聖女と納豆
「聖女様。本日の朝食をお持ちしました」
「ありがとう」
王宮付きの侍女が、恭しく頭を下げる。
白銀の髪。
純白の法衣。
そして、この国で唯一、神託によって選ばれた聖女。
彼女の名は、リリアーナ。
魔王の復活が予言された今、国民の希望そのものとも言える存在だった。
「では、いただきます」
リリアーナは、食卓に並べられた料理を眺める。
焼きたてのパン。
新鮮な野菜。
香草を使ったスープ。
そして――。
「納豆がありますね」
「はい」
侍女の顔が引きつった。
「……本当に、食べられるのですか?」
「もちろんです」
リリアーナは嬉しそうに笑った。
「むしろ、これがない朝食など考えられません」
「聖女様なのに?」
「聖女であることと納豆を愛することに、何の関係があるのですか?」
「いえ……」
侍女は困ったように目を逸らした。
この国では、納豆は庶民の食べ物だった。
しかも臭い。
粘る。
見た目も決して美しくない。
貴族の食卓に出せば、料理人が解雇されかねない代物である。
しかし、リリアーナは違った。
「では、混ぜますね」
「……はい」
「まず百回」
「百回?」
リリアーナは納豆を勢いよくかき混ぜ始めた。
「一、二、三、四……」
侍女は無言で見守る。
「九十八、九十九、百!」
リリアーナは満足そうに頷いた。
「よし」
「聖女様」
「何ですか?」
「なぜ、そんなに真剣なのですか?」
「納豆は命です」
「命……」
リリアーナは、白米を茶碗によそう。
その上に納豆を乗せる。
さらに醤油を少々。
そして――。
「いただきます」
ぱくっ。
「ん~~~~~!」
リリアーナの顔が、とろける。
「最高です……!」
その瞬間だった。
王宮全体が揺れた。
「な、何事ですか!」
侍女が叫ぶ。
窓の外を見る。
空が金色に輝いている。
神殿の鐘が一斉に鳴り始めた。
「聖女様!」
慌てた神官が部屋に飛び込んできた。
「大変です!」
「何がですか?」
「聖女様が奇跡を起こされました!」
「……え?」
神官は震える手で窓の外を指差した。
「魔王城の方向から、巨大な光が発生しています!」
「まさか……」
リリアーナは立ち上がった。
「魔王が復活したのですか?」
「いえ!」
神官は首を横に振った。
「逆です!」
「逆?」
「魔王城が……消滅しました!」
「…………」
部屋に沈黙が落ちる。
リリアーナは手にしていた箸を見る。
そして、食べかけの納豆を見る。
「……まさか」
神官が涙を流しながら叫んだ。
「聖女様の聖なる力が、納豆を媒介として世界中に放出されたのです!」
「そんな設定、聞いたことがありません」
「私もありません!」
「じゃあ、何でそんなことが分かるんですか!」
「神託です!」
「神様は何て言っているんですか!」
神官は震える声で答えた。
「『うまい』と……」
「神様まで納豆派なのですか!」
こうして。
世界を救った聖女リリアーナは、後世においてこう呼ばれることになる。
『納豆の聖女』と。
ただし本人は、その称号をあまり気に入っていなかった。
「私は聖女です」
「はい」
「納豆の聖女ではありません」
「はい」
「ただ、納豆が好きなだけです」
「はい」
「……ところで、今日の納豆は?」
「三パック用意してあります」
「よし」
世界を救った聖女は、今日も元気に納豆をかき混ぜる。
なお、この日から王国では納豆が飛ぶように売れ始めた。
魔王を倒した聖女の好物。
その宣伝効果は、魔法よりも強力だったという。




