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第21話 外堀から埋められてません?

 悲鳴を上げてサロンに足を踏み入れたのは、灰色の髪の老婆だ。眼帯で顔の三分の一は隠れているが、キッとした眉毛に、神経質そうな顔をしている。服装は侍女のメイド服よりもシックなドレスを着こなしている。おそらく彼女が侍女筆頭だろう。でも侍女筆頭よりも、女騎士とか女頭領の方がしっくりくる。


「この馬鹿者が! 高貴なお方と同じ席に座るなど何を考えているの!」

(あ、やっぱりこの時代も身分さはあるのね)

「ですが侍女長! 皇太后様が許可を──」

「お黙りなさい!」


 怒り心頭の侍女長に対して、侍女たちはすでに涙目だ。さすがにこれ以上は黙っているのも悪いので口を挟むことにした。もっとも最初に「お茶会」と言い出したのは私なのだから、責任は私にある。


「侍女長。お茶をしたいと言ったのは私なの。それにダリウス以外の人間と話をする機会もなかったから」

「皇太后様。申し遅れました。私はこの城砦の侍女兼護衛部隊統括のクララ=ロジャースでございます。ご挨拶が遅れたこと申し訳ありません」


 ドレスの裾を掴んで深々と頭を下げた。その所作からみても、皇族専属の侍女として半生を費やしてであろうことが如実に見て取れた。彼女ならダリウスから私の事情を聞いているかもしれない。──が、周りには侍女たちもいることを考慮して「皇太后」の仮面をかぶって答える。


「ダリウスから聞いているかもしれないけれど、私は結月守那よ」

「天界に住まう龍神族の姫君に拝謁出来たこと心より感謝いたします。この者たちの処遇は──」

「それよりも彼女たちは、皇族専属の侍女としての教育が甘いようだけれど、それはダリウスの身の回りをするから少し特殊ってことかしら?」


 ダリウスの体質を考えると、少しでも魔力耐性がある者たちでなければ身の回りの世話などは出来ないだろう。たとえ近くにいなくても、魔力耐性がなければ人体に少なからず影響が出る。それを考慮すると私の目の前に居る侍女たちの魔力耐性は、人間にしては高い方だ。


「ご推察の通りでございます。この者たちは出自ではなく、体力と魔力耐性があることを考慮しておりますので、貴族階級の常識がやや欠けております」

「それは心配ね。三か月後に皇太后の候補者たちが来るのでしょう? 彼女たちが侮られればダリウスの面子が潰れるわ」


 顎に手を乗せて今後のことを考えていると、呑気な侍女たちは事の重大さを理解していないのか、小首を傾げている。


「どうかした?」

「あ、いえ! あの、皇太后様がすでにいるのに、どうして候補者様たちがくるのですか?」

「政治的な理由があってだと思うのだけれど……。それこそ婚姻は商談と似たようなものだから、何事においても話し合いの場は必要でそう簡単にはいかないのよ」


 もっとも私が皇太后「役」をやっているとは口が裂けても言えない。それこそ質問攻めにされるだろう。何よりダリウスの顔に泥を塗るわけにはいかない。


「では今後は、皇太后様が城砦の管理業務を行っていただけないでしょうか?」

(はい? 今、なんかとんでもないことを言われたような?)


 クララはにこりと私に微笑む。口元の皺が深みを増している。もしかしてそれを狙って今まで現れなかったのではないだろうか。そう思えるほど、完全に逃げ場はない。


「元々、城の管理などは皇太后様が仕切るのが仕来りですので、その方がみなも張り切るでしょう。外の魔物などの殲滅はダリウス、場内はユヅキ様が──」

「魔物が出たら私も戦うわ。……とはいえ、そのあたりは私の一存では決めかねる問題だから、ダリウスと相談する形でいいかしら」

「はい。そのように一考いただければと思います」



 ***



(日に日に外堀から埋められているような気がする……)


 お茶会を終えて、まだ寝室に戻る気にもなれず私は西の塔を散策するように歩く。ふと西の塔と中央の間に中庭が見えた。薔薇の垣根は私の身長よりも高く、入り組んだ迷路のようだ。薔薇の香りを堪能しながら私は一人歩く。


 ふと昔の記憶が脳裏によぎった。

 西の魔法都市ヴァルハラの王宮で見た光景に似ている。その先には東屋があって、そこで兄様と王女の姿をよく見かけた。二人とも幸せそうに笑い合い、私に気づくと手招きをして温かく迎えてくれた。

 幸福だった時間。

 幸せはずっと続くと──そう思っていた。甘い夢は砂糖菓子のように、あっという間に溶けてしまう。

 ふと過去との映像がダブって、私は手を伸ばすが空を掴んだ。


(陽兄が生きていた時は、永遠の愛も、幸福もあると思っていたのに……。今はそれを信じていない。だからダリウスの想いが嬉しくて──それと同時に辛い)


 龍神族に対して、こんなに温かく迎えてくれるのはダリウスの──いや、皇太后だからだろうか。私が皇太后など務まるわけがないというのに。

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