第11話 婚約者ごっこ 前編
ダリウスから聞き齧った内容はこうだ。
今から十年ほど前に国中で一斉に魔物が大量発生するという大事件が起こった。この国は建国当初から巨大な結界が常時展開して、魔物の侵略を防いでいたそうだが、その結界が十年前に突如消滅したという。そのせいで国中が混乱し、未曽有の危機に陥った。魔物は「降魔ノ森」を抜けて国内に押し返したのが、当時軍の総司令官──のちの前帝。
話を聞く限りでは、その前帝も龍神族の末裔なのだというのだから、刀夜という可能性はある。私はダリウスに刀夜のことを話した。あくまで龍神の意向を無視して、単独で暴走した──という所までだ。同族殺しをしたことは話したが、私を迎えに来るなどと言っていたことは伏せた。
この話をすれば、刀夜について根掘り聞かれる──だけならいいが面倒な嫉妬に、スキンシップがこれ以上増えても困る。刀夜は家族同然の付き合いだが、私にとっては二番目の兄のような存在だ。刀夜に昔、告白をされた事もあるが、その時も速攻で断った。龍神族のつがいとなる者同士は魂が惹かれ合うという。男の龍神族は「高貴で清らかな魂を持つ者」に惹かれやすく、女の龍神族は「心身共に強さ」を求めるそうだ。
私は龍神の娘。
母様は人間だけれども、その力は他の龍神族をはるかに上回る力を有している。つまりは、同族に惚れない。その上、人間は弱過ぎるので、私のつがいは一生現れない。
いくら刀夜やダリウスに慕われても、応える気はないのだ。ふと刀夜の言葉を思い出す。
──これで君と同じ強さがあると証明できただろうか?──
(私が強くないと言ったから……刀夜は、同族殺しをしてまで強くなろうとした?)
思い返せばあの時──猫々と馬仙を殺した時に言ったセリフを、もっとよく考えるべきだったのかもしれない。
「トーヤ、だったか。この世界を滅ぼすというのなら、十年前の一件がそれに該当するかもしれない。確かにあの時代の魔物の発生には違和感があった」
「それもそうなのだけれど、話を聞いたらイルテアが建国時から魔物がいる方が驚いたわ」
「その言い回しだと、元々魔物はそう頻繁に発生するものではないと?」
「ええ……。もしかすると、龍神族が天界に去ってから、この世界で何らかの変動があったのかもしれない。確証はないけれど」
「魔物とは一体なんなのだろうな。黒霧より現れる異界の存在……」
「この星を蝕む病原菌のようなものかしら。人だって生きていれば病気や怪我をするでしょう。それと同じように星を蝕もうとする外敵がいるということよ」
食後のお茶を淹れようとダリウスの膝の上から立ち上がろうとするのだが、ダリウスはすぐさま私を抱きしめて阻止する。
「お茶が飲みたいの」
「ふむ。ユヅキの淹れたお茶も悪くないな」
パッと私を解放する彼はこういう時だけ子どもっぽい。魔導具のポットでお湯を沸かすと、ティーポットに茶葉を入れる。どれだけ年月が経とうと、人間の食に対する造形の深さは常に進化を遂げているようだ。
私が好きだった緑茶もあったので、嬉々としていれる。母様の故郷の味。
若草色の独特な香りが鼻腔をくすぐる。本当は陶器の湯飲みで淹れたかったが、ティーカップで我慢する。
「いいものだな」
「なにが?」
ダリウスはソファに寄りかかりながら、私がお茶を淹れている姿をじっと見つめていた。
「好きな女が自分の為に何かしてくれるというのは」
「……お茶を淹れているだけなのだけれど。主に自分が飲みたくて」
「だが俺の分もあるだろう?」
私は言葉に詰まった。この状況下で自分だけお茶を淹れるような無神経な人間な訳ないだろう、と思ったがグッと堪えた。
「……話を戻すけれど、その十年前の事件で大きな成果を上げて、のし上がった人物は前帝以外に居るの?」
「ああ、そうだな。俺の知る限りで二人いる」
私はテーブルに二人分のティーカップを置いた。ダリウスは自分の膝の上に戻ると思っていたが、私は彼の隣に座って緑茶を楽しむ。
彼は少しだけ残念そうな顔をしつつも、ティーカップに手を伸ばした。
「ん、美味しい。やっぱりいい茶葉を使っていると美味しいわね」
「そうだな。ユヅキが淹れたお茶か。……どうにか後世に残せないものか」
「いや飲んで。今すぐに冷めちゃうし、風味が落ちるわ」
「ならまた淹れてくれるか?」
その言い方は卑怯だ。
だが身の回りのことを世話になっているのに、断るには良心が痛む。
「……たまになら」
「それは楽しみが増えた」
ダリウスは上機嫌でお茶に口をつける。





