだけ時間を要したのだと気づく。
俺が優しく接するたびに困惑と、疑念を抱いていた理由も頷ける。
信じてそのたびに何度も裏切られた。利用されたのだから。
当然の反応だ。
彼女は深く傷ついた。
そして──次の映像でそれは決定打となったのだろう。
紅蓮の炎が燃え上がり、空を赤く染めていた。
黒煙と連続的な爆発。
咽かえる様なオレンジ色の夕暮れの中、真っ黒な塊が空を穿たんと膨張し──それは形を成した。
高度な魔法技術を発展させた国──ヴァルハラが炎に包まれている。そしてその中心には漆黒の龍がいた。蝙蝠の大きな翼、鹿の黒い角、漆黒に覆われた硬い鱗の九つ頭を持った龍が全てを破壊せんと暴れまわっていた。全てを憎み、恨み、罵詈雑言を叫びながら咆えた。
──アアアアアアアアアアアアアアアア!!──
「父様……あれ、陽兄じゃないよね? 兄様が邪龍になって──なるはずないもの!」
邪気を纏って魔物へと転化した成れの果て。
倒すべき対象。
白銀の長い髪をたなびかせ、白い衣を纏った男は首を横に振った。酸漿色の双眸は悲し気に、息子の成れの果てを見据えていた。
その手に持つのは白銀の刀。
「ああなってしまった以上、私は止めなければならない。結月、貴方は──」
「私も行く。兄様を助けるの!」
「残念ながら、ああなってしまったあの子を助けられるのは「つがい」である者だけ。「刻龍印」を刻んだものならば、あるいは──」
そこからはまるで映像がコマ送りのように進んだ。
邪龍を倒す龍神。
けれどそれは自分の息子を殺す親の構図に見えたのだろう。ユヅキは泣いていた。声を上げて。
建造物の上からユヅキは、一国の終わりを見ているしか無かった。全てを焼き尽くさんとする灼熱の炎、逃げ惑う人間たちは我先にと他者を押し抜けて、醜く生に縋る。誰も自分たちの王を助けようとする者はいなかった。
それを見てユヅキは涙を拭った。十五、六の少女は死にゆく兄を見て、終わりを齎した父を見て、傍に居た男に告げる。
「刀夜。私、強くなる。……そして、私よりも強い人をツガイにするの」
「結月」
「私がもし邪龍になったら父様じゃなくて、その人に殺してもらえるでしょう。父様に、もう誰も殺させたくないもの。母様が眠って、兄様が逝って──私だけは、父様を安心させてあげないと」
ユヅキはとても強い目をしていた。悲しみの中でも、揺るがないその眼差しに見惚れたのは、俺だけではないのだろう。
それから映像が途切れ──建物の中だろうか。炎の中に取り残された少年が映る。黒い角、黒髪の少年は間違いなく龍神族の子どもだ。
「う……」
「ああ。陽善の息子である白衛は死んでいたが、君は生き残ったんだな。名は確か劉蓮だったか」
「…………」
「君に国を一つ与えよう。君の父親が望んだ理想を叶えるために、そして結月がこれ以上、悲しまないように。龍神族が幸福となれる国を、世界を、時代を築こう」
リュー=レン。
それは皇国イルテアの初代皇帝の名だ。
つまり、俺はユヅキの兄の──。
全てはトーヤの計画だった。龍神族を、いやたった一人の女の幸せの為に国を作り、世界を変えた男。そうやって七百年以上かけて、人間の価値観を擦り変えた。
国が広く大きく、そして文明が発達していく姿がせわしなく続いた。
龍神族は長寿だが、トーヤは天界と下界を行き来するためにクローン技術に手を伸ばし、自分の記憶を上書きしていった。
トーヤの宝玉が赤黒くなっていく。
七百年の歳月で一体何度、肉体を取り換えたのだろう。再生するたびに龍神族の力を失いつつあった彼は、天界に居る龍神族たちから力を奪っていった。だがそれは龍神族を増長させないためのものでもあった。
トーヤの宝玉は黒ずんで以前のような澄んだ蒼はどこにもない。ただわずかに鈍色の煌めきを残して。





