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第14話 夢はいつか醒めるもの


(十年前の企てが刀夜かどうかは分からないけれど、表立って動いてないなら引きずり出すところからなんとかしないと……。刀夜の事だから、名前もきっと変えているはず)


 そんな事を考えながら客室を出ると、近くの螺旋階段へと向かった。レンガ造りの城砦は西と東にそれぞれ塔がある。私が落ちた塔は東にあり、この数日の間に大穴は塞がったようだ。もっとも雨漏りを塞ぐような簡単なものだが。

 城砦に人の気配はあるものの、今までダリウス以外に出会ったことはない。ダリウスも私を紹介する気もないのか、そういった話を意図的に避けているような気がした。


(婚約者ごっこをしている間だけだもの。変に詮索することもないでしょう)


 言い聞かせるように私は何度も心の中で反芻する。そんなことを考えている間に、展望台に到着する。西の塔の最上階は展望台となっており、周囲を三百六十度一望できた。

 風が頬をかすめる。

 私は初めてこの国、皇国イルテアを見た。夜とは雰囲気全く違う。


「わぁ……!」


 城壁の向こう側は鬱蒼と生い茂る森が広がっており、反対側には草原が広がっていた。草原の向こうには微かに近代的な建物がうっすらと見える。鉄筋コンクリートの建造物と、硝子細工でできた窓は多少なりとも文化の発展が垣間見られた。

 龍の視力は千里先まで見通せる。帝都と思われる場所で爆炎は見られない。ダリウスが話したように、戦争のような物々しい雰囲気も、帝都が戦火に晒されている様子はない。


(やっぱり下界に降りた時の時間軸がズレている……? それとも刀夜が目的を変更した?)


 とにもかくにもこの国に表立った危機が無いと確認出来てホッとした。そして改めて、ここにあまり長く居てはダメだと思い知る。

 何度も自分で律しなら、反芻するのに──気づけば夢見てしまう。あまりにも居心地がよくて、自分が普通の女の子だと錯覚しそうになる。守る側ではなくて、守られるお姫様のように。

 淡く優しい夢。

 柔らかくて、ふわふわで、甘いお菓子と可愛いものや綺麗なものに囲まれて暮らす。大切にされて、大切にしたい相手がいる。そんな夢のような世界に長く居てはダメだ。戦いの勘が鈍るし、何よりダリウスの想いを受け入れてしまいそうな自分がいる。

 夢はいつか醒めるものだ。


(……陽兄なら、こんな時どうしてたっけ?)


 陽兄。兄様。私にとって兄の呼び方はこの二つ。使い分けているわけではなく、なんとなくその時の雰囲気で変えている。

 つがいだった人間に裏切られて命を落とした兄様。


 一陣の冷たい風が吹き抜けていく。

 揺らぐ髪を気にせずに私は頭を振った。こんなにも心が揺らぐなんて今までなかっただろう。自分で思っていた以上に、ダリウスの存在は大きくなっている。


(ダリウスが傍に居るのも、食事や、一緒に眠る時は──嫌いじゃない。それをダリウスも気づいている。もし、ダリウスが本気で私を好きになったというなら、私は──彼の気持ちに──)


 刹那、背後から禍々しい魔力と、殺気が生じる。

 まるで今この瞬間に転移してきたかのような、そんな不自然な出現だった。


(魔物の出現は黒い濃霧か、空間の亀裂からのはず……)


 反対側には青々と生い茂る森が広がっている。ダリウスが話していた魔物が出現するという降魔ノ森からだった。

 森から勢いよく飛び出してきたのは、漆黒のグリフォンだ。鷹の翼と上半身、獅子の下半身を持つ魔獣である。巨大な翼を広げて群れで空を旋回し、こちらに向かっている。迎撃するならば今しかない。

 私は片手を天に向かって翳す。


「!」


 そうすぐさま迎撃態勢を取る自分の行動をふと思い返し、口角が自然と上がった。

 やっぱり自分は普通の女の子じゃないのだと実感する。敵の襲来に悲鳴も上げないのだから。

 でもそれが私だ。やはり私は──可愛いだけ、守られるだけは無理なのだろう。


(魔力はまだ回復していないけれど、この土地に宿る魔力を集めれば──)


 膨れ上がる魔力の奔流を制御して、新たな形へと術式を組み替える。それは魔法陣と呼ばれる円状の紋様。単純な魔法なら四大魔素に倣って集めたエネルギーを火、水、土、風のいずれかに昇華させればいいのだが、もっと複雑に組み上げると、その倍以上の効果をもたらす。術式は数式の者もいれば、古代数文字を組み立てるものもいるが、今回使うのは古代文字による魔法陣だ。


「雷の使徒、稲光と轟音と共に──」


「そういえば」と選んだ呪文が、かなり詠唱時間が長いことを思い出した。本来であれば言葉を紡ぐことによって術式をくみ上げるのだが、そこは面倒だったので多少威力が欠けるものの即効性を優先する。


「以下略、魔術式第七位階、蒼穹神雷撃!」


 白亜の雷が唸る。

 数千の光の矢が、無情にもグリフォンの頭上に降り注いだ。「ギャアアアア」と断末魔を上げながら、魔物は形を保てず、その刃や鋭利な爪は私に掠りさえせず、そのまま灰となって消滅する。雷撃を浴びながら、突っ込んでくるグリフォンが一頭。

 結界を無理やり突破したグリフォンの硬度さから見ると、群れを率いていた魔物の親玉だろう。


 ──ガアアアアアアアア!


 咆哮は衝撃波を繰り出したが、私にとってはただのそよ風程度だ。


(風の魔力を具現化──構築固定)


 周囲に漂う風の魔力を集めて剣を作り出す。

 斬ッ!

 グリフォンを頭から切り捨てた。非力な腕に見えるかもしれないが、龍神族の膂力(りょりょく)は瞬発的に人間の力を軽く凌駕する。

 ガキィン──振り下ろした刃は、私の力に耐えきれなかったようで粉々に砕けた。だがグリフォンを屠る目的は達したようだ。


(痛っ……)


 まだ肉体が完治していなかったようで、骨や筋肉が僅かに軋んだ。それほどまでに体の中のダメージは大きかったのだと気づく。

 ただ幸いなことに 第二波の予兆はないことを確認すると、構えを解いた。


(第二波が無くてよかった。それとここが魔力の濃い土地で助かったわ。……にしてもあの森。なんだか妙ね。少し調べてみ──)

「すごいですわ!」

「ん?」


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