かわいいから
桜がたくさん咲いていた。
「いっぱい!」
いずみは桜の木を見上げた。
風が吹くと、花びらがいっせいに落ちてきた。
「わあ!」
いずみは両手を広げて走った。
「ノア、とって!」
「はい」
ノアも手を伸ばした。
花びらはノアの手の横を通り過ぎていった。
いずみが笑った。
「とれてない!」
「はい」
「もう一回!」
また風が吹いた。
いずみは花びらを追いかけて走る。
ノアもそのあとを追った。
「とれた!」
いずみが手を開いた。
小さな花びらが1枚のっていた。
「見て!」
「はい。桜の花びらです」
「ノアは?」
ノアは手を開いた。
何ものっていなかった。
「へた!」
「なかなか取れません」
少し離れたところで、母が呼んだ。
「いずみー、お弁当食べるよー」
「はーい!」
いずみは母のところへ走っていった。
ノアも歩いていく。
「ノア」
「はい」
「ついてる」
ノアが止まった。
「何がですか」
「お花」
ノアの頭に、桜の花びらが1枚のっていた。
ノアは頭に手を伸ばした。
「あ、待って!」
ノアの手が止まった。
「かわいいから、とらないで」
「はい」
いずみはまた歩き出した。
ノアもそのあとを歩いた。
母と父がレジャーシートを広げていた。
いずみは靴を脱いで、シートの上に座った。
「おなかすいた!」
「さっきまで花びら追いかけてたからでしょ」
母がお弁当のふたを開けた。
いずみはすぐに手を伸ばした。
「これ食べる」
「待って。手、拭いてから」
「はーい」
ノアはシートの端に座った。
「ノアは食べないの?」
「食べません」
「おなかすかない?」
「すきません」
「いいなあ」
「いずみはおなかすいたんでしょ」
母が笑った。
「すいた」
いずみも笑った。
風が吹いた。
桜の花びらがお弁当の上に落ちた。
「あ!」
いずみが取ろうとする。
もう一度、風が吹いた。
花びらはころころ転がって、シートの外へ飛んでいった。
いずみはノアを見た。
頭の上には、まだ1枚のっていた。
「ノアのお花、まだあるね」
「はい」
いずみは満足そうに、お弁当を食べ始めた。




