第29話 俺は強くない
ガキンガキン。
間一髪滑り込むと火花が飛ぶほどの硬い狼の牙の間に剣を挟み、ヨダレを顔に被りながらギリギリ狼の噛みつきを防いでいた。
「レイジ!私魔力がっ」
「わかってる!」
こうなれば力比べなのだが、ほかの二頭がこっちな来ないとも限らない、見た感じ個々で行動しているので知能指数は高くないように思えるが。
「くそっ」
魔力がほぼ意味をなさないので、いくら鍛えていても人間の筋力だ魔獣にはさすがに押される。
「わ、私が囮にっ」
無力感を感じているのであろうライルオン、精霊体になってしまったレイルに戸惑いながらも彼女を膝上から下ろし、駆け出そうとするのを必死に止める。
「やめろ!そんなの時間稼ぎにもならない!俺の後ろから動くな!」
「で、でも、こ、このままじゃみんな…………」
そんなのわかってる、だけど何も出来ないまま、いくら素性を知らないとはいえ、顔を見知った人がこれ以上死ぬのは見たくない。
どうする、俺は転生者だ、普通なら主人公だ、主人公補正でどうにかできるはずなんだよっ。
ガルルルルッ!
剣を噛んでいる狼が首を大きく振り、たまらず姿勢を崩され片膝をついてしまう。
ここまでか……。
チラッとレイルを見ると精霊体になりほぼ何も出来なくなっているのを悟り、ただただ悲しそうな目で俺を見ている。
あーくそっ!でも俺一人じゃ何も出来ん!!誰か助けに…………。あ、テトの影移動があったな、いや、流石に念話で呼べる距離じゃ……。
「呼んだッスか?」
「へ?テト!?おっと!」
俺の影から猫獣人のテトがひょこっと顔を出し、びっくりしてバランスを崩してしまう。
「なんで、どうやってここに!?」
「え?触ったことのある人の影なら自由に移動できるッス!」
ドヤヤァと無い胸を張ってる場合じゃない。
「帰ってこないから心配してたんスよねぇ、ところで呼ばれた気がしたッスけど、どうした、ッス…………」
自分の肩に狼のヨダレがたれ、恐る恐る振り向くとテトはまるでエイリアンを見たかのように固まっていた。
「クリオを呼んできてくれ!」
「わかったッスーーーーー!」
そして何とか耐えること五秒。
俺の影からポーンと誰かが投げ出され、影から顔を出したテトが「緊急事態ッス!よろしくッス!」と言うだけ言って影の中に逃げていった。
「イタタタタ、なんじゃ何事じゃ、は?」
ドレスに着いた土を払いながら起き上がるクリオ、いつも彼女は頼もしいが、こんなに頼もしいと思ったことがない。周囲を確認し、俺の状況が目に入ると彼女も目を点にして固まってしまう。
「この狼!ていうかこの空間、魔法が使えない!ごめんけど助けてくーーっ!?」
ドサッと俺に噛み付こうとしていたダンジョンウルフは力無く倒れ、え?と思ってつついてみてもビクともしないし、よく見ると頭部が少し凍っていた。
「確かに、魔力がめちゃめちゃに乱れるのぉ。これは洞窟の影響か?」
もしかしてクリオがあの冷凍ビームで?
