55:事情聴取とダーククロウ
第六課に帰ると、取り調べの準備が終わり、俺達の帰りを待ってくれていたらしい。部署総出で取調室のほうに集まっていた。
「お帰りなさい、引き続きで悪いけど、取り調べ室の隣の部屋に来てもらっていいかしら? 」
鈴木さんが顎でくいっとドアのほうを示す。あのドアの隣は俺も入った経験のある、特殊拘束室だ。異能力者や魔術を行使する者がそれが出来ないように密閉された空間。特に今回の容疑者は霧に変化する能力を持つので、部屋内の空調をふさぎ、酸素を一定に保つようにして窒息を防ぎながらの取り調べになった。
特殊拘束室の椅子に座る霧化していた犯人はパーカーのフードを外され、鋭い目つきながらどこか疲れた表情。両手両足に特殊手錠がかけられ、霧化能力は封じられている。近藤さんが椅子に腰かけ、ファイルを広げる。
「新島健司、二十歳。歌舞伎町で十二件の強盗、一件の強盗未遂、被害総額約八十六万円。霧に変化する気化能力で襲ってたのはお前だろ。金を集めてどうするつもりだったんだ? 」
近藤さんが事務的に話を進めるのを、隣の部屋のマイクから音声で拾ってこっちにも聞こえてくる。
「金はついでだ。俺の目的はこの能力を磨いて組織に認められたかったんだ。認めてもらえればより今度はでかい仕事を斡旋してくれる。そうなれば報酬も山のようにくれるっていうんで組織に加担した。歌舞伎町でうろついてる奴らならどうせろくな金の使い方をしないだろうから襲って懐に入れても心は痛まないって教えられてさ。それに、俺の能力じゃ一時的な窒息や気絶はさせられても傷つけることまではできない。だからはした金稼ぎにはちょうどいいって」
「組織とは? 君はどこまでその組織のことを教えてもらっているんだい。その辺を詳しく教えてくれるとこっちとしても助かるんだけどね」
近藤さんは語気を強めず、さあ頼むから話してくれよという目線でもって容疑者に接している。その気になれば怒号が飛び交う取り調べにすることも可能なんだろうが、容疑者の年齢と末端であること、まだ若くやり直せることを念頭に置いて話し込んでいるんだろう。でも強盗致傷って結構罪重かったよな。
「君の証言によっては、強盗致傷ではなくただの強盗犯として検察に送ることもできる。今のままの強盗致傷だと、件数から察するに刑務所からは二度と出てこれない可能性がある。君自身のためにもここは知っていることを話してくれた方がありがたいんだけどな」
新島容疑者はしばらくうつむいた後、そのままの姿勢でぽつりとつぶやく
「ダーククロウ。身内で使ってる組織の通称だ。それだけは知ってる。ただ全部で何人いるとか目的が何なのか、そういうことについてはほとんど知らされていないんだ。金も、毎回指定されたところに一定額を渡して、残りは俺が好きに使っていいってことになってる。物陰で襲ってたのは監視カメラに異能力を使った犯罪だと断定させないため、歌舞伎町の裏道を使ってたのも、そこなら金を持ってる奴がうっかり通りかかってもおかしくなかったからだ」
「なるほど、それなりに合理的だね。ただ、もう少し金を奪うなら大掛かりにかつこっそりとやる方法もあったはずだ。例えば、誰も見ていない内に霧化してレジから金を抜き取るとか、謎の現金消失事件として扱われることもできたはずだ」
たしかに、レジの金を直接狙うほうが効果的だったかもしれない。霧化したものに襲われるという共通点は同じだとして、それが連続して発生した異常事態事件として処理される可能性もあるし、もし盗難された金が裏金だった場合は被害届すら出ずに事件自体が闇に葬られている可能性もあったわけだ。
「……そういう手があったか。思いつかなかった。認められるには手っ取り早く金をかき集めるのが早いと思ってたんだがな」
どうやら能力と口調のわりにあまり賢くない犯人だったらしい。
「認められたい? ダーククロウにそこまで入れ込む理由はなんだろう?」
鈴木さんが頷く。
「末端のくせに、妙な忠誠心ね。なにかよほどの魅力があるのか、組織のトップにそれだけのカリスマ性があるのか……」
近藤さんが新島を少しずつ追い込んでいく。
「認められたいだと? そんな脆い動機で裏社会に足を踏み入れた愚かさはすぐに後悔することになるぞ。俺達が出張らなくても歌舞伎町には暴力団関係の店もあるだろうし、そっちのルートから茶々と入れられたらさしもの能力者であったとしても翌日には東京湾に浮かぶことになるぞ」
「その前に霧になって逃げられるから俺は問題ないとは思うんだが、他の構成員はどうなんだろうな。でも、この状態じゃ逃げるのも問題だけどな」
「しかし、稼いだ金額と能力の使い具合を考えるに、君は入ったばかりのようだが、他の構成員はどうなんだろう? 面識があったりするのかな? 」
「ない。言った通り、やり取りは特定の場所にお互い稼いだ金とメモを置いてやり取りしたことぐらいだ。顔も名前も知らん。ただ……」
「ただ? 」
「……その先は流石に言えねえよ」
近藤が語気を抑え、諭す。
「ダーククロウの次の動きを話せば、強盗だけで済むかもしれない。どうだ? 話す気にはなれんか」
新島がうつむき、沈黙の後ぽつりと語りだした。
「今夜、歌舞伎町一番街で新しい奴が動く。おそらく俺の代わりになる能力者だろう。ダーククロウは歌舞伎町の裏で抗争を仕掛ける気だ。俺以外にも資金集めに回る奴が必要ということになるだろうと思う。知ってることはそれで全部だ」
「最後に一つ。その能力が発動したいきさつを教えてほしい。能力者が生まれる条件がいまだに解明されてないからな。君の場合はどうだったんだい? 」
新島がまた黙り込む。近藤はどうしたんだ? という表情で新島の顔を覗き込む。
「能力は、もらった。お試しでやってみないか、と」
能力を……もらう? 教えられるじゃなくてもらう、か。能力譲渡系の能力者か。面倒くさいが存在は前の世界でもあったからな。存在すること自体は珍しいことじゃない。
「なるほど、そのもらった能力で試し撃ちをしてたってことか。よし、取引成立だ。強盗傷害ではなく強盗だけで立件されるよう確約してやる。どちらにせよこの後お前がどれだけ大人しくしてるかで今後が決まるが……」
ふむ……能力強奪は闇魔法の専売特許だ。カルミナなら出来るんじゃないか?
「カルミナ、能力を奪ってあいつを一般人として生活させることはできるか? 」
「出来なくはないけど、ちょっと時間がかかるわね。無理矢理引きはがすと廃人化するかもしれないし。時間がかかると言っても今日中には終わるわ。試せっていうなら試してもいいけど」
「そこは本人に選択させるか。今後も能力者として監視されながら生活を送るか、能力を諦めて一般人として刑罰を受けるかどうか」
カルミナと俺で取調室へ入る。近藤さんに耳打ちし、近藤さんの了解を基に新島へ説明を始める。
「……あんたか。さっきはしてやられたよ」
「一つ面白い条件、というか願いがあるなら聞き入れてもらおうと思ってな。選択は簡単だ。刑罰が終わった後も要注意観察対象として異能力者として生活していく方を選ぶか、それとも異能力をもらった逆として俺達に渡して、一般人としての刑罰を受けるか。これは強制しないしお前の好きな方でいい。一つ選択をくれてやるってだけだ。どっちがいい? 」
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