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聖女と納豆  作者: 大豆


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11/11

後日談 それからの納豆

あれから一年が経った。


王都の朝は、今日も平和だった。


市場には新鮮な野菜が並び、パン屋からは焼きたての香りが漂っている。


そして、街の至るところから――


「納豆、三パックください!」


「うちは五パック!」


「大豆を追加で!」


そんな声が聞こえてくる。


かつては誰も知らなかった納豆という食べ物は、今では王国を代表する名産品になっていた。


納豆専門店は王都だけで三十軒。


魔族領にも二十軒。


エルフの森では納豆を使った保存食が研究され、ドワーフたちは納豆を混ぜるための専用器具まで作り始めた。


そして、その中心にいるのが――


「聖女様、今年の新作です!」


「またですか?」


リリアーナは納豆専門店のカウンターで、差し出された料理を見つめていた。


「納豆パンケーキです!」


「……」


「こちらは納豆クッキー!」


「……」


「そしてこちらが、納豆プリン!」


リリアーナは最後の一皿をじっと見つめた。


「それは本当に必要なんですか?」


「もちろんです!」


店員は自信満々だった。


「納豆の可能性は無限大です!」


「可能性と相性は別ですよ」


その横では、アルベルト王子が納豆パンケーキを食べていた。


「うまい」


「殿下」


「何だ?」


「本当においしいんですか?」


「おいしい」


「納豆が入っていて?」


「納豆が入っているからこそだ」


「……味覚が変わりましたね」


「君もだろう」


リリアーナは反論しようとして、口を閉じた。


確かに。


最初の頃は、納豆を食べるたびに大騒ぎになっていた。


今では、朝食に納豆がないと少し物足りなく感じる。


「ところで、魔王様は?」


「厨房だ」


「またですか?」


「新しい納豆を作っている」


リリアーナはため息をついた。


魔王ゼルガは、今ではすっかり納豆職人になっていた。


世界征服の野望は消えた。


代わりに、


「今年こそ最高の納豆を作る!」


という別の野望を抱いている。


その頃。


店の裏にある厨房では、魔王が大きな桶を前にしていた。


「よし……」


大量の大豆。


専用の発酵室。


温度計。


湿度計。


そして、三百回混ぜるための巨大な箸。


「今年は四百回だ」


魔王は真剣な表情で箸を握った。


そこへナットウ二世がやってくる。


『まぜすぎ』


「何だと?」


『三百回でいい』


「なぜだ?」


『疲れるから』


「納豆が疲れるのか?」


『ぼくは疲れる』


「……」


魔王はしばらく考えた。


「では二百九十九回にするか」


『それは少ない』


「なぜだ!」


『なんとなく』


「納豆の感覚など分からん!」


厨房から言い争う声が聞こえてくる。


リリアーナは思わず笑った。


「平和ですね」


「そうだな」


アルベルトも頷く。


そのとき。


店の扉が勢いよく開いた。


「聖女様!」


一人の少女が駆け込んできた。


「どうしました?」


少女は息を切らしながら言った。


「私、聖女様みたいになりたいんです!」


「私みたいに?」


「はい!」


「どうして?」


少女は胸を張った。


「世界を救えるからです!」


リリアーナは少し困った顔をした。


「私は、世界を救おうと思って納豆を食べたわけではありませんよ」


「そうなんですか?」


「朝ごはんを食べただけです」


少女は目を丸くした。


「……じゃあ、私も納豆を食べれば聖女になれますか?」


「なれません」


即答だった。


「どうしてですか?」


「聖女になるには、納豆以外にもいろいろ必要です」


「例えば?」


リリアーナは少し考えた。


「困っている人を助けること」


「はい」


「自分だけでなく、他の人のことも考えること」


「はい」


「それから……」


リリアーナは店の厨房を見る。


「納豆を食べすぎないこと」


「それは聖女に必要なんですか?」


「私も最近、よく分からなくなっています」


少女が笑った。


その様子を見ながら、リリアーナも笑う。


一年。


たった一年で、世界は大きく変わった。


魔王は納豆職人になった。


王子は納豆外交の専門家になった。


神様は月に一度、神託を送ってくる。


『今月のおすすめはひきわり納豆』


などという、どうでもいい内容ばかりだ。


そしてナットウ二世は、今日も元気に白米を食べている。


『ごはん、おかわり』


「さっき食べたばかりでしょう?」


『おかわり』


「……少しだけですよ」


『やった』


リリアーナは白米をよそう。


ふと、窓の外を見る。


青い空。


穏やかな風。


遠くには、かつて魔王城があった場所に建てられた大豆城が見える。


その城から、魔王の声が響いてきた。


「聖女ー!」


「はい!」


「今年の納豆は最高だぞー!」


「毎年そう言ってませんかー!」


「今年は本当に最高だー!」


「去年も聞きましたー!」


さらに王子の声が響く。


「リリアーナ! 三百回混ぜたぞ!」


「殿下は仕事に戻ってください!」


「これも仕事だ!」


「違います!」


そして神の声まで聞こえた。


『からしを忘れるな』


「神様まで!」


王都に笑い声が広がる。


リリアーナは小さく笑って、納豆を混ぜた。


一回。


十回。


五十回。


百回。


そして、いつものように白いご飯へ乗せる。


「いただきます」


一口食べる。


「……おいしい」


世界を救った聖女の朝食は、今日も納豆だった。


きっと明日も。


その次の日も。


世界がどれだけ変わっても――。


彼女は変わらない。


朝になれば納豆を食べる。


それだけの、穏やかな日々。


そして今日も、どこかで誰かが叫んでいる。


「納豆、おいしい!」


その声が聞こえる限り。


この世界は、きっと平和だ。


――聖女と納豆。


これにて、本当に完結。

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