「だが、我には通用せぬな」
ふわふわと空中に浮き上がるクリオ、その存在に気がついたのか残った二頭のダンジョンウルフが威嚇のために吠えているが。
「氷槍」
冷たくそうつぶやくと彼女の背後に幾千もの氷の槍が出現し、次々に狼に降り注いだ。
おかしい、魔法が使えないはずなのにクリオは平然と魔法を使っているしその攻撃は魔獣に効いている。それに魔力が乱れるってどういうことだよ、俺は尻もちを着いて彼女の攻撃にあっけを取られていたが、慌ててすぐに応戦できるように立ち上がる。
「む、流石に一筋縄では行かぬか」
頭を撃ち抜かれ死んだはずのダンジョンウルフに氷の槍が降り注ぎ、砂埃が上がっている場所に引き寄せられ消えてゆくと、しばらく経って砂埃が引いたそこには、三つ頭の狼、早くいえばケルベロスのような魔獣が姿を現した。
「そんなっ」
怯えるライルオン、しかし、クリオが来てくれたら百人力、絶対どうにかできるという根拠は無いが確信があった。
俺の前にふわっと降りてくるクリオ、彼女は俺の方を向いてくれない。
「首尾はなんじゃ」
「え、あ、Cランクのクエストで来たんだけど、敵が強すぎてこの状態、ギリギリのところでテトが来てクリオを呼んでもらった感じで、もう何人も死んでる」
「そうか、他の奴らは残念じゃが我はお主とレイルが生きておればなんでも良い。それにCランクか、どう考えてもAランクじゃぞこいつは」
ギルドがランク付けを間違えた?そんなことってあるのか?いや、でも最近現れたばかりで実際Cクラス級のパーティーが何組も帰ってこないって言ってたし…………、ギルドマスターに抗議しないとな。
「形態が変わる魔獣は面倒なんじゃ」
と言ってケロベロスもどきに手をかざすクリオ、刹那あの冷凍ビームが放たれたが今度はそのビームを魔獣は涼しい顔で弾いていた。
「減衰はあるか、ここでは自由に戦えぬな」
すると地面にしゃがみ自分の影に手を突っ込むクリオ。え、そんなことできたっけ?
「あばばばばばば」
クリオが影から手を引き抜くと、そこには首根っこを掴まれて怯えるテトが姿を現した。
「どういう原理ッスか!卑怯ッス!」
「一度影の中を通ってしまえばその中の構造なんぞ容易にわかるわ」
「意味不明ッス……」
うん、俺も理解不能だ。
「テトよここじゃまともに戦えぬ、あの犬ころを外に出してくれ」
「マジで言ってるッスか!?死ぬッス!無理ッス!怖いッス!」
ひーーー!と恐怖で震えているテト、可哀想だがしかしやってもらわないとこのままじゃ助からないし。
「逃げるだけじゃダメなんッスか!?」
「ダメじゃ、次にくる奴が死んでしまうわ」
首根っこを掴まれながらもバタバタ暴れるテト。そう、俺たちがどうにかできる分ここで始末しておかないと次の犠牲者が出てしまう。俺ら以外興味無いみたいなこと言ってたけど意外とクリオも他人思いだな。
「レイジを襲う時は怖くなかったのかの?」
「うぐっ……」
それを言われて観念したテト、一瞬歯を食いしばると。
「天地が逆になるから気をつけるッスよ!」
そう叫んだ瞬間、俺たちは影の中に引きずり込まれて。
「どわ!!ぐへっ、どふぁ!」
気がつけば頭から地面に着し、上からライルオンが降ってきて窒息しそうになる、別に重いと言っている訳じゃない、結構勢いがあったからだ。
いててて、と辺りを見渡すとレイルは妖精の姿で浮遊し、なんだか見覚えのある外の風景が広がっていた。
「だから天地が逆になるって言ったッスのに」
影から頭を出すテト、理屈はなんとなくは分かるが、そんな言われた一秒後に実践できるほど運動神経は良くない。そして、その前に。
「なんでここなんじゃ!」
「ここしか思いつかなかったッス!」
怒るクリオ、無理もない。見覚えがあると思ったら我が家の目の前だった、いくら畑とかがあって開けてるとは言え首都のど真ん中、大騒ぎ待った無しだ。
「なんだ何事だ、マスター!?」
家にいたのであろうクリオも、血相を変えて出てきた。
しかし、もうここでやるしかない。既にテトは影の中に逃げてしまった。
「レイル!」
「はい!」
魔力が問題なく使える、やっぱりあの空間がダメだったんだな。レイルに魔力を送るとぼんっ!と擬人化した姿に変身。
そして、間髪入れずに呪文を唱える。
「地脈の怒り、湧き立て! 泥濘の抱擁、万物を飲み込め!
