第24話 安っぽい挑発
私はそう背を伸ばしながら、気軽に答えたのだが──ダリウスはその場から動かなかった。代わりに、傍に控えていたカイルが佩刀していた剣を抜いた。片刃の刀──サーベルは刃渡り八十センチだろうか。軍用の携行武器としては一般的だ。カイルは黒の軍服を着こなし、籠手と具足だけのかなり身軽な格好をしていた。だが、覇気は周囲を威圧するほど空気が張り詰めていた。
「それでは皇太后。殿下との稽古の前に、お相手をお願いします」
私は「これ、どういうこと?」とダリウスに目で訴えた。どうやら彼は最初から私の相手をする気はなかったようだ。恐らく彼も私の力を試す気なのだろう。それならそうと最初から話してくれればいいのに。
「お前の実力がどれぐらいなのか、興味もあったからな」
(私が予想以上に弱かったら、ダリウスは私に怪我をさせてしまうと思ったのよね)
仮にも龍神族の──龍神の娘に対して、それは配慮ではない。
侮辱に近かった。
カチン、ときたのは言うまでもない。
(ああ──そっちがそうくるのなら)
私の服装はかなり身軽だ。東の民族衣装で白い上衣に白の袴。袖が長ければ完璧だが、七分ほどしかない。傍から見たら踊り子に近しい服装に見えるだろう。もっとも露出度はかなり低いが。
「どこからでも、どうぞ」
安っぽい挑発に私は口元が緩んだ。強者との戦い。それに心が躍らないならば剣士として、いや戦士ではないのだろう。
「そう? なら最初から全力だと嬉しいのだけれど」
「なっ」
私は一瞬でカイルの知覚外へと跳躍した。
構えていたカイルの背後、それも首筋に刃渡り十センチほどの果物ナイフを向ける。瞬間移動などではい。膂力と歩兵によって虚を突いたのだ。気づいたのはダリウスぐらいだろうか。
「おお!」と兵士たちも声を上げる。
今の動きでカイルも私の実力を再認識したようで、助かる。
「これは──龍神族である貴女に失礼でしたね」
「別にいいわよ。ただ次に本気で来なかったら、その腕折るから」
私の武器は刃渡り十セントほどの果物ナイフだ。銀色でピカピカに磨かれている。もっとも手加減をするなら素手でもいいのだけれど、それだとあまりにも失礼だから一応武器を見せていた。
ちりちりと肌に刺す威圧感に、私も今度は構える。
動いたのは同時だ。
カイルは魔法を打ち込もうと詠唱を行いながら、サーベルを振り下ろす。なんとも器用なものだと少しばかり感心した。
魔法による強風が吹き荒れた。
間髪入れずにカイルは連撃を放つのだが、私は風のように受け流し身を翻す。さすが万年、魔物討伐を行ってきた部隊長なだけあって個々の戦力としては高い方だろう。けれど私から言わせれば、どちらも中途半端だ。
剣術も、魔法も。
才能はある。むしろ磨き切れてないで力の使い方を上手くできずに、空回りしているような印象だった。
少しずつ加速する私に、なんとか追いつこうと刃を振りかざすカイルは今まで以上に全力を出していることに、気づいているだろうか。
ちょっとだけ楽しいと思えた。
そういえば私に稽古をつけてくれた陽兄は、戦うことそれ自体よりも鍛錬によって成長するのを見るが好きな人だった。私はそのことを思い出して、少しだけ嬉しくなった。忘れていた──大事な記憶。
埋没してしまった兄様との思い出が次々と蘇る。それは私が誰かに稽古をつけているからこそ、思い出せた事だ。
「これならどうです! 祖は大地母神の恵を我らに。悪しき魂に眠りを与えん。広範囲特定魔術式──第五位階、土壌突槍!」
大地が揺らぎ、地中に巨大な地龍のように私目掛けて一直線に駆ける。地面から突如生じた土の槍。常人ならば、なす術なく貫かれただろう。だがこの程度なら魔法による相殺を行わなくても済む。
本来なら膂力だけで対処もできた。けれど兄様との懐かしい記憶を一つでも思い出せた事に対して──礼というと少し可笑しいけれど、私はそんな気持ちで魔法を使う事にした。
手を掲げ無詠唱で、掌に超高密度に圧縮した風と炎魔法を生み出す。
「魔術式第三位階──風爆炎」
その魔法を大地目掛けて解き放つ。
瞬間。
大地に巨大なクレーターが生じ、抉れた大地は巨大な衝撃波となって土の槍の威力は相殺される。
凄まじい爆発がおき、私とカイルの姿は土煙に呑まれた。だが私は目を瞑っていても感知が可能だ。そのまま一気に勝負をつけようと、土煙の中を突っ込む。
カイルも私が突っ込んでくることを察してしたのだろう。勘はいいようだ。
金属音がぶつかり合う。
火花を散らして、彼のサーベルが宙を舞った。私はカイルの首の手前で、果物ナイフを止める。彼は悔しそうな顔というよりも、やり切ったいい顔をしていた。次いで私を見て心底嬉しそうに微笑んだ。
「参りました」
「うん。私も楽しかったわ」
「おおお!!」
「何だ、今の!?」
「さすがは皇太后様だ!」
一気に歓声が上がった。その声に、私は微苦笑する。
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