真実
彼女は知ってしまったんだ。
僕らの秘密を
何も変わってない、風通しのよさも消毒液のにおいも。
ほかのところよりも広くなっているその部屋にはベッドがひとつ置かれているだけだった。
「座って?」
彼女が指差したのは二つのパイプいすだった。
「こりゃどーも」
ドスンと乱暴に座った忍に対して司はゆっくりと腰を下ろした。
その間も少女はじっと観察するように二人を見ていた。
はじめてあったときと同じ静けさ。
「ところで、お前の名前は?」
その言葉が忍の口から出てきたことに司は驚いた。
他の人にとっては普通かもしれない。でも二人からしたらそれはありえないことだったから。
この世界は僕らと僕ら以外でできている。
ずっとそう思って生きてきた。
「……悠里」
少女は静かにそう答えた。
「ヘぇ、じゃあ悠里。悠里はあの日何を見たか教えて」
悠里はため息をして窓のほうを向いて話し出した。
――――――私、昔から病気でずっとこの病院にいたんだけど、ある日私より年上の女の子がここの病室に入院してきたの。ここの病室は重い病気の人しか入れないからどんな子なのか興味を持って覗きに行った。その子は本を読んでいて少し影がある子だった。その子は私に気づいて声をかけてくれて、その日から私はその子のことをお姉ちゃんとよんでよく遊んでもらっていたの。けど、いつも遊んでるときはすごく楽しそうなのに私が病室から出て、隠れてお姉ちゃんのことを覗いたら、さっきとは別人みたいに真剣な顔で窓のどこか遠くを眺めていた。それが私にはとても悲しそうに見えた。だからいつもそんな顔をお姉ちゃんがしないように遊びに行ってた。
お姉ちゃんの体が悪くなってしばらくあえない日が続いたある日。お姉ちゃんの部屋を通りかかったらドアが少し開いてて、話し声が聞こえてきて思わず聞いてしまった。
「姉ちゃん、本当にいいの」
「よくなかったらこんなこと頼まないよ」
頼む?なにを?
「わかった」
なにを言ってるの?まったく話が見えない。
ただ今わかるのは、お姉ちゃんとこの二人の少年の話の内容が深刻であることがわかった。
「え、、?」
思わず私は声がでてしまった。
二人の少年がお姉ちゃんの命ともいえる医療品を取り外しだした。
そんなことしたら、お姉ちゃんは数分後に死んでしまう!と心では叫んでいた。けど、体は心とはうらはらに動いてくれなかった。
「じゃあね、姉ちゃん。」
私はさっと立ち上がって物陰に隠れて二人の少年が出て行くのを見守っていた。
手を繋いで去っていく二人は泣いていたのだろうか、後姿だったからわからないがたぶん泣いていないと思う。こんなひどいことを実の姉にするなんて………
ガタッ、音を立ててしまった。
「司…?忍…?」
病室からか細い声が聞こえて、私は動きを止めてしまった。こんなに弱ってしまうなんて、と思いながら。
もう、一緒に遊んでいたころの元気なお姉ちゃんはいなかった。
とても痩せていて、顔もやつれていた。
「悠里だよ」
なんて声をかければいいのかわからない私にとって、やっと出てきた言葉だった。
お姉ちゃんはゆっくりと骨格を上げて笑ってくれた。
「私が知ってるのはここまで」
窓のほうに顔を向けていた悠里はこっちを振り返った。
「そんなところまで見てたのか…」
忍はもうなんともいえない様子でいた。
そんな忍に言わなければよかったかもしれないと少し思ったが、いつかは言わなくちゃいけないと悠里はまた話し出した。
「お姉ちゃん、泣いたの。忍と司といたいって、死にたくないって……あんなお姉ちゃん私始めて見たわ」
司は忍を見た。忍は今どう思っているかとか、そんなこと考えるわけじゃなくて、なんとなく忍のほうを見た。双子だから性格も似てるんだって言うけど、それ、嘘。
司は心の中で思った。
僕はいつだって忍を見て自分の行動を確認しているんだ。そのことに忍は今までも、そしてこれからも気づかないんだろうなと。
「私はお姉ちゃんに君たちを頼まれた。だから私は君たちといる」
「病気のくせに?」
司は自分の口からそんな言葉が出るとは思ってもなかった。
「おい…司、らしくねーぞ」
忍は一瞬驚いた顔をして、そして怒ったような困ったようなよくわからない顔をして言った。
しかし、司の口から言葉として出てきたものは、まぎれもなく、病気の人と関わりたくないという本心だろう。
天気予報では晴れだといっていたくせに、さっきから雨の音はやまなかった。
「忍がなんと言おうが、俺はもう病気の奴とは関わりたくない」
「司」
そのときの忍の真剣な顔は今まで見たことがなかったし、これからもきっと見れることはないだろうなと司は思ったんだ。
「確かに俺たちは今までずっと二人で生きて、俺たちの中に誰かが入ってくるとか考えたこともなかったけどそれじゃだめなんだよ。人と関わるのがめんどうなんじゃない、怖くて逃げてるだけだったんだ。怖がるとか俺ららしくねーじゃん。俺はそんな臆病で殻にこもるような奴にはなりたくない。でも一人じゃ不安っていう気持ちも正直ある。司にはそばにいてほしい。他の人と普通に接するには時間がかかると思う、けどきっと二人ならやっていける、そんな気がするんだ」
だからと言って忍は司の前に手をさしのべた。
「一緒にいこう」
――――――いつも、忍は俺なしじゃ生きていけないだろうなって考えてた。自分で朝ごはんも作れないし、忘れ物はよくするし、生意気だからよく他の奴とけんかするし。でも、親が死んで抜け殻みたいになってた俺の横にはいつも忍がいてくれた。…生きていけないのは俺のほうだな。俺は忍なしでは生きていけない。
「わかったよ」
その言葉に忍の顔はパアッと明るくなった。
「さすが司!!」
「ちょっ、おまっ!ひっつくなって!」
ふふっと悠里が笑う。
「二人ともほんと仲いいよね、付き合ってたりして~」
「んなことあるわけねーだろ、馬鹿か」
「頭おかしいんじゃないの」
「二人ともひどい!冗談なのに!」
悠里と司が言い合いをしている中、忍はそっと司を見た。
―――――俺たちは兄弟だから恋愛は絶対ないけど、双子だからこそつながってられるんだ。そうだよな、司。
「何だよ忍、こっち見てキモい」
「はあ!?見てねーよタコ!」
ガラッ
「失礼するよ」
三人の動きが止まる。
そこにたっていたのは清水さんだった。
もしかしたら、俺たちの物語はここからだったりするのかもしれない。