水地絡沼!!」
地面がレイルの水魔法により沼状に変化し、ケルベロスもどきが足を取られた瞬間。
「氷結」
パンッとクリオが手を叩き辺り一面を氷漬けにして魔物の動きを止めてしまう。レイルの沼に引っかかりさえすればどんな敵にでも通用しそうな連携技だな、しかし、そんな悠長なのことを考えている場合ではない。
「レイジ!でかいのをぶっ食らわせてやれ、我は氷結を維持するのに手一杯じゃ」
「私もですっ」
二人がケルベロスもどきの足を止めてくれている間に、高圧力砲をぶち込まないと、右手をケルベロスもどきにかざし、三種類の魔法陣を展開し魔力の錬成を始めるが。
「ぐっ!!」
右腕に激痛が走る。
無理もないか、炎雷霆衝撃砲と超荷電氷弩砲を連発と言っていいほど使っているし、クールタイムがまだ終わっていないのだと思う。
だが、ここで撃ってトドメを刺さないともっと大事になってしまう、激痛でバランスを崩し片膝を地面に着いてしまうが、左手で激痛に震える右腕を抑えながら錬成を続ける。
集中しろ、魔力を溜めろ、練り上げろ。
「くっーー」
ヤバい、腕が折れそう、あまりの痛さに涙目になっていると、後ろにいたライルオルンがそっと俺の右腕に手を添えてくれる。
「頑張って、ください」
魔力を送ってくれようとしている彼女はケロベロスもどきを睨みつけ、泣いていた。
その表情に、俺は痛みを忘れただ叫んだ。
「うぉぉぉぉ!!超荷電氷弩砲!!」
出来上がった氷の槍が音速を超えて発射、ソニックブームであたりのものを吹き飛ばしながらケロベロスもどきの真ん中の頭部と左の頭部の付け根に命中、その真ん中と左の頭部を消し飛ばすといつの間にか様子を伺っていたのであろうアウルが神速の斬撃を加え残る頭部を切断、頭部を失ったケロベロスもどきはその場に倒ると、ゆっくりと光になって消えてしまい、魔力結晶だけが残っていた。
『レベルが60に上がりました』
「っーー!!」
思い出したかのように右腕に激痛が走り、袖を捲ってみるとものすごい切り傷が出来上がっていて血だらけになっていた。
「っ!れ、レイルさん!」
「大丈夫!?今回復するから」
ほんと包丁で切り裂かれたかのような傷、痛いってもんじゃない、歯を食いしばりながら回復魔法をかけてもらおうとすると。
「まて!」
クリオに止められる。
「これは魔力暴走による負傷じゃ、変に魔法で回復すると余計痛むぞ。すまない、主に負担をかけた」
「いや、俺は、いててて」
「動くでない、テト、包帯を持ってこい」
「持ってきたッス」
常備してるんじゃないかと思うぐらいのあまりの速さに少し笑いそうになってしまったが痛さがそれを上回りそれどころじゃない、回復薬はぶっかけられたがまるで回復しないし、クリオは申し訳なさそうに俺の血だらけの腕に包帯を巻いて止血をしてくれる。レイルは心配そうに左手を握ってくれ、アウルとライルオン、テトも不安そうにしてくれている。
そして安静にして数分後、あまり傷は深くなかったようで出血自体は止まったが、ズキズキと腕は内部の方からまだ痛む。
レイルに肩を預けてとりあえず何とか無傷の家に帰る、ライルオンも来てくれるようで俺の隣を歩いていた。
「ライルオン、ごめん。二人を守れなかった」
「いえ…………」
「恨むなら俺を恨んでくれ、連れて行ったのは俺だ」
「そんな、ついて行ったのは私たちですし…………」
「いや、俺のせいだ…………俺の…………」
一段落してふと頭の中に死んだ二人の顔が浮かんだ瞬間、クリオが俺の額に冷たい手をピタッとかざしたと思うと。
「冷たっ!」
「ちょっと頭を冷やせ」
額をカチコチに凍らされてしまった。
「あの、レイジさんをそんな手荒く」
「コヤツにはこれがちょうどいい」
そうなのかもな、クリオのおかげで少し冷静になれた気がするが、責任の所在としては絶対的に俺にある。
せめてもの償いとして。
「テト、さっきの洞窟にロングソードと盾があるはずだから取ってこれるかな?」
「え、さっきのとこッスか?」
多分さっきの魔物はいないと思うが流石に怖がり嫌がるテト、しかし、俺の頼んだものはどうしても必要だ。
「頼む」
痛む腕に顔を顰めていると、テトは観念したのか。
「わかったッスよ、人がいないところに影移動するのは魔力を相当使うッスからあまり気軽に頼まないで欲しいッス」
「ああ、わかった」
ニッと笑うとテトも安心したのかニコッと可愛らしく笑って影の中に消えていった。基本的に彼女の影移動は触ったことのある人の影への移動にはローコストで移動できるが、行ったことがあっても誰もいない影に移動するにはハイコストらしい、行ったことがない影はそもそも移動できないみたいだから使いようか。そこら辺はサキュバスのエレノアが十分理解してそうかな。
すると、そうそうにテトは戻ってきて俺の影から頭だけを出す。
「クリオ、ついてきて欲しいッス」
「はぁ?なんでじゃ?もう魔物はおらぬじゃろ」
うるうると目を潤わせるテト、どうしたのかと思っていると。
「……わかった、ついて行こう」
「ありがとうッス」
やけにすんなりクリオはそれを了承し、自分の影にスンッと入っていき二人ともいなくなってしまった。
そして、俺たちは家の中に入りダイニングテーブルで待つとものの五分、二人はすぐに帰ってきて、血だらけのロングソードと盾、ブレスレット等の遺品がテーブルに並べられた。
そこでようやく気がついた。
「テト、ごめん」
「こればっかりは慣れないッス……」
遺品の回収をするのだ、近くに遺体や肉片があってもおかしくない、彼女はエレノアと暗殺の仕事はよくやっていたらしいが、主にエレノアの影移動の補助が主任務で遺体を遠巻きに見ることはあっても、直接見ることは彼女の計らいであまりなかったらしい。辛い仕事をさせてしまった。
少し震えていた彼女は、俺の膝の上に座ると少し落ち着きを取り戻した。
「他にもあったが損傷が激しく何がなにやらよく分からなかった、とりあえずこれを持ってきたが合っているかの?」
やれやれと言った感じで情けも何も無いクリオ、彼女にとっては縁もゆかりも無い名も知らぬ冒険者の遺体だと思うけどさ、もっとこう手心というか。
「はい……」
剣と盾を触り涙を流すライルオン、一番の当事者たる俺はかける言葉も無く黙っていると。
「なんで、なんで私が生き残ったのでしょう。ロークとグルドはとても強かった、なのに後衛の魔法使いが、私だけが……」
この言葉に俺は言葉をかけれない、一番強いと思っていたはずの俺が守れなかったんだ、何を言っても言い訳にしかならない。
すると部屋の端で聞いていた、アウルが口を開く。
「なんの励みにもならないと思うが一応言っておく、前衛は死と隣り合わせなのは承知だ、単純に敵と一番近いからな。だが、後衛にこそ生き残ってもらわんとならん、後衛を守るのも前衛の仕事だ。死んだ奴がどんな奴かは知らないが、仕事を全うしたんだ、そんなに嘆くな」
そう、アウルの言っていることは至極当然の事、後衛を守るのが前衛の仕事。だが一方で前衛を守るのも俺たち魔法使いたる後衛の仕事であって、そんな素直に彼女の言葉を飲み込めることはライルオンにはできないと感じた。俺だって責任の重圧に押しつぶされそうなのに。
すると今度はクリオが「はぁ〜」とため息をついて口を開いた。
「単純にお主が弱かっただけ、生死は二の次時の運じゃ」
彼女の体温よりも冷たい一言でライルオンは遺品を抱きしめて号泣してしまった。
「クリオ」
言いすぎたよ、と言おうとすると。
「お主もじゃ、テトがいなかったら今頃死んでおる」
「…………」
何も言い返せず、気がつけば膝に座っているテトを痛む腕を忘れギュッと抱きしめていた